第31話 始業式、揺らぐ均衡
夏休みが終わり、潮多工業の校門をくぐると、熱気とざわめきが一気に押し寄せてきた。
蝉の声は遠のき、かわりに風鈴の音が涼を運んでくる季節。だが校舎内の空気は妙に熱を帯びていた。
「……やっぱ、見られてんな」
ジンキが廊下を歩きながらぼそりと呟く。
一年も二年も、そして三年までもが、双天鬼を見れば自然と道をあける。
その視線は畏怖と憧れ、そして僅かな嫉妬が混じったものだった。
彼らの存在はすでに“潮多工業の頂点”として認められていた。
「ふん、やっと認められたってわけか」
ゴウキはニヤリと笑い、肩をそびやかす。
「調子に乗るな。今はただ、力を見せつけただけだ」
ジンキは冷静に言い放つが、胸の奥には同じ誇りが宿っていた。
―
昇降口を抜けると、待ち構えていたように声が飛ぶ。
「よっ! お二人さん!」
振り向けば、包帯もすっかり取れたコウスケと、腕を組んで立つ香田がいた。
どちらも夏休みを越えて精気を取り戻し、笑みを浮かべている。
「おぉ、コウスケ。元気そうじゃねぇか!」
ゴウキが手を上げ、肩をぶんっと叩く。
「やめろ! まだ青タンの名残あんだよ!」
情けない声を上げながらも、コウスケの顔は楽しそうだった。
香田は腕を組み直し、にやりと笑う。
「噂通りだな。やっぱ双天鬼はこの学校を背負う顔になっちまった」
「えーと、お前、ゴンドウだっけ?」
ゴウキが首を傾げると、すかさずジンキが突っ込む。
「香田だ、バカ」
「ははは、冗談だ!」
ゴウキは笑い飛ばす。
軽口を交わしたあと、香田は真剣な顔に戻った。
「……実はな。俺の仲間に間島高校に行ってる奴がいるんだが、そいつから聞いた話だ」
三人の耳が自然と近づく。
「近々、間島が潮多を取り込もうと計画してるらしい。いつどこで仕掛けてくるかわからねぇ。だから――気をつけろ」
一瞬、空気が張り詰めた。
コウスケは心の中で(こいつ、情報早ぇな……俺も知ってるふりしとくか)と焦り、
口元を引き締めて頷く。
「……ああ、俺もそんな噂聞いたことある」
「へぇ、やっぱりな」
ジンキは短く相槌を打ち、ゴウキも大きく頷いた。
「分かった。ありがとな、香田」
香田はスマホを出す。
「一応この四人で位置情報共有しとくか、お前らスマホ出してくれ」
「おう」
―
放課後。
ゴウキはスマホを見てにやけていた。
「ふふふ……今日はひとみちゃんとファミレスっと」
「なんだその顔」
ジンキが横目で睨む。
「へへっ、そろそろ手ぇつないじゃったりしてよ? で、あとでお前に自慢してやんの」
「死ね」
即答だった。
ジンキと別れ、待ち合わせ場所に向かったゴウキ。
ファミレスでひとみと合流し、ドリンクバーを挟んで談笑する。
「夏休み、どうしてた?」
「えー、普通に映画とか友達とカフェとか」
そんな他愛もない会話にゴウキは頬を緩ませながら、
(……やっぱいいわ、この子。学校のバケモノ女子と雲泥の差だな)と内心ほくそ笑んだ。
食事を終え、ひとみが小さく微笑む。
「ねぇ、このあと……ついてきてほしいところがあるの」
(も、もしかして……人気のない場所!? これキタんじゃねぇか……!)
期待で胸を膨らませたゴウキは、素直に頷いた。
―
だが、案内されたのは工事中の看板が立つ人気のない現場跡地。
鉄骨むき出し、砂利が散らばる無機質な空間。
「……ここって?」
ゴウキは眉をひそめた。雰囲気は皆無。
ひとみは一瞬黙り込み、やがてか細い声で口を開く。
「……ごめんね、ゴウキくん」
ゴウキの胸がざわつく。
「あなたのこと、嫌いじゃないよ。……でも、あの人の指示だから」
次の瞬間。
鉄骨の影から十数人の男たちが姿を現した。
手には鉄パイプやチェーン。完全に武装している。
「ちっ……」
ゴウキは苦笑し、頭をかきながらつぶやいた。
「……あーあ。ごめん父ちゃん。父ちゃんの言った通りだったわ」
敵の輪が迫り、静かな殺気が工事現場に満ちていく。
夏の夕暮れ、罠の幕が切って落とされたのだった。
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