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 一軒家ほどの大きさがある氷塊は、確かにエンプレスアントの直上から落下した。だが、周囲を見渡してもエンプレスアントの残骸らしきものは見えない。

 氷塊の下敷きになったか? いや、現実に氷塊が押しつぶしているのは肥大した腹部のやや後方、あの位置では下敷きにはなっていない。


 視線を上空に戻すと、ドラゴンの黒い影がこちらに向かって降りてくるのが見える。


間違いなく迷宮島に着地する気だ――。


「ユミル!」


 視線を回してユミルを探すと、落下の衝撃で弾け飛んだ氷塊の破片を尻尾で包み上げ、目の前に持ち上げてそれを凝視していた。


「おい、ユミル! エンプレスアントがどこに行ったか判るか?」


 俺の呼ぶ声に気づいたのか、ユミルの顔がこちらに向いた。


『あっち』


 氷塊の破片を包み上げたまま、尻尾の先で腹部の裏の方を示した。


 やはりそっちか……。


 ユミルの示した方角は、俺のマップに映る残り少ない光点が向かっている方角であり、氷塊の落下地点付近から体液のような液体が伸びている先でもあった。


 そして、マップに映っていたはずの光点が範囲内で突如消える――動的生命体として死んだわけではないな――消えたポイントが迷宮の入り口なのだ。


 エンプレスアントや幼生体が即座に行動を起こした判断は正しい。迷宮島に存在する『火口の迷宮』、そここそが、迫りくるドラゴンから逃げる唯一の場所かもしれない。


 気づくと――足元のぬかるんだ地面が固く凍り、目の前には霧氷が舞っていた。周囲の温度は一層凍えるように低くなり、燦々(さんさん)と輝いていたはずの太陽はいつの間にか雲に覆われ――いや、すでにそれは腹部の頂上に着地し、信じられないほどの巨躯で軽やかに俺を見下ろしていた。


『これは驚いた。まさか狂神の子がが血族の親をしていようとはな』


 脳内に響く声は心を凍らせるほどに低く、雌とも雄とも言えぬ両性的な声色をしていた。


『ママ、あれはだれ?』


 氷塊を凝視していたはずのユミルが、俺の脚の陰に隠しきれない体を隠して腹部を見上げていた。


 その体躯の大きさは言葉で表現しきれるものではない。青白い体躯は氷山のように大きく、透き通る氷の翼はどこまでも雄々しく広がっている。俺を見下ろす竜眼はユミルと同じく黄色く、赤目の魔獣ではないことがハッキリと判る。

 体躯は蒼い羽毛に覆われているが、所々薄い場所から氷の鱗が見えている。頭部は爬虫類よりも細い印象を持ったが、そのサイズは大型バスよりも大きい。


 いや、それよりもだ――脳内に響く声は俺のことを“狂神の子”と言った。それはすなわち、俺が狂った女神によってこの世界に落とされた『枉抜け』だと知っているということだ。


『どうした、まさか我の声が届いていないのか?』


「い、いいえ、聞こえています。ユミルは――このドラゴンの赤子はあなたの子ですか?」


 これは聞くまでもない質問だと思った。ドラゴンという種はどこにでもいるような魔獣とは違う。巣や縄張りを持ち、そこから出てくることは殆どない。このドラゴンがどこに巣を持っているのかは判らないが、この美しい氷山のような体躯を見れば、北の奥地ではないかと予想は出来る。

 それが海を渡り、赤道直下とも思える南方の孤島に何の用で飛来する?


 答えは一つしかない――ユミルだ。


 卵が存在するということは、その産みの親が存在することを示している――つまり、目の前のドラゴンこそがユミルの本当の親だということだ。


 だが、聞いておかなければならない。ユミルの今後を考えれば、俺と一緒にいるよりも、同種と――親と共に生きていく方がいいはずだ。


 俺の問いにドラゴンは答えず、竜眼の見つめる先が足元のユミルに移るだけだった。


『ユミルのママはすはふう!』


 足元でユミルが声を上げたが、俺にはとてもそちらに視線を向ける余裕はなかった。


 周囲を漂う空気は凍えるほどに冷たく、ドラゴンが舞い降りたエンプレスアントの腹部を凍らせ、見上げる空には季節外れの――いや、降るはずのない熱帯の雪を舞い散らせていた。


 そんな体感の寒さとは別に、ドラゴンの纏う圧倒的な存在感が俺の目を釘付けにしていた。


『それはお前を親だといっているぞ? それに……』


 脳内に響いていた声が一層深く、俺の心の奥底で響き始めた。


「それに……?」


『狂神の子を親などと、が血族にあるまじき言葉――いや、すでに存在を呪われし穢れの竜――』


「なっ――」


 氷山のように巨大なドラゴンが、腹部に開いた大穴から見える大空を埋め尽くすほどに大きな氷翼を広げると、再び氷風が巻き起こり――エンプレスアントの巣だったはずのカルデラ森林が、一瞬で氷と雪に覆われた大雪林へと姿を変えた。


『――“北界のエルケイネス”の名において血族の穢れを払い、古き神との盟約に従い、出過ぎた狂神の子を滅尽する』


 心の奥底から聞こえる声が俺の体全体に響き渡り、“北界のエルネイエス”と名乗った青白いドラゴンは、俺の頭上でその大口を開けた。


 口腔に輝く青い光、漏れ出る白い吐息は視認出来るほどに大きな氷晶となり、明らかに攻撃の意思を持った動きを見て背中に悪寒が走った。


「くっ――!」


 足元に纏わりついていたユミルを抱え上げ、エルケイネスの正面から横へスライドジャンプ、さらに勢いをつけて一気に上へと跳んだ。


 動き出すのと同時に放たれたエルケイネスのブレスは地面を抉り、噴き上げた土は瞬時に凍りつく。俺の軌道を追ってくるブレスが抉った跡は氷廊となり、跳んだ先で着地した樹木は根元で破砕されると同時に氷結した。


『すごい!』


 脇に抱えるユミルは俺の体に尻尾を巻き付けて体を固定し、エルケイネスが放ったブレスの威力に歓喜し、四つ足をパタパタさせていた。


 だが、それを寸前で避けた俺はそれどころではない。樹木を破砕される直前に再びジャンプしてカルデラ森林の中へ身を隠すと、すぐに火口の迷宮に向かって走り出した。


 この状況はヤバイ――エルケイネスの言葉が理解できても、向こうには俺と話すつもりが全くない。それどころか、ユミルが俺を親と認識していると知るや否や、瞬時に切り捨てた。


 そして、古き神との盟約――あの狂った女神を狂神と言うのだから、古き神とは創世神のことだろう。

 やはり、ゼパーネル宰相の言う通りか――“心を許すな“かつて、建国王も創世神を指してそう宰相に言ったという。


 “出過ぎた”の意味はどう取っていいのか――ドラゴンたちの巣に出向くことか? それとも『枉抜け』の力を使い、その名を世界や歴史に刻み込むことか?


『逃げても無駄だ。穢れた竜の波動は覚えた。どこへ行こうとも逃げ切れはせぬぞ』


 脳内に響く声と同時に、背後で大きく羽ばたく音が聞こえた。走りながら視線を後ろに向けると、カルデラ森林の上空でエルケイネスが羽ばたきながら巨体を宙に浮かばせていた。


 そして吹き荒れる氷風の暴威。


 エルケイネスが羽ばたく度にカルデラ森林は氷樹の森へと変わり、迷宮島全体が雪雲に覆われ、氷晶が降り始めていた。


 エルケイネスと戦おうなどとは思わない。今は逃げの一手しかない――せめて、ユミルを安全な場所に移すのが先決だ。それに、逃げたエンプレスアントも放置はできない。

 目指すは火口の迷宮、そこへ逃げたエンプレスアントを討伐し、迷宮内部から転送魔法陣でビグシープ、もしくはアマールへ転移する。今はそれで時間を稼ぐしかない。


 ユミルはVMBの個人ルームか、それとも射撃演習場か……あそこには狂った女神が傍にいる可能性もあるが、一時的にこの世界とは別の場所へ匿い、それからエルケイネスをどうするか考えるのが現実的だ。


 エルケイネスと戦うことを回避できなくとも、せめて――VMBのシステムと全力を出せる場所が望ましい。CPクリスタルポイントはまだまだ心許ないが、迷宮島での魔石狩りで回復し始めてはいる。


 全てを出し切るのを前提とすれば……一度だけなら、俺が有利な状況を作り出せるはずだ。





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「モヒカン召喚 ~荒廃した世界から召喚された地もまた、荒廃していた~」

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