第1話 伝説の息子たち
春の川沿いを二台の自転車が並んで走っていた。
川面に映る陽光がきらきらと反射し、吹き抜ける風はまだ冷たさを残している。
その上に跨るのは、幼いころから常に一緒だった二人の少年――豪鬼と迅鬼。
ゴウキは大柄で、遠くからでも目立つ体格をしていた。
髪は少し伸びて寝ぐせが残り、着ているジャージはどこかラフ。だが笑顔は豪快で、周囲を安心させる明るさがある。
ジンキはスリムで切れ長の目をした寡黙な少年。
前傾姿勢でペダルを漕ぐ姿は無駄がなく、まるでボクサーがシャドーをするような鋭さが漂う。
二人は小さなころから隣の家のような距離感で育った。
朝は一緒に登校し、放課後は一緒に川原で遊び、夜は親の目を盗んでゲームに興じた。
ケンカも数え切れないほどしたが、それでも次の日には必ず笑って隣に座っていた。
「おいジンキ、競争な!」
「……またかよ。どうせお前、途中で景色見て転ぶだろ」
「バカ言え、今日の俺は一味ちがう!」
じゃれ合いながらもペダルを踏み込む。
こうして並んで走るのは、もう習慣のようなものだった。
―
中学に入ると、二人の力は一気に開花した。
入学して間もないころ、三年の不良グループが一年を囲んで金を巻き上げていた。
「財布出せや。お前ら下っ端なんだからよ」
一年生が震えながら財布を差し出そうとした瞬間――。
「おい、それやめろよ」
明るい声と共に現れたのはゴウキ。
「困ってるやつ見ると放っとけねぇんだよな」
「なんだお前……調子乗んなよ!」
三年が睨みつけると、横から静かな声が割り込んだ。
「三対一……いや、四対一か。数は関係ないけどな」
ジンキの冷ややかな視線に、相手が一瞬たじろぐ。
次の瞬間、ゴウキの拳が豪快に振り抜かれ、三年の一人を吹き飛ばした。
「どりゃあ!」
残る相手が動く前に、ジンキが間合いを詰め、正確に顎へワンツー。
「ぐっ……!」
たった数秒で形勢は逆転した。
それを見ていた一年生たちは声を失い、やがて歓声に変わった。
「すげぇ……!誰だあの二人!」
「嵐ヶ丘中の最強コンビだ!」
噂は瞬く間に広がり、二人の名前は町を越えて知られるようになった。
ゴウキは豪腕で敵を吹き飛ばす「力の鬼」。
ジンキは俊敏さで敵を翻弄する「速さの鬼」。
だが――三年の冬。
受験が迫るころ、二人の心にはそれぞれ違う迷いが芽生えていた。
「……俺ら、このまま喧嘩ばっかで終わんのかな」
放課後、夕陽に照らされたグラウンドで、ジンキがぽつりと漏らす。
「おいおい、どうしたよ」
ゴウキは缶ジュースを投げ渡しながら笑った。
「まぁ……でも、正直ちょっと飽きてきたな」
二人は黙り込み、オレンジ色の空を見上げた。
心のどこかで「恋をしてみたい」「普通の青春を送りたい」――そんな願望があった。
だが、不思議なことにその気持ちを相棒にだけは言えなかった。
(もし言ったら笑われるんじゃないか)
くだらない意地が、言葉を飲み込ませた。
そして――別々の夜に、それぞれ同じ決意を固めた。
(誰も俺のことを知らない土地で、一からやり直そう)
ゴウキは両親に「外で挑戦したい」と告げ、県外の高校を志望した。
父は「男は外に出て勝負だ!」と背中を叩き、母は心配しつつも応援してくれた。
ジンキは父に「自分の道を見つけたい」と伝えた。
世界を獲った父は静かに頷き、「ならば自分の拳で掴んでみろ」とだけ言った。
友人たちには「親の都合で」とごまかし、誰も真実を知らないまま卒業式を迎えた。
―
春。
県外の私立潮多工業高校の門をくぐったゴウキは、思わずため息をついた。
第一志望は女子が多い共学の進学校。
「青春を謳歌したい!」と胸を弾ませて挑んだが、結果は不合格。
仕方なく滑り止めで受けたのが、この“県内でも有名な不良の巣窟”だった。
しかも女子は一学年にわずか十人。
「……なんでだよ。俺の青春計画が……」
がっくり肩を落とし、昇降口をくぐった瞬間――。
「おい、新入生!カバン置いてけや!」
数人の不良が立ちふさがる。
(やれやれ……初日からかよ)
ゴウキは拳を握りかけた。
だが――背後から低い声が響いた。
「やめとけ。それ、初日からダサい」
振り返ったゴウキの目が見開かれる。
そこに立っていたのは――。
「……ジンキ!?」
「……ゴウキ!?」
一瞬の沈黙のあと、二人は同時に吹き出した。
「マジかよ!お互い考えること一緒か!」
不良たちは置き去りにされたように呆然とする。
だが二人の笑い声には、もう迷いはなかった。
別々に選んだはずの道。
だが、結局辿り着いたのは同じ場所だった。
桜の花びらが舞う入学式の朝。
豪鬼と迅鬼の物語は、新たな章へと踏み出した。
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