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おかしな二人  作者: マオ
22/22

終・おかしな二人ともうひとり

「うあああああーーん」

空に響くのは成人男性の泣き声。地べたに座り込んで、彼は思い切り泣いている。

「……なんなの、この状況」

何が起こったのか理解できない雪白は、ハウルディアを構えたまま呆然としている。

「ええと、これ、さっきの妖精とは別人みたいだよ、雪白ちゃん」

ゲイボルグを抱き込むようにして抱え、ピピは泣きじゃくる彼を眺めている。

彼――先ほどまで戦っていた相手、世界の敵、妖精だった男、リュングリングの第一王位継承者――レングス王子。

「魔力の波動が全然感じられないって、ゲイボルグが言ってるもの」

ピピの言葉に雪白は眉を寄せた。

「ねぇ、どういう意味? 大体どうしてこの人まだ生きてるの? あたしハウルディアで斬ったのよ? 王子殺しの大罪人になる覚悟で斬ったのに……」

お尋ね者になる覚悟で、世界を護るために剣を振るったのに、先ほどまで雪白が彼に与えた傷は消え失せている。さっきまでの自信過剰な妖精の印象も消えてしまって、今のレングス王子は泣きじゃくるだけだ。

まるで――。

「……なんだか、赤ちゃんみたい」

えぐえぐと泣く彼を見て、ピピが抱いた感想はそれだった。言葉ではなく態度で感情を表している様子は、赤子と変わらないように見えたのだ。

しかし、どう見ても彼は大の大人。

「そんなわけないでしょ、だってどう見ても大人よ? 妖精がなにかのフリでもしてるだけなんじゃないの?」

雪白は警戒を解かない。なにせ相手は妖精なのだ。泣きじゃくるフリでこちらの戦意を削いでおいて、意表を突いて攻撃してくるかもしれない。

「違うよ。妖精じゃない。魔族でも魔物でもない。じゃあ、後は人間か女神様しかないよ? このひと、女神様には見えないし」

「……それはそうかもしれないけど……」

ぴーぴー泣きじゃくる彼を見て、雪白は困惑顔だ。魔力で判断し、消去法でいけば確かにピピの言うとおりなのかもしれない。

ならば、先ほどまでの妖精はどこに行き、ここにいる『レングス王子』は何者なのか。

そして、魔力が炸裂した瞬間に、何が起こったのか。

「ピピ、あんた何かした?」

「ううん。しようと思ったんだけど、ハウルディアに先を越されたの」

「え」

あの魔力の炸裂はピピのものではなかったらしい。幼馴染みはハウルディアに先を越されたと断言した。雪白の手の中で聖剣は静かに輝きを湛えている。

「……何、したのよ、ハウルディア??」

聖剣に話しかけると、剣は主となった少女に応えた。

雪白の頭の中に伝わってきた単語は、


『――チェンジリング――』


の、ひと言。

「……は?」

妖精が戻ってくるための手段、魂の入れ替え『チェンジリング』。それを、ハウルディアがやった、と。

「なんで!?」

相手は赤子ではないが『彼』は雪白の一撃で瀕死だった。抵抗のできる状態ではなかっただろう。条件的には当てはまる。

雪白たちがされそうだった『チェンジリング』をハウルディアが『彼』にやりかえしたと認識してかまわないのだろうか。

主の疑問に聖剣は応えた。

『――あるべきものをあるべき姿に。それが(アルジ)の望むことなのだろう?――』

 雪白が望んだから、そうしたのだと。

 確かに言った。レングス王子を元に戻せないのかと。しかしピピの返答で、できないと思ったから覚悟した。世界のために、大罪人の汚名を背負おうと。

 それは過去、雪白の先祖、コリアンダーたちが覚悟を決めたときと同じ決意だ。

 世界を護るために、世界を騙そうとしたときと同じように、強い覚悟。だからこそ、女神の創った聖剣はその想いに応えた。

 あなたたちが世界を護ろうと言うのならば、どこまでも力を貸そう。それが女神カラミンサの想いであり、願いだ。生み出した世界に対する、無限の愛情。

 それはとてもありがたい。心底から思う。

「……そういうことができるんなら、最初からしてよって思うのは贅沢ぜいたくなことなのかしら……」

 軽い頭痛を感じる雪白である。そこまでの力があるのなら、王子殺しに動揺した意味がないような気さえしてくる。

『――我の力には主の意思がいる――ゲイボルグが力を振るうのに己が主の意思が必要なように――』

 ハウルディアからの言葉に、雪白はあらぬほうに視線を逸らした。彼女の自覚が足りないからハウルディア(じぶん)を使いこなせないのだと、忠告されたように感じたのだ。種の継承者としての自覚をしっかり持っていれば、最初からできたこと、らしい。

「まぁ、とにかく……レングス様が元に戻ったのなら大団円よねっ」

 気を取り直して王子を見る。

「はーい、恐くないよ、大丈夫。ね? お姉ちゃんたちは恐くないの」

 泣きじゃくる王子を、しゃがみこんでピピがなだめていた。ほの〜んとした彼女の雰囲気に、王子も落ち着いてきたのかしゃくりあげはするものの、涙は止まりつつある。

「あの、レングス様……?」

 恐る恐る声をかける雪白に、王子はびくりとしてピピの服を掴んだ。あからさまな態度に、正直にむっとする。

「……なんでピピは良くてあたしはだめなの……?」

「雪白ちゃん、ハウルディアハウルディア」

「え?あ」

 ピピに指摘され、自分が掴んでいる剣に王子が怯えていることに気がついた。見てみると、ピピもゲイボルグを手放している。魔槍は彼女の横に浮いていた。雪白もあわてて聖剣から手を離す。ハウルディアは雪白の手から離れても空間に隠れる気はないのか、ゲイボルグと同じようにふわりと宙に浮いたままだ。

「レングス様、あたしのこと、分かります?」

 レングス王子当人に戻ったのならば、夢見た素敵な男性との結婚がかなうかもしれない。当初の目的を思い出して、雪白は胸が高鳴るのを感じた。散っていった牙煉のためにも、自分たちは是が非でも幸せにならなければならない。

 レングスは涙目できょとんとしている。

「雪白ちゃん、無理だよ。わたしたちが会った王子さまはこの人じゃなくて、妖精のほうだもの」

「あ、そうか……」

 これが初対面なのだ。きちんと挨拶しなければならない。

 身を正した雪白に、レングス王子はびくりとした。雪白の一挙手一投足にいちいち過剰に反応している。ピピの動作にはさほど動揺を見せないのだが。

「ええと、あの、あたしは雪白って言います。こっちは幼馴染みのピピです。初めまして」

 昨夜もこんな自己紹介をしたわよね、と、思い出しながら名を名乗る。家名はやはり口にしづらい。

「それでですね、あの、状況の説明をしたいんですけど……実は妖精が貴方の体を乗っ取っていて……」

 しどろもどろで説明しようとするが、レングスはきょとんとしたままである。雪白の言葉が理解できていないようだ。じぃっと彼女を見つめてはいるものの、話している内容は分からないと瞳が述べている。

「……ピピ、あたし、そんなに分かりづらいこと話してる?」

「ううん。そんなことないけど……うーんと……」

 ピピも眉を寄せている。彼女の横でゲイボルグが唸った。何か説明しているようなニュアンスだと雪白も感じ取る。

「あーっ! そういうことなんだ!」

 ゲイボルグの説明が終わるなり、ピピは叫んだ。

「え、なに? 何が?」

「雪白ちゃん、ハウルディアは王子さまの魂を戻したんだよ。チェンジリングの魔力を正方向にやりかえしたんだって」

「う、うん。それはハウルディアから教えてもらったけど……元に戻ったんでしょ? レングス様」

「そう。戻ったの」

「うん。戻ったんでしょ。良かったじゃない」

「うん。戻ったんだよ――チェンジリングされた当時のままの魂で」

「え」


 当時。


 『チェンジリング』は魔力に抵抗のできない赤子か瀕死の人間相手にしかできず、レングス王子は赤子の頃に『取替え』られた。

 当時、と、いうことは。


「……じゃあ、もしかして……レングスさま、本当に……中身赤ん坊っ!?」


「うん。そういうことみたい」

 レングスがきょとんとしているのは、本当に雪白の言っていることが理解できていないからなのだ。中身が赤子なのだから、まだ会話が理解できるはずもない。

「うそ……」

「本当だよ。ハウルディアとゲイボルグがわたしたちに嘘をつくわけないし……ね、王子さま?」

 にこりとピピが笑いかけると、レングスも笑い返した。

 ……無垢な赤ん坊が浮かべる笑顔で。

 雪白は唸るしかない。確かに元に戻したいとは思ったが、本当にそのまんま戻るとは。

 外側は大人、中身は赤ん坊。

「どーするのよ、これ……」

 これでは玉の輿など夢だ。話にもならない。外側は理想の王子様なのに、中身は赤ん坊なんて、どうしようもないだろう。

「放っておく? とりあえず王子さまは元に戻ったんだし、妖精も退治したし、雪白ちゃんはやるべきことはやったよ?」

 ピピはレングスをあやしながらそんなことを言う。このままの状態のレングスを置いていくというのはさすがに気が引けた。

「でも、赤ちゃんでしょ?」

「うん。でも、ここ村だし。人里だから置いていっても誰かが面倒見てくれそう。そのうちリュングリングから捜索にもくるよ、きっと」

「それはそうかもしれないけど……なんかピピ、ちょっと冷たくない?」

「そうかな?」

 こくんと首をかしげる幼馴染みはいつもと変わらない様子だ。まださっきの妖精とのやり取りが心の中に残っているのかもしれない。

「体が大人だから赤ちゃんって感じがしないからかも」

「それは言えるけど……」

 こうなったのは、自分がハウルディアを振るったせいだという思いがある。

「じゃあ、連れてく?」

「う」

 それも困る。これから素敵な男性を探そうとしているのに、『体が大人中身は子供』なレングスを連れて歩くのは、恋人探しどころの話ではなくなるだろう。

「……いきなりこんな大きな子供ができるのは困る……」

「お父さんもいないのにお母さんになっちゃうね」

 レングスの手を握ってあやしているピピの言葉に、雪白はひきつった。

「イヤだわ……とてつもなくイヤだわ……」

 ちらりと視線をレングスに向ける。彼は泣き止んで、キラキラした瞳で雪白を見上げてきた。視線が合うと、ニコリと笑う。整った顔での、無垢な微笑み。

「うっ……」

 ある意味で破壊力抜群である。置いて行くと言う選択肢が、とんでもない罪悪感を呼び起こした。まして斬りつけたのは雪白なのだ。

 何も知らない村人に押し付けるのも気が引けた。たとえ村人がピピを殺そうとしていたのだとしても、こんなややこしい状態のレングスを押し付けるのは気の毒になってくる。

「うぅ……」

「雪白ちゃん、どうする?」

「どうって……どうしよう……」

 ピピ一人でさえかなり手がかかるのに、さらにレングスが加わるのか。明確に躊躇ちゅうちょを浮かべた雪白に、ピピが首をかしげたまま爆弾を投下した。

「あ、誰か来そうだよ」

「えっ!?」

 牙煉が大暴れしていたので逃げていた村人が、戻ってくる気配がすると言うのだ。

「近付いてくるけど、どうしようか?」

「あああああっ!! 逃げるわよ、ピピ!!」

 がしっと幼馴染みの手を掴んで、雪白は駆け出した。ピピや雪白のことを知った村人たちが。この場の惨状を目にしたらどう思うか。ちらりとそんなことを考えたが、自分たちの姿も騒ぎを引き起こした魔族・牙煉の姿もないのだから、おそらくは勝手な憶測で納得してくれるはず、と、淡い期待を胸に抱いて――要は現実逃避である――目もくれずにその場を後にした。



 しばらく走って、村から離れた森の中でようやく息をつく。

「こ、ここまで来ればひとまずは安心よね」

 はぁーっと息をついて、気がついた。

「ピピ……連れてきちゃったのね……」

 雪白が掴んでいるピピの手、その反対側に繋がれているのはレングス王子の手だった。

「あ、うん。そうみたい」

 ピピは首を傾げて笑った。雪白に引っ張られたので咄嗟にレングスの手を離せなかったようだ。

 一緒に走る羽目になった中身の幼い王子は、それほど息を乱してもいない。体力は大人のままのようだ。ピピと手を繋いでニコニコしている様子は、悔しいが可愛くてカッコイイ。

「うぅー、これで中身が大人だったらー」

 迷わずアタックをかけているのにと悔しさを滲ませる。残念で仕方ない。

「雪白ちゃんの王子さまになったかもしれないのにね、残念だね」

「本当よ……」

「それで、これからどうしよう? 思わず連れてきちゃったけど」

「ああああ、そうよ、それよ、どうするのよぅ」

 ニコニコとピピの手を握っているレングスには全く邪気もない。ただ、かまってくれるのが嬉しいらしく、幼馴染みの手を離す様子もない。なついてしまったようである。

「どっか人里に置いてく?」

「それもちょっと……可哀想な気がするのよねー……」

 こうなったのは自分の責任だ。もっと上手な方法があったのではないかとも思った。

「じゃ、どうしようか?」

「……とりあえず、リュングリングに送っていこうかと思うんだけど」

 考え付くのは、レングスの家であるリュングリング王家に送り届けることだった。そこでリュングリングの王族たちが、この状態のレングスを受け入れるかどうかは別として、とにかく連れて行ったほうが良いと思う。

 中身はともかく、外見は変わりないのだし、別人と判断される可能性も薄いのではないだろうか。しかし、最悪の場合、レングス王子をこんな目に遭わせたとして罪人扱いされる可能性もある。

 その場合は……逃げるしかない。

「あああ……ごめんなさい、お母さん、雪白は大犯罪者になったかもしれません……」

「そんなことないよ、魔王になったわたしから比べれば。そうだ、雪白ちゃん、それならわたし、やっぱりセカイセイフクしようか。それでわたしが王子さまを変にしちゃったってことにしたら?」

「それはだめだし、イヤ。そもそもあんた魔王じゃないし」

 ピピの出した案を即座に却下し、雪白は覚悟を決めた。

「送り届けるわ。そこでどうなるかはそれから考えるっ!!」

「雪白ちゃん、かっこいい」

 パチパチと拍手するピピと、つられて拍手するレングス。

「ヤメテ」

「だってかっこいいよ、ね?」

 ピピが笑いかけると、レングスも笑った。多分に何を言われているのか分かっていないのだろうが。

「うぅ……ハウルディアを継いだばっかりにぃ……」

 横にふよふよ浮いている聖剣に恨みがましい視線を向けても後の祭りだ。そもそも聖剣を振るったのは雪白で、剣は彼女の想いに応えただけの話なのである。それにしてもただの勇者の身元保証だとばかり思っていた剣に、ここまでの力があるとは考えもしなかった。さすが女神の作り出した聖剣である。

 だが、今の雪白にはそんなことは関係ない。

「うわぁん、素敵な男の人と結婚したいだけなのにぃ! なんで相手もいないうちから子持ちになるのよぉ!!」

「雪白ちゃんならいいお母さんになれるよ」

「それフォローになってないっ!! ピピ!! 良いから行くわよ!! レングス王子を送り届けて、自由の身になって、それから素敵な結婚相手を探すわっ!! 勇者にも相手のいない子持ちにもならないっ!!絶対よっ!!」

「雪白ちゃん、かっこいいー」

「かっこいくないのよっ! あたしは可愛いお嫁さんになりたいのーーーッ!!」

 女神カラミンサと魔王カトルエピスが創り、妖精王アジョワンが追放された世界・ルバーブの中で、パチパチと拍手する現魔王・ピピ・ハーツイーズと、幼児化したリュングリング国王子・レングス・ニタ・リュングリングに、現勇者・雪白・コリアンダーは絶叫した。

 勇者の末裔が目指すのは、あくまでも幸せな可愛いお嫁さんなのである。

 それが同時に世界を護ることに繋がることを、今の彼女は知っている。

 だからこそ、雪白は叫ぶ。

「あたしは、絶対に、勇者になんかならないわーーーッ!!!」

 彼女が信念を貫けるかどうか、それは女神カラミンサだけが知っている、かもしれない。



 ハーツイーズは魔王にあらず。コリアンダーもまた勇者にあらず。

 双方はただ、種の継承者なり。

 魔王にあらずとも、勇者にあらずとも、世界の命運を握るものたちなり。

 ひたすらに、平穏な幸せを護る者たちだと――昔も今もこれからも、誰も知らない。


はい、完結です。こんな変な話にお付き合いありがとうございました。大変なオチをつけた自分に首をかしげております。雪白の玉の輿は遠そうです(笑)

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