第14話 怒りの拳、潮多に轟く
ゴウキは夜のファミレスを出て、妙に浮かれた顔をしていた。
いつも通りジンキと他愛のない話をしていた帰り際、思い切って声をかけてみたバイトの女の子。その名前を聞けたのだ。たったそれだけのことが、高校一年のゴウキにとっては小さな勝利であり、誇らしい勲章だった。
「……よし、あいつに自慢してやろ」
ポケットからスマホを取り出す。コウスケの番号を呼び出し、通話ボタンを押した。
プルルルル――。
数回鳴るが、出ない。
「おいおい……どうしたんだよ。もう寝てんのか?」
ゴウキは呆れ顔で笑った。
だが、十回目にしてようやく繋がった。
「おーい、コウスケ! 聞いて驚けよ、俺ついに――」
そこまで言って、ゴウキは言葉を飲んだ。
受話口から返ってきたのは、かすれた呻き声だった。
「……ご、ゴウ……き……」
「!? おい、どうした!」
ゴウキの顔色が変わる。隣を歩いていたジンキも、すぐに異常に気づいた。
「……どこにいんだ! 今すぐ言え!」
ゴウキの叫びに、コウスケは途切れ途切れの声で住所を告げた。
―
二人が駆けつけた先は、街外れの路地裏だった。
コウスケは地面に横たわり、顔は腫れ、口元から血を流していた。制服は泥にまみれ、今にも息絶えそうな様子。
「コウスケ!」
ゴウキが駆け寄り、肩を抱き起こす。
「……す、すまねぇ……アフロ……に、やられた……」
その一言に、ゴウキの表情が氷のように冷たくなる。
隣のジンキも目を細め、いつもの無表情の奥に燃えるものを隠さなかった。
「……やっぱりか」
「調子にのるとは思ってたが、俺らの仲間に手ぇ出すのは……一線越えてるな」
二人は無言で頷き合った。
―
翌日、朝の校舎。
一年の教室に足を踏み入れたゴウキとジンキの姿は、普段のような飄々としたものではなかった。全身から滲み出る怒気が空気を圧し、周囲の生徒は息を呑む。
「おい、どこにいる」
ゴウキの低い声が響いた。
向かった先は二年の階層。廊下にいた上級生たちが、二人の迫力に押されて道を開ける。
「アフロォォォォッ!!!」
校舎全体が震えるようなゴウキの叫び。
二年の教室に踏み込んだその声は、瞬時に場を支配した。
机を並べてだらけていた二年生たちが驚いて立ち上がる。その中心にいたアフロが顔を引きつらせた。
「な、なんだよ……」
昨日までの威勢はどこにもない。ゴウキとジンキの目の色を見ただけで、体が硬直した。
「お前……昨日、コウスケ殴りやがったな」
ジンキの声は低く、冷たい。だが言葉の一つ一つが刃物のように鋭い。
アフロは震えながら言い返した。
「お、俺だけじゃねぇ! 三年の……マッスルさんの指示だ……!」
その瞬間、廊下の奥から重い足音が響いてきた。
ドスッ……ドスッ……。
現れたのは、まるで鋼を削ったような体をした男。
腕は丸太のように太く、首から肩にかけての筋肉は鎧のように盛り上がっている。
潮多工業の頂点、三年の藤家――通称「マッスル」。
「……なるほど。ちょうどいい機会だな」
マッスルは低く笑った。声だけで廊下が震えるようだ。
「お前らが最近噂の一年か。二年のガリバーを潰し、好き勝手暴れてるそうじゃねぇか」
巨体を揺らして近づくマッスル。その圧力に、周囲の二年たちは自然と下がった。
ゴウキは一歩も引かず、むしろ前に踏み出した。
「お前がマッスルか。名前は聞いてた」
ジンキは静かに言った。
「……ちょうどいい。話が早ぇ」
マッスルの口元が吊り上がる。
「なら話は簡単だ。ここで潰して、二度と逆らえねぇようにしてやる」
廊下の空気が張り詰める。
一年と三年――潮多工業の頂点を巡る火花が、ついに散ろうとしていた。
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