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 『シエラの店』で船上都市ビグシープの領主であるウルヴァンと面会する機会を作るように頼んだ後、十一番船に移動して三六番倉庫から転送魔法陣と模写魔法陣を回収した。

 迷宮島でLVTP-5と共についになる魔法陣を失ったため、俺が所有する四セットのうち一つが完全に失われ、一つは模写魔法陣を作り直さなければ使用不可の状態だ。


 残る二つの魔法陣セットのうち、一つは完全な予備となっているが、もう一つは海洋都市アマールの湾岸に停泊するマリーダ商会の交易船から、マルタさんに電話してアマールの沿岸部へと移動させるように頼んである。


 ウルヴァンの判断次第では、ビグシープは瞬く間に炎と氷に呑み込まれることになる。そうなる前に、転送魔法陣は最終的な退避手段として利用できるはずだ。

 転送魔法陣を無断で持ち込んだことは秘密にしておきたいが、もしもの時はそんなことを言ってはいられないだろう。


 ビグシープに住む者の多くはフィルトニア諸島連合国の民だが、クルトメルガ王国に避難することになることに関しては受け入れてもらうしかない。

 それはクルトメルガ王国側にも言えることなのだが、バーグマン宰相には断りを入れていない。


 言ったらまた内政に干渉するなと怒られそうだしな……。




 十一番船から十二番船の桟橋に戻り、Uボートにまで戻って来た。全長七〇m近い青黒の船体は、周囲の大型交易船と並んでも全く引けを取らない大きさだが、船体の半分が海に入っているため、並んでみると異様に平べったく見えてしまう。


 だが、周囲の水夫たちが遠巻きに見ている姿を見ると、あれはあれで目立っているようだ。


 いや――目立ってもらわなければ困る。シエラに頼んだとはいえ、ウルヴァンがドラゴンの接近という不確かな情報を持ち込んだ怪しい商人と簡単に会ってくれるとは考えていない。

 Uボートを直接船着き場に入港させたのも、時間を惜しむと同時に俺の怪しさを増してウルヴァンの興味を引くためだ。彼が生粋の船乗りなら、Uボート自体も知りたがるだろう。


 俺はここに立ち、シエラがウルヴァンを連れてくるのを待てばいい――それしかできない。


 その前に……。


 司令塔下部のハッチを開け、発令所から下士官用の居住空間へと移動する。


『ママ、お帰り!』


 そこではユミルが俺の帰りを待ちかねていた。二段ベッドの下段で丸くなっていたところから飛び降り、俺の脚元に駆け寄って細く長い尻尾を絡ませてくる。


「留守番ありがとう、ユミル。問題なかったか?」


「キュ~!」


 額をこすりつけてくるユミルの頭を撫でながら、インベントリから属性魔石をいくつか取り出して口元に近づけてやると、ユミルは瞬時に尻尾で丸め取ると、再び二段ベッドに飛び込んで寝ころびながら魔石を舐め始めた。


 Uボートにユミルを残す前に、残り少ない手持ちの属性魔石を餌として置いておいたはずだが、積み上がっていた皿は一日と持たずに空になっていた。


「ユミル、もう少し待っていてくれ」


「キュッ」


 ベッドで寝がえりを打ちながら鼻歌に混じりに魔石を舐めるユミルを残し、再び司令塔に上がると、船着き場に戦闘船らしき船が入って来た。

 キャラベルに似た三本マストの船舶は、アマールの護衛船団の船と似ている。逆に違っているのは船全体を覆う装甲板と、長く伸びた船首水線下の鋭い衝角だろうか。


 それだけで、ビグシープの討伐船団がどういった戦法を取るのか想像がつく。突撃からの近接戦闘――中型程度の魔獣ならそのまま引き裂いてしまいそうな鋭さを持っているが、迷宮竜ラビリンス・ドラゴンを相手にするには余りにも無力。


 次に次に戦闘船が入港してくるのと同時に、十二番船の上から戦闘水兵と思われる獣人種の一団が降りてくる。

 鍛え上げられた肉体と手に持つ三又の槍、戦士系が多いのは獣人種の特徴なのだろうか? ローブを羽織る杖持ちも見えるが、それほど多くはない。


 あの構成じゃ何もできずに沈むぞ……。


 不安しかない討伐船団を見つめていると、最後尾付近にシエラの姿を見つけた。船団の水兵たちとは全く違う妖艶な姿は、まだ距離が離れていてもはっきりとわかるほどに浮いていた。


 シエラも青黒のUボートに立つ俺の姿に気づいたようだ。向こうからすれば、帆もない鉄の塊に立つ俺の方が異様に感じたかもしれない。

 シエラはこちらを指差しながら、隣を歩く老齢の獣人種へ話しかけている。色黒で小型の熊のような顔をしているその男は、皺だらけの顔でこちらを睨みつけるように視線を向けてきた。


 あの男がビグシープの領主、ウルヴァンか。


 入港してきた戦闘船へ群がる一団から離れ、シエラとウルヴァンに護衛と思われる獣人種の二人がこちらへ歩いてくる。俺もそれに同調するように司令塔から甲板へと移動し、桟橋へと近づく。


「『大黒屋』、お望み通りウルヴァンを連れてきたわ」


「お前が『大黒屋』とやらか、ビグシープに接近中の大型魔獣の情報を持っているそうだが、まことか?」


「船上から失礼したします、ウルヴァン様。私は『大黒屋』シュバルツ、討伐船団が出陣する前に、ビグシープに迫る脅威の正体を知ってもらいたく、シエラに案内を頼みました」


「戦士たちが乗り込み次第、すぐに出港する。何か知っているなら早く言うがよい」


「現在ビグシープに迫っているのは、大型魔獣程度の脅威ではありません」


「その通りだ。我がビグシープを護る船団と勇者たちに掛かれば、どれだけ巨大な首長魚シーサーペントであろうとも恐れるに足らず!」


 首長魚シーサーペント? ウルヴァンたちが迷宮竜ラビリンス・ドラゴンと勘違いしている魔獣はそれか。

  

「討伐船団のお力を疑うつもりはございません。しかし、出陣前に私の艦にお立ち寄り願いたい」


「お前の船に?」


 ウルヴァンの視線が甲板に立つ俺からUボートの巨大な船体へ向けられ、船と聞いても船と思えぬシルエットに怪訝な表情を浮かべている。


「数ヵ月前……海賊に攫われた我らフィルトニアの民が、隣国の船団によって助けられた。その時、救出された船上で海を泳ぐ黒い帆なしの船を見たと聞く」

 

 Uボートを見渡すウルヴァンの視線が、再び俺と重なって止まった。


 ウルヴァンが言っているのは、間違いなく俺のUボートのことだ。アマールの南海で暴れていた海賊船団を壊滅させた時に、囚われていた幾人かの水夫や女たちを助けた。

 その中にはアマールの住人だけではなく。このフィルトニア諸島連合国の民も含まれていた。


 海賊船団のリーダーを倒した後、アマールの船団を率いていたアシュリーに会っておこうと海上に浮上したのを、フィルトニアの民も見ていたのだろう。


「私の艦も帆は不要、魔動推進陣と舵によって海上を進みます。ウルヴァン様の言うその船も、同様の機構なのでしょう」


 まさかそれは俺だと言うわけにもいかない。その時――Uボートに乗っていたのは幽霊船長ヨーナだったからな。


「魔動推進陣……クルトメルガ王国の魔導技術か。なるほど――我らが民を救ってくれた船と同じか、実に興味深い」


 そう言ってウルヴァンは表情を僅かに緩めると、桟橋から一足飛びでUボートの甲板に着地した。


「ようこそ、私のUボートへ」


首長魚サーペントの情報とこの船のこと、聞かせてもらおう」


 ウルヴァンへ軽く頭を下げ、まずは司令塔へと案内してハッチを開いた。




「……あら、わたしは招待してもらえないの?」


 ハッチを閉める直前、桟橋に残っていたシエラの呟きが聞こえたが――商人であり情報屋でもあるシエラをこの船に乗せるのは、少しばかりリスクが高すぎるので、ご遠慮願うことにした。





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