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第4章 第2話 化ける

「お久しぶりです。」



玲奈は松岡に挨拶をする。



足音の聞こえない厚みのある絨毯を踏み松岡の傍に来た玲奈が松岡にお辞儀する。



いつも礼儀だけは確りしているんだがな、松岡は玲奈に手を挙げて鷹揚に返事をしながらそんなことを思う。



「「手を繋ぐ」まあまのようだな。」



松岡のその言葉に玲奈は少しムッとして返答する。





「まあまあじゃありません。若菜の評判も凄くいいんですから。」


すぐ表情に感情の乗るのがこの娘の難点、いや美徳か?





「大崎若菜か、化けたものだな。しかしここからが正念場だ。」



「正念場、ですか?」



玲奈が問い返す。



こういう素直さが松岡にはまぶしい。特に紫藤や桐生のような曲者に相対した後には猶更だ。


そう、まるで昔飼っていたマルチーズのような。



「そうだ、本物になる者は三度化ける。此処からだよ彼女は、そして君もな。」



松岡は玲奈をまぶしそうに見つめながら言う。





「そこで、君たちにもう一度化ける機会を与えてみたいと思うんだよ。」



「機会、ですか?でも「手を繋ぐ」は立ち上げたばかりで。」



玲奈は突然の松岡の申し出に戸惑いを隠せない様子で口ごもる。





「ああ、違う違う「手を繋ぐ」の件じゃない。流石に始まったばかりの番組で評判も悪くない番組を弄ろうと思うほど私も焦ってはいないよ。東堂にも何も言われてないんだろう?」


松岡の口から東堂の名前を聞いて玲奈はピクリと反応するが表情には出さず返事する。





「そうですね、東堂社長からはお褒めの言葉と激励を頂きました。特に番組の内容には触れられていません。」



玲奈は結局東堂とは会えていない、時折訪ねてくる田中から聞く東堂情報のみが玲奈の癒しなのだ。昨日来てから田中の奴顔出さないわね、後で電話しよう。



「ふん、そうか。余裕だな。しかしそうはいかんぞ。」



憎々しげに呟く松岡。



「え?」





また、なんか企んでるのねこの爺。玲奈は松岡を睨む。



「いや、君たちに与えたい新しい機会と言うのは他でもない。君が中心となって大崎若菜くんとのコンビでもう1番組やらないかと言うことなんだよ。」



松岡は玲奈にそう告げると、ふうと息を吐き出す。



胡麻化したわね、と玲奈は思うが。それどころでもないことを聞いた気もする。





「新番組ですか?でも私も若菜も「手を繋ぐ」を安定させるのに。」



「むろんサポートは送る、制作担当チームは木村の持つ班が当たる。君はチームの総指揮を執ってくれればいい。

君の手腕はRePurge、「手を繋ぐ」の成功で折り紙付きだ。ここでもう一番組、今の大和テレビにヒットメーカーを休ませて置く余裕も、そして新しいスター候補を育成しない選択肢もないんだよ。


勿論そのせいで君たちが潰れてしまっては意味がない。無理強いはしない、ただこの案件持ち帰って大崎君とも相談して返事をくれないかね。」





松岡は玲奈を見てそしてテーブルの上にある企画書を渡す。



「これ、番組の中身何も決まってませんけど。」



さっと企画書を目視した玲奈が言う。



「ああ、むろんまだ準備段階だからね、君や大崎君が頷いてくれないのなら企画を詰めるにも練り直しが必要になってしまう、これは君たちありきの企画なんだよ。頼んだよ。」



松岡は玲奈にニッコリと微笑むとそう言った。



薄気味悪い、薄気味悪いけどまあ筋は通ってるわね。玲奈は思う。



「で、新番組何やるんですか?」



「バラエティだ」


松岡は玲奈を見ずに言う。



「バラエティ?私と、若菜で?あの子にバラエティなんて、」



どういうつもり?若菜にバラエティなんて、一番向いてないでしょ。


誰でもわかるじゃない、ボケたの?ボケたのね。そう、それならあんたがバラエティやるべきよ。よし、そう言ってやろうかしら、玲奈がそう決意する前に松岡が口を開く。



「言っただろう?三度化ける。と、その布石だよ。無論私にも大崎君がバラエティ向きではないことは承知しているよ。」



「でも、だったら」


玲奈が反論を言い終わる前に松岡がさらに被せる。



「あくまでも現時点では、だよ。私はあれほど見事に化けた人間をそう見た記憶がない、恐らく君もそうだろう?彼女の可能性、君も見てみたくはないかね?彼女の才能を誰よりも早く見出した君と、彼女自身がこの企画拒むなら私も無理強いはしないよ。」


再度、無理強いはしないと言った松岡は玲奈に背を向ける。


もう話しは済んだ。そういう意味なのだととった玲奈は失礼しますと告げ松岡の部屋を出る。



頭の中はグチャグチャだ。若菜と私でバラエティ?あの子がこんなのやるわけないじゃないの。なんか勢いで丸め込まれたけど冷静に考えたらやっぱり有り得ないでしょ。



でもまあとりあえず若菜に相談はしましょうか、どうせ断るでしょうけど企画書見せても何も書いてないけどまあないよりは、



「あ!企画書!」


ホテルの廊下で声を上げる玲奈。



松岡の部屋に最前の企画書を忘れて出てきてしまった。


不覚。

でもまあ忘れたものは仕方ない、玲奈は再度エレベーターのボタンを押し松岡の部屋の階層へと上がる。



松岡の部屋の扉を三度叩く、かちゃりと開く扉。



どうした?と問うのは見たことのある木村、企画書忘れちゃって、と玲奈。


松岡さんは今入浴中だ良かったなと部屋に招き入れてくれる木村。

さっきは居なかったわよね?と思う玲奈に聞いてもないのに隣の部屋に居たと言う木村。

エスパーなのかな?玲奈はそう思う。



先程松岡と会談した部屋の中央のテーブルに企画書はそのまま置いてある。



「あ、あった、あった。よかった。」


そう言いながらテーブルに近づく玲奈の視線に入った少しの違和感。ん?さっきテーブルにこんな白いのあったっけ?



そう思った玲奈がその白い物、メモ用紙を取り上げようとするとさっと木村が手を伸ばしそのメモ用紙を回収する。



「失礼、私のメモ書きだ。片づけ忘れていたみたいだ。」


木村はそう言うとクシャクシャと紙を丸めスーツのポケットにしまい込む。



その行動に少し違和感を覚えた玲奈だったが、松岡が風呂から上がる前に退出せねばと企画書を回収し部屋から辞する、松岡の全裸になど遭遇したくもない。


玲奈は身を震わせながら帰路を急ぐのだった。








新宮誠は上機嫌だった。バラエティの大和テレビの面目躍如である。


東堂の企画で始まったというのが癪に障るし、視聴者アイデアだと言うのも沽券にかかわるが。

そのアイデアを企画構成し番組と成立できたのは偏に自分たちバラエティ班の実力でもあるのだ。


評判は上々、先日始めた「あなたの離婚応援します。」も幸先の良いスタートを切れた。



テレビ放送後、翌日にはオンライン配信もし再生回数はグングン伸びている。



「テレビで見てもらえ無えじゃねえか。」


そう口答えする新宮に



「端から見ていないじゃないか。」


とは東堂の弁だ。



スポンサーも少ないんだから自力で稼ぐしか無かろう、稼げよ新宮。

そう言って笑った東堂の表情を新宮は忘れない、あいつは悪魔かなにかか。



それでもやはり新宮は上機嫌なのだ。



「やっぱり人間やりたいことやらなきゃだめだなあ、それも笑えることなら猶のこと良い。なあ田中、お前もそう思うだろ?」


新宮は離れた場所でデスクに向かう田中に向かって問いかける。



呼ばれた田中は面倒そうに



「大きな独り言じゃなかったんですか、まあ確かに私もそう思いますよ新宮さん。」



「そうだろうそうだろう、好きなことやってりゃ人間老けないもんだ。幸せってのは自分でつかみ取らなとないといかんのだよ。」


胸を張る新宮。



「それで他人様の家庭離婚させちゃうのは如何かとも思いますがね。まあ結婚続けるだけが幸福だとも思いませんが。

それはそうと新宮さんならご存じでしょうが山岡さんてどんな方です?」



「あ、お前それは言っちゃいけねだろ、俺にだって葛藤ちゅうもんはあるんだぞ。あん?山岡?山岡隆志か?なんでまたあんな奴の事。」



新宮はゴニョゴニョ言い訳をしようとするが田中の口から発せられた意外な人物の名前に反応する。



山岡隆志、あまりいい噂の無い男だが大和テレビの歴としたプロデューサーだ。バラエティの。



「あれがどうした、あいつ等の班はまだ番組撮れて無いだろう、桐生常務に倣って東堂のやり方が気に食わないとか大きな声で言ってんだろう。」


誇りで飯は食えないが、そういうやつは嫌いでない。それが本当に埃故であるならば、だが。


新宮はあいつらはそうでないと思っている、社内政治だとか権力争いだとか、好き勝手出来なくなるとかどうせそんなもんだ。


自分らのわがままに理由つけてごねてるだけだ、そいう輩は新宮は嫌いだ。


新宮の判断基準はそんなものである。



「撮るみたいですよ、バラエティ番組、大崎さんで。」



田中も昨日玲奈から聞いた。東堂の情報をあるだけ搾り取られた後に、ああそういえば的なノリで話し出したのだ。



最初に言えよと田中は思ったが、取材対象の話は聞かねばならない。

いいように話させていれば勝手にペラペラ喋りだすのだから必要経費と割り切るしかない。



「大崎って、あの嬢ちゃんか?「手を繋ぐ」の、東堂を裏切った。」



「ホントにデリカシーの無い。」



Inovex室内に丁度戻ってきた沢木真帆が呆れた顔で新宮を睨む。



あ、やばい。そう思った新宮だが物事と言うものは大抵そう思った時には手遅れである、ましてや吐いた言葉は返らない。世の摂理である。案の定真帆に確りと叱られた新宮はしかしめげない。



「でもよお、あの嬢ちゃんにバラエティつとまるかあ?演者じゃないにしても司会で回すんだろう?あ!その番組を山岡が撮るってのか?ん、じゃあそれも東堂の路線じゃあねえのか。」



珍しく論理を組み立てる新宮。



「社内の各部署が活性化してるのは良いことなんですけどね。確かに少し奇妙な人選ではあるわよね。大崎さんがやるってことは桐山某も関わってるってかメインで仕切ってるんだろうし、山岡班と彼女を繋ぐなら。」



真帆もやはり大崎若菜がバラエティ番組と言うのには違和感を感じるようでそれを口にする。



「松岡取締役、桐生常務でしょうね。玲奈さんが言ってましたよ、責任者の筈なのに何もさせてもらえないって。企画も構成も台本も全てあっちで決められるって嘆いてました。」



田中が難しい顔で眼鏡を上げる。大体いつも難しい顔なのだが。



「そりゃ、そうだろう。別に山岡なんぞの肩持つわけじゃねえが番組作ってる最中にチーム外の人間の出番はあんまりねえよ、出番は企画が固まって形がある程度でき上ってからだろうよ、桐山の嬢ちゃんにも焦るなって言ってやりな。」


新宮が制作側の意見を述べる。



「ほぼ出来上がってるみたいですよ、でも蚊帳の外。大崎さんは案外乗り気で即決で賛成したそうで、訳が分からないと嘆いてます。」


難しい顔のまま田中が言う。



「ふうん、そりゃなんだか変な気がするぞ?」



新宮が言う。



「奇遇ですね、私もです。」



真帆も新宮にいつかと同じ返答で返す。



「ええ、全くです、何か違和感ばかりで嫌な感じです。」





Inovex室内には正体の知れない違和感だけが蔓延していく。









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