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怪獣とロボットの競演<コンピート>  作者: ルト
第一章:GZ<すべてのはじまり>
19/20

第十九話:世界が割れる日

 GZ型とは何か。

 熱量を自在に操る――文字通り『自在に』だ――、巨大にして強大無比な『いわゆる怪獣』。

 その最大瞬発熱量は、砂漠の一部をガラス化させるほど――ガラスグラウンド。

 その被害と、世界国家の軍事費三年分をつぎ込んだと言われる撃退劇で、怪獣の存在を世界に知らしめた。

 世界はこのときから変わり始めていく。

 怪獣が加速度的に増え、怪獣と伍するに長じて怪獣技術が世を席巻し、やがて『機躰』なる得体の知れないものを発案した馬鹿野郎の手によって、世界は「人類対怪獣」の構造に傾いた。

 そこに集中できるだけの経済的余裕を取り戻した、と言い換えてもいい。


 ところで、その闘争相手たる怪獣だが、彼らは独自に()えることはない。

 怪獣は生体構造物であって、生物そのものではないからだ。

 その源は?

 怪獣の種子、怪獣としての胚になりうる物質は、万能細胞たるGZ型細胞を措いて他にない。

 ガラスグラウンドの撃退劇による『GZ型の負傷』が『仔』たる『怪獣』を産み出した。

 震源地(グラウンド・ゼロ)、あるいは全ての母なる根源――GZ型。

 ならばGZ型はどこから現れた?

 神の宇宙論的証明。すべてのことに原因があるならば、『すべてのこと』のその最初を起こす存在が――自らに()って動く何か(かみ)が必要だ。GZ型を生み出した『何か』は必ずどこかに存在する。


 GZ型の痕跡は世界に残っている。

 ガラスグラウンド。その化学反応、熱エネルギーに促された変質。

 空の穴。アンジェリカと見た吹雪の南極に刻まれた真夏の空間。

 基地の残骸。危うく澪を死なせかけた、物理的な暴虐の作用。

 GZ型は、背ビレの吸熱器官で己の放散したエネルギーを回収する。

 しかし、己の存在をゼロに戻すほどの完全な回収はできない。

 にもかかわらず。

 GZ型が南極の氷を溶かすことに関して、大洋は驚くほど寛容だ。

 南極に真夏を現出させても、著しい海水面の上昇が見られない。

 GZ型が活動しても、地球環境は変化しない。

 それはつまり、ひとつのことを示唆している。


「GZ型は地球の営み(サイクル)の一つだってことだ。嵐や火山と同じように」


 機躰が動く。

 アーセナルは二門のガトリング砲をくわえこむと、自らの内に折り畳んできれいに仕舞った。

 どんな豪雨も、地球の海を増やさない。

 島を作るような噴火があっても、地球の総量は増えていない。

 GZ型も同じなのだ。

 GZ型は地球にとって異分子ではない。


「なら、そろそろ還ってもいい時期だろう、GZ型?」


 アーセナルがリクエストに応じ、対物狙撃銃に似た滑腔砲を差し出す。

 ボックスマガジンを合金のマニピュレータで撫で、安全装置を外した。接続、そして装填(コッキング)


「さぁ……一発で最新鋭の戦闘機が買える弾頭だ。働いてくれよ」


 トリガーを弾く。

 がぼ、と空気を食い破って砲弾が飛翔した。

 砲身内で爆発を受けるための翼が剥離し、一回り小さな塊がくるくると飛び、

 直撃、

 空間が収縮した。

 反動に広がった冷たい爆風は、機躰を包む吹雪を払う。

 GZ型の肩が、漫画のような氷の塊に覆われていた。

 それは雄叫びと共に溶かされ、砕かれたが、充分な成果だ。


 次の弾頭を装填(コッキング)、構え、発射(トリガー)

 飛翔する弾頭は、氷柱を撃つアサルトライフルの核にも使われる「過冷却器官」を、いくつも押し込めて作られたグレネードだ。

 炸裂した弾頭は、瞬時に空間を絶対零度(0K)近くまで冷却し、擬似的な真空を作り出す。

 真空へ殺到する風と、再び気化した空気がぶつかり弾ける、風と雹の暴虐が兵器としての本懐だ。

 だが、吹雪に包まれた南極は冷却効果が通常以上に強く働く。

 冷気は風を伝達し、雪を凍らせ、巨大な氷塊を作り出す。


 次の弾頭を装填(コッキング)、構え、発射(トリガー)

 直撃した弾頭は、またもGZ型を凍らせた。砕かれる。

 次も、その次も、その次もまた。

 GZ型の咆哮は、だんだん悲鳴じみたものになっていく。

 熱とは、原子の運動にすぎない。原子が激しく動くほど、その温度が高くなる。

 絶対零度とは、原子の動きがゼロになることを言う。

 当然ながら、止まったものの動きをそれ以上制止することはできない。ゆえに絶対零度以下は存在しない。

 吸熱器官を持つGZ型にとって、熱は自分の肉体と等価だ。その熱を奪われることは、そのまま自分の肉体を削られることを意味する。

 世界で最も美しい公式――E=mc^2――エネルギー保存の法則。

 核融合で己の『質量』から熱エネルギーを産み出すGZ型にとって、エネルギーの損失は致命的だ。己の身体と寿命を削らなければ補填できない。

 さらに言えば、核融合なんてものを起こす『場』がそう頑丈なはずもない。急激な体温変化は、『核融合臓器』に変調を(きた)す可能性もある。


 次の弾頭を装填(コッキング)、構え、発射(トリガー)

 背ビレに氷が浮かび上がっていた。まるで悶え苦しむように、凍結の枝を伸ばす。

 吸熱とは、換言すれば冷却だ。

 周囲の熱を奪う現象、周りの熱を『引き算』する。

 GZ型は熱量を操る。その存在の核心部は冷却に、熱の奪収にあったわけだ。

 これは反面、GZ型のもうひとつの生態を示す。

 GZ型が回収できるエネルギーは、熱だけだ。


 次の弾頭を装填(コッキング)、構え、発射(トリガー)

 凍結が生み出した余剰エネルギーは真空にまつわる大気の挙動となって吹きすさぶ。

 炸薬が生み出す燃焼・膨張ではなく、怪獣技術が実現する冷却を引き金とする一点を除けば、働きは通常のグレネードと変わらない。しかし、その違いこそがGZ型に通用する決め手だった。

 GZ型が回収できるエネルギーは、熱だけで。

 グレネードとは、熱を運動エネルギーに転換する兵器だからだ。

 だが――。

 コッキングレバーが上がりきったまま戻らない。ボックスマガジンに自動でロックがかかる。

 弾切れ。

 こんなグレネードが無限にあるはずもない。

 空軍が泡を吹いて倒れるような最新鋭戦闘機一個中隊を投げ捨てた結果は、GZ型を悶えさせただけ。


 そして、まるでこちらの手詰まりを見透かしたかのように。

 GZ型の動きが変わった。

 めりめりと氷の背ビレが巨大化していく。まるで角の大きさで強さを示す鹿のように。

 まずい――地図を見る(どうやって?)――『まだ遠い』。

 GZ型の瞳孔が俺を捉えた。その実感があった。

 GZ型が口腔を開ける。息を吸い、

 背ビレが爆発した。

 氷の散弾が襲いかかる。『まるで逆巻くハリネズミ』だ。

 遠い空に影がパラパラと散り、友軍反応が灯る。


『ハイ、ハヤト。無事?』

『その声は、対GZ型部隊の』えげつない先輩。


 俺の声に、彼女は言葉を返した。


『何を意外そうにしているの? あなたがGZ型をここまで誘導したんでしょう?』


 笑うような声に誘われて、眼下から氷が消える。

 ヤスリのような白と黒。

 流氷だ。

 見上げれば、ずいぶん吹雪が薄まっている。

 当然だ。ひたすら北上し続けたのだから。

 南半球における、赤道に近い方向――暖かい方角に。

 GZ型は周りを威嚇しながら、変わらず俺を追いかけている。

 地図を確認した。

 いける。


『対GZ型部隊の装備に、強力な熱量武器はあるか?』

『あるけど……GZ型には逆効果なんじゃなかったの?』

『撃つのはGZ型じゃない』


 GZ型が大きく胸を張った。

 咆哮? 違う。再び背ビレが巨大化していく。

 バキバキと、空間が軋むような空気の悲鳴が轟く。

――熱線!

 GZ型は己の体温すら下げて、口腔に熱を昇らせる。湯気が牙の隙間から吹き上がる。

 瞬間的な熱放射による電磁波攻撃とは、桁が違う。

 継続的な熱の照射。

 ガラスグラウンドの再来。

 背ビレの氷角は、GZ型の半身ほどにも巨大化している。それだけの熱を、強引に『引き算』してきている。

 叫びを叩きつけた。


『GZ型の足元を砕け!』

『えっ?』

『説明してる時間はない、チャンスはこの一度きりだ!』


 アーセナルから、ありったけのナパーム弾・タンデム弾頭ロケット・連装ミサイルを吐き出させる。触れたそばからぶちまけた。

 GZ型の足元、南極で一番端の氷の塊に。

 炸裂、粉砕、炎上。

 その音響と温度分布を解析にかける。

 背筋が凍った。

 まずい。

 予想と違う。

 冬の南極を甘く見すぎていた。

 氷が、厚すぎる。

 ナパームを装填し直し、再び放つ。燃焼剤が猛烈に氷を焼く。

 だが絶望的に足りなかった。海が遠い。


 瞬間、

 赤い閃光に遅れて、どぱぱ、という音がGZ型足下の氷を打った。

 対GZ型部隊! ――いや、それ以上!?

 友軍反応が、ポツポツと倍増していく。

 顔をあげた。目視でも確認。雪虫だ。

 その全てが汎用型のアーセナルを背負っていた。

 二号丸の機躰が、総出で援護に来てくれたのだ。


――それでも。

 GZ型を見て、絶望の深まる音が自分の脳から聞こえた。

 足りない。

 GZ型は足元を均すように足踏みをする。その足場は緩む気配すらない。

 甘かった。

 不確定要素を、自分に都合がいいように計算していた。

 これでは、GZ型を落とせない。


『っうらっしゃ――おらぁ――!』


 流氷を砕いて、傍らに水柱が突き上がった。

 驚いて見る間に、水柱のほどけた隙間から、“ステラ”が顔を覗かせる。


『“ステラ”……いや、アンジェリカ!』

『おう、待たせたな隼人!』


 力強くマニピュレータの拳を見せてくるが、別に俺は待っていない。来るとは夢にも思わなかった。

 アンジェリカは、俺の思考を見透かしたように、強気に告げる。


『来るのは、これからだ!』


 ィン、と何かが空を引き裂いた。

 GZ型の背後が砕け、氷片が高々と吹き飛ぶ。


『か、艦砲射撃!?』

『一号丸! 仰角マイナス五度修正! 撃てぇ!』


 アンジェリカが観測手(スポッター)の台詞を叫ぶ。

 だが、一号丸は今ごろ太平洋まで北上したはず――……。

 気づいた。

 アンジェリカが潜航してきた理由。

“ステラ”が片手に握る野太いコード。


『通信中継装置』――『ここは一号丸と無線がつながる』。


 砲弾が来た。

 それは神の手に導かれるように。

 GZ型の股下と爪先に着弾した質量弾は氷床を深々とえぐり、

 無数の機躰から放たれたミサイルが氷の穴を打ち破り、

 GZ型の背ビレが(きら)めいた。


――響く。


 世界の割れる轟音が。

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