第29話 腕相撲大会
久里鬼の家の座敷は、笑い声と湯気と酒の匂いに満ちていた。
大皿に盛られた唐揚げや焼きそばの湯気、テーブルを囲む大人たちの豪快な声、そしてその隅で集まる子供世代――。
最初は再会を喜んでいたはずのゴウキ、ジンキ、ユウキ、ナオキ、カズヤ、ハル、ヒカル、ケンシン。
しかし、性格の強い面々が揃えば自然と空気は荒れる。
「双天鬼のガキってだけで、でかい顔できるよな」
カズヤがにやりと笑いながら言う。
「はぁ? 俺らがいつ父さんたちのこと持ち出した?実力だよ。お前だって一度も俺に勝ったことねぇだろ」
ジンキが鼻で笑い返す。
「お前は口ばっかだろ。拳より口が先に出るタイプ」
ヒカルが冷静に言うと、ジンキの目が細くなる。
「テメェはちょっと顔がいいだけのチャラ坊だろうが」
「……なんだと?お前も一緒だろ。だったら勝負してみるか?」
空気が一気にピリついた。
ナオキが「いやいや落ち着けよ……」と割って入ろうとするが、逆に火に油を注ぐ。
「お前はそもそも喧嘩にすらならねぇ。情報屋気取りだろ」
ユウキが鼻で笑う。
「うっせぇ筋肉馬鹿。脳みそにも筋肉詰まってんじゃねぇの?」
「なんだと!?」
座敷の空気が熱を帯びてきたその瞬間。
久里鬼の低い声が飛ぶ。
「おいガキども」
全員がビクリと動きを止めた。
大人たちの笑い声も一瞬静まる。久里鬼は酒を置き、腕を組んで睨みつけた。
「そんなに喧嘩したいならよ……腕相撲で決めろ。今ここでな」
一拍の沈黙の後――。
「「「望むところだ!!」」」
子供たちの声が重なった。
―
座敷の中央にちゃぶ台が移され、即席の土俵ならぬ「腕相撲台」が用意された。
大人たちは酒を片手に笑いながら見物。まるで余興の始まりのような雰囲気だ。
「トーナメントにしよう」
ヒッキーが言うと、自然と組み合わせが決まった。
一回戦――ゴウキ vs ユウキ、ナオキ vs ハル、カズヤ vs ケンシン、ジンキ vs ヒカル。
―
最初の勝負はゴウキとユウキ。
「待ってました! 筋肉対決!」と周囲がどよめく。
ユウキは上着を脱ぎ、鍛え抜かれた大胸筋を誇示するように腕を組む。
「俺は毎日ベンチプレス100キロやってんだ。腕相撲なんざ負ける気がしねぇ!」
「ほう? なら見せてもらおうか」
両手が組まれ、開始の合図。
――バン!
次の瞬間にはユウキの腕が畳に叩きつけられていた。
「え……?」
「すげぇ! 一瞬じゃん!」
「ユウキの筋肉、飾りだったのか!」
周囲が爆笑する中、ユウキは悔しそうに拳を握りしめる。
「くっそ……次は絶対勝つ!」
ゴウキは笑いながら肩をすくめた。
―
続いてナオキ vs ハル。
「俺、こういうの向いてないんだよな……」
ナオキはため息をつきながら腕を組む。
「言い訳すんな。全力で来いよ」
ハルは無駄口を叩かず、ただ構える。
勝負は開始と同時に決まった。
ハルが一気に押し込み、ナオキの手を床に叩きつける。
「はやっ!」
「こいつ、スピードえぐいな」
ナオキは顔をしかめた。
「やっぱ情報収集のほうが性に合ってるわ……」
―
三戦目、カズヤ vs ケンシン。
「お前には負けねぇ!」
カズヤが気合を入れる。
「俺も簡単には倒れん」
ケンシンは静かに目を閉じ、呼吸を整える。
合図とともに、両者の腕がギリギリと軋む。
筋肉と筋肉、気迫と気迫。周囲が息を飲むほどの互角の戦い。
「どっちだ!? カズヤか!? ケンシンか!?」
「動かねぇぞ……!」
拮抗が続いた末、カズヤが叫びながら力を込める。
「うおおおおおおお!」
ケンシンの手がゆっくりと畳に落ちた。
「勝者、カズヤぁぁ!」
座敷は大歓声に包まれる。ケンシンは肩で息をしながら、それでも静かに笑った。
「……強いな」
―
最後の一回戦、ジンキ vs ヒカル。
「お前とは一度やってみたかった」
ヒカルが真っ直ぐにジンキを見る。
「……同じこと考えてた」
二人の腕が組まれる。互いに余裕の笑みを浮かべつつも、目は笑っていない。
合図と同時に――ドンッ!
一進一退。ゴウキすら思わず前のめりになる好勝負。
「やべぇ、どっちも動かねぇ……」
「力もスピードも互角じゃね?」
腕が震え、額に汗が浮かぶ。
数秒が何分にも感じられる緊張の末――。
「ぐっ……!」
ジンキが最後に力を絞り、ヒカルを下した。
「勝者、ジンキ!」
大人たちがどっと笑い、拍手が起こる。
ヒカルは苦笑いしながらジンキに手を差し伸べた。
「強いな。次は負けねぇ」
「おう、またやろうぜ」
―
二回戦。
ゴウキ vs ハル。
カズヤ vs ジンキ。
最初の勝負は――結果は明白だった。
ハルは素早く仕掛けたが、ゴウキの腕はびくともしない。
「なんだよこれ……壁に押してるみてぇだ……!」
ゴウキは余裕の笑みを浮かべ、スッと相手の腕を倒した。
「勝者、ゴウキ!」
―
もう一方の試合、カズヤ vs ジンキ。
だがジンキは腕を組み、首を振った。
「くだらねぇ。棄権だ」
「はぁ!? 逃げんのか!?」カズヤが噛みつく。
ジンキは心の中で舌打ちした。
(ヒカルとの勝負で腕プルプルしてんだよ! ゴリラはゴリラ同士やってろ!)
「俺は見届け役でいい。お前らゴリラ同士で勝手に決めろ」
カズヤは怒りながらも、そのまま決勝進出となった。
―
決勝。ゴウキ vs カズヤ。
座敷は異様な熱気に包まれる。
カズヤは最初から叫びながら全力を込めた。
「うおおおおおお! 俺が! 俺が最強だぁぁ!」
腕が震え、顔が真っ赤に染まる。
しかしゴウキは涼しい顔のまま、一瞬力を込める。
――バン!
カズヤの手が畳に叩きつけられた。
「勝者! ゴウキ!!!」
大人たちは大爆笑し、座敷に歓声が響いた。
「やっぱ血は争えねぇな」
「ゴリラパワー健在!」
カズヤは地団駄を踏んで悔しがるが、誰もがゴウキの圧倒的な強さを認めざるを得なかった。
夏の夜、子供世代の初めての決戦はこうして幕を下ろした。
だがこの小さな腕相撲大会こそ、次の時代を揺るがす抗争の火蓋となるのだった。
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