第30話 再び潮多へ
ゴウキの家。
玄関先には父ヨシトと母ミサが立っていた。
大きなリュックを背負ったゴウキは、出発前のわずかな時間、スマホをいじっていた。
「……おい、それ誰にLINEしてんだ?」
横からのぞき込んだミサが、にやりと笑った。
「女の子でしょ? ほら顔がにやけてるもん」
「ち、ちげぇよ!」
ゴウキは慌ててスマホをしまい、頬を赤くする。
「まぁ……ちょっと、ぐいぐい来る奴がいてな。別に大したことじゃねぇよ」
「いいじゃねぇか!ゴウキも高校生だしな!」
ヨシトはその様子に笑いながらも、ふっと真顔になった。
「……だがいいか、ゴウキ。昔っから、女を使って人をハメようとする卑怯な連中はたくさんいる。不自然なぐらい押してくる奴には気をつけろよ」
「へっ? ……なんだよそれ」
ゴウキが首をかしげると、すかさずミサが横から茶化す。
「なにそれヨッシー、自分が昔ハニートラップに引っかかった経験でもあるの?」
「ば、バカ言うな!」
ヨシトは顔を真っ赤にして手を振った。
「そんなんじゃねぇ! ただ世の中にはそういう奴もいるってことだ!」
ミサはクスクス笑い、ゴウキは「はぁ……」とため息をつきながらも、どこか安心していた。
その空気には「見送る安心感」と「心配ゆえの言葉」が入り混じっていた。
「……ま、また年末に帰ってくるよ」
ゴウキがそう言うと、ヨシトは満足げに頷いた。
「おう。楽しみにしてるぜ」
ミサは少し潤んだ目で「ちゃんと体に気をつけてよ」と呟き、ゴウキは背を向けながら片手を挙げた。
―
一方そのころ、ジンキの家。
玄関口でスニーカーを履いているジンキに、母ナギサが腕を組んで立ちはだかった。
「もう行っちゃうの? ……寂しいじゃない」
「母さん、やめろよ……」
ジンキは少し顔を赤くしながらも、苦笑した。
「年末には帰るからさ」
リビングから出てきた父テツは、涼しい顔のまま短く言った。
「……元気でやれ」
「おう、任せろ」
ジンキは拳を軽く握って笑った。
だが、そのあとに続いた言葉が意外だった。
「……次は彼女も連れてこい」
「ぶっ!?」
ジンキは思わず咳き込み、慌てて顔をそらした。
「な、なに言ってんだよ父さん!」
ナギサは楽しそうに笑い、テツは肩をすくめただけだった。
ジンキはため息をつきつつも、その言葉が妙に胸に残っていた。
―
正午過ぎ、駅で合流したゴウキとジンキ。
互いに荷物を抱え、暑い日差しの下で顔を合わせた。
「よし……戻るか」
「ああ。潮多の夏休み明けが、どんな地獄になるか分かんねぇけどな」
二人は並んで改札を抜け、ホームに立った。
電車を待つ間、夏の匂いが漂う。
焼けたアスファルト、風鈴の音、近所の子供のはしゃぎ声――地元の風景が目に焼き付いた。
やがて電車がホームに滑り込み、ドアが開く。
二人は乗り込み、窓際の席に腰を下ろした。
―
車窓に流れる景色を眺めながら、ゴウキがふと呟いた。
「……父ちゃん、変なこと言ってたよ。『ぐいぐい来る女は気をつけろ』だってさ」
「ははっ、マジか。俺も変なこと言われたぞ」
ジンキが肩をすくめる。
「『次は彼女連れてこい』だとよ」
「ぷっ! それはきついな!」
ゴウキが腹を抱えて笑い、ジンキは顔を真っ赤にする。
「笑ってんじゃねぇよ! ……でも、まぁ、俺らの親もそうやって心配してんだな」
「だな。なんだかんだで、ガキの頃から背中見てきたもんな」
二人はしばし沈黙し、流れる景色を見つめる。
地元が遠ざかり、再び潮多の街が近づいてくる――胸の奥にじわじわと熱が広がった。
「……戻ったら、また騒がしくなるぞ」
「上等だ。俺らが選んだ道だからな」
電車は夏空を切り裂くように走っていった。
――こうして、潮多工業での新学期が幕を開ける。
再び不良の渦中へと飛び込む日々が、待ち受けていた。
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