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「ここが入り口か?」


「はい、梯子になっておりますので、下へどうぞ」


 ビグシープの領主ウルヴァンを司令塔へ案内し、すぐに足元にあるハッチを開いてUボートの中へと誘い入れた。

 ウルヴァンは普通の帆船とは全く違う鋼材に興味を引かれたのか、船体をノックするようにトントンと叩きながら、発令所へと降りていった。


 発令所の中は狭く、計器とハンドル、それに数多くのレバーで溢れている。ウルヴァンの目にそれらはどのように映っただろうか?


「操舵輪はどこにある?」


「そちらの壁際にある二つが、本艦の操舵輪です」


「なに、二つもあるのか?」


「えぇ、機能的にはどちらも同じものですが、様々な安全上の配慮により、複数員での操舵を行います」


「変わっておるの……それらは何を示しているのだ?」


 ウルヴァンは発令所内の計器やレバーの役割を色々と聞いてくるが、その全てを俺が知っているわけもなく。

 VMBだけではなく、他のゲームタイトルで得た潜水艦を操船するときの基本的知識や、前の世界で見聞きした知識からそれらしい返答を見繕って答えていく。


 当然ながら、この世界の船舶は機械的に操船が行われているわけではないので、どの船を探してもこれだけの機器に囲まれていることはないだろう。


「ふむ、さすがはクルトメルガの最新鋭船というわけか……しかし、随分と狭い船室だな」


 それは否定のしようがない。潜水艦とはそういうものなのだが、それをウルヴァンに理解してもらおうとは思っていない。

 軽く鼻で笑いながら「我が船団の旗船はこの数倍はあるぞ」と声を漏らすウルヴァンに説明を続けていると、下士官用の居住空間と繋がる土管のような円形の縁からユミルが顔を出しているのが見えた。


 俺の声が聞こえて様子を見に来たのだろうが、見慣れぬウルヴァンの姿に警戒をしているのかもしれない。


「ウルヴァン様、そろそろ本題に移ってもよろしいでしょうか?」


 発令所を見飽きないウルヴァンに声を掛けると、彼もユミルの気配に気づいたのか、下士官用の居住空間へと視線を向けて話の続きを促してきた。


「ふむ、船団の出陣までそう時間はない。お前が持っている首長魚シーサーペントの情報、申してみよ」


「はい――現在ビグシープに迫って来ている大型魔獣、これは首長魚シーサーペントではありません」


 その一言に、ウルヴァンの片眉が僅かに動くが、何も言ってはこない。続く言葉を待っているのだろう。


「それよりも遥かに大きく、強大な力を持ったもの、邪悪に呑み込まれ、意思を失い暴走した覇者の成れの果て……」


「覇者だと……?」


「えぇそうです。自然界の覇者、ドラゴン――その力を取り込んだ迷宮が暴走し、巨大な手足を手に入れて迫って来ています」


 発令所の内を照らす電球が僅かに波に揺れ、俺のことを真っすぐ見据えるウルヴァンの顔に陰影を作りだす。

 その影はまるでウルヴァンの心情を表すかのように揺れ、俺の言葉を冗談と取るのか、それとも真実だと取るのか決めあぐねているようだった。


「――ウルヴァン様、一つ確たる証拠がございます」


「証拠だと? 見せてみよ」


 判断の助け舟を待っていたかのように、ウルヴァンの表情に自然な笑みが浮かび、迷いが消えた。


 やはり、はいそうですかと信じるわけがない。これは俺にとっても大きな賭けになるが、ユミルと会わせることでしか事態の進展を見込むことは出来ないか。


「ユミル」


「キュッ」


 俺の呼ぶ声に応えて一鳴きすると、ユミルが下士官用の居住区から発令所へと飛び出てきた


「魔獣だ――と……?」


 飛び込んできたユミルの姿を見て、ウルヴァンが咄嗟に拳を構えるが、その構えは中途半端なもので止まった。


 発令所に入って来たユミルは青白く輝いていた。醸し出す雰囲気は漂う冷気と共に大きな威厳を感じさせ、デスクに飛び乗ると長く細い尻尾を立てて先端に凍気を集中させていた。


「ユミル、約束したはずだ」


「キュゥ~」


 黄色い竜眼でウルヴァンを見抜いていたユミルが俺との約束を思い出したのか、少し凹みながらこちらへ視線を向ける。

 その視線を追うように、ウルヴァンの視線もユミルから俺へと移った。


「『大黒屋』……まさかこの魔獣――いや、御方はまさか……覇者の世継ぎか?」


「――そうです。この子こそが確たる証拠、ドラゴンの卵より生まれた赤子です」


「まさか……いやまて、もう一度詳しく話をしろ。ここに世継ぎがいて、ビグシープに迫る魔獣が覇者だと……? それならば、まさかお前が世継ぎを連れ去り、ここへ怒りに狂う覇者を呼び寄せたのか!」


 疑念、戸惑い、迷い――ウルヴァンの感情は目まぐるしく変わっていき、ついには声を荒げて怒りを露わにした。

 だが、その結論を導き出すのは無理もない。現にドラゴンは卵を追って南海に現れたのだ。少しでもドラゴンについて知っているのなら、赤子を追ってドラゴンがビグシープに来ると考えてもおかしくない。


 しかし、ウルヴァンはまだ知らない――迫って来ているのは自然界の覇者ではなく、迷宮竜ラビリンス・ドラゴンなのだ。


「もう少し詳しくお話しましょう」


 デスクの上に乗るユミルの背を撫でながら、ウルヴァンにここまでの経緯を話し始めた。


 クルトメルガ王国からフィルトニア諸島連合国へと交易品を輸送する途中、怪しげな航路を取る船を見つけて追跡、迷宮島へ無断で侵入する冒険者の船かと思われたが、大規模な荷下ろしを見て不審に思い、こちらも上陸して実態を確認した。

 そこで見たのは持ち込まれた大きな卵の飼育と、迷宮の暴走、そして舞い降りた自然界の覇者。


 三つの勢力が互いに喰い合い、そして共倒れ、最終的に暴走した迷宮がドラゴンの力を手に入れて動き出した


 卵を持ち込んだ勢力の正体は判らないが、孵化した直後のユミルを手懐けて迷宮島を離れた。

 だが、手足を手に入れた迷宮はここビグシープを目指して動き始めたため、船を急がせて知らせに来た。


 嘘の中に少しの真実を混ぜる--たったそれだけで、俺の話の信憑性は格段に増す。


 ウルヴァンは話を聞きながら次第に冷静さを取り戻し、俺とユミルの間を交互に見やりながら腕を組み、顎を撫でながら無言で考え込んでいた。


 説明をする中で、俺の素性やドラーク王国、そしてバイシュバーン帝国の関与は伏せておくことにした。

 詳しく俺のことを調べればゼパーネル家とバーグマン宰相、そしてクラン“火花スパーク”についてはすぐに判るだろう。


 だが、持ち込んだ転送魔法陣にユミルとの関係まで詳しく知られるわけにもいかない。


 そして何より――時間がない。


「『大黒屋』、お前の話は判った。だが、ならば尚更出陣しなくてはならなくなった。迷宮が自由意思で動き回るなど、あってはならぬ話だ」


「――ですがウルヴァン様、船では島は沈められません」


「かもしれん……だが、時間は稼げる。覇者こそが大自然の摂理、同様に迷宮が人を襲うのもまた、自然な摂理でしかない。奴の進路上から民を離さなければ、再び安息の日々が訪れることはあるまい」


 ウルヴァンはそれだけ言うと、最後に「出陣する」とだけ言って司令塔へと上がる梯子に手をかけた。

 そしてユミルに軽く頭を下げ、再び俺に視線を向けた。


「お前もすぐに出航し、世継ぎを連れてどこか別の場所へ行け。目標を失った迷宮が世継ぎを次の目標に定めないとは限らんからな、ビグシープと共に行動することは許さん」


「判りました。ご武運を……」


 梯子を上って行くウルヴァンを見送り、ユミルに下士官用の居住空間で待っているように伝えてから司令塔に出ると、桟橋は討伐船団の出陣だけとは思えない喧騒に包まれていた。


「大号鐘を鳴らせ! すぐに大船長を招集しろ!」


 桟橋を歩いて行くウルヴァンの後ろ姿が見え、他方に様々な指示を飛ばしながら大型平面船へと上って行く。


 程なくして、ビグシープ全域に響き渡る程の大きな鐘の音が聞こえてきた。


 


執筆環境をMacに変えたので、変換に慣れるまで不恰好が頻発するかも

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