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地下神殿前の状況は判った。ここからは“君影草”の二人にも協力してもらい、王妃たちとバーグマン宰相、それに近衛騎士団の団長をVMBの射撃演習場に退避させるべく、行動を再開した。
バーグマン宰相たちは変わらずに社前に座り込んでいた。四人を見張る冒険者二人の顔には誇り顔が浮かび、意気揚々と周囲を警戒している。
FN P90の銃口にサイレンサーを取り付け、安全装置をフルオートからセミオート――単発射撃へと廻す。照星と冒険者の頭部を結び――トリガーを引く。
発砲と同時にもう一人の頭部へとクロスヘアを飛ばし、冒険者の頭が揺れるのを視界の端に捉えながら、もう一トリガー。
続けざまに撃ち込んだ二発の5.7x28mm弾は外れることなく頭部を揺らし、冒険者二名は糸の切れた糸繰り人形のように膝から崩れ落ちた。
突然倒れた冒険者二名を見ても、捕縛されていた四人は声や悲鳴を上げることはなかった。“君影草”か近衛兵の生き残りが近くに潜伏し、救出の機会を窺っていることは予想していたのだろう。
下手に悲鳴を上げて、その妨げになるようなことをすることはなかった。それでも、王妃二人は動かぬ死体となった冒険者から顔を背けてはいたが――。
「周囲に敵影なし、王妃たちを頼む」
社周辺にこれ以上の光点は見えていないが、姿を消していたり、無音で監視している者がいないとも限らない。周囲の警戒を続け、王妃たちのもとにはアシュリーと“君影草”の二人が駆け寄っていった。
「まぁ、アシュリー?!」
「ミリニア様、クレア様、ご無事ですか?」
「アシュリー、貴女はアークの晩餐会へ行っていたはずでは……あの子は? アークは無事なの?」
アシュリーは王妃たちのもとに、“君影草”の二人はバーグマン宰相たちのもとへと分かれ、両手を縛る縄を解いていく。
「アーク王子はご無事です。あの人のお陰で……」
アシュリーの視線に誘われるように、王妃二人の視線が俺へと向いた。周囲の警戒をしているため、僅かに頭を下げるだけの挨拶にさせてもらう。
だが、拘束を解かれたバーグマン宰相はすぐに俺の傍までやってきた。右腕を失ったサイラス団長は“君影草”によって介抱され、治癒魔法を受けているようだ。
様子を窺っているときにはよく見えていなかったが、よくよく見ると四人とも首に見覚えのある首輪を嵌めている――捕縛用の魔力攪乱リングだ。
「お主がここに来たということは、王太子やアーク王子は無事なんじゃな?」
「今頃、ゼパーネル宰相と共に転送管理棟を攻めているはずです。護衛にはバルガ公爵と“山茶花”が就いていますから大丈夫でしょう」
「転送管理棟を……? そうか、そこまで情勢が悪化しておったか……。シュバ――いや、今はシャフトか、陛下のことも頼めるか? ここから無事にお連れし、王太子たちと合流せねばならない」
「もちろんです。しかし、まずは宰相閣下たちと……あちらの王妃たちを脱出させます」
「手段はあるのか? “君影草”はそれがなくて動けなかったようじゃが」
バーグマン宰相は“君影草”が行動を起こさなかった理由を予想出来ていたようだ。縛られていた手首を擦りながら周囲を見渡すが、庭園は相変わらず背の高い草花に囲まれている。
庭園を彷徨う視線が俺の前で止まる。視界の奥では、アシュリーから説明を受けたであろう王妃たち二人の視線もこちらに向けられている。
「もちろん用意してあります。すでに監禁されていたメイドや従者たちを脱出させ、陛下たちが来られるのを待っています」
「そうか、生き残りがおったか――じゃが、いったい何処に?」
「ここです――」
そういって振り返る。そこはに庭園を回るための細い園路しかないのだが、バーグマン宰相の目にはそこに集まる大量の光の粒子が見えているだろう。
「これが『枉抜け』の力か……」
バーグマン宰相はそれだけ呟き、LVTP-5の姿に目が釘付けになっていた。王妃たちやサイラス団長、それに“君影草”の二人の視線もLVTP-5に向けられているのは言うまでもない。
前部開口部が開いていき、中に設置された転送魔法陣が露わになる――。
「……まさか、お主に報酬として渡した魔法陣がこのような形で役に立つとはな……」
「さぁ、早く中へ。転移した先の安全は保障します」
庭園内に無理やり召喚したLVTP-5の中へとバーグマン宰相が入っていき、続いて“君影草”に支えられながらサイラス団長が俺の横を通過していく。
「貴公の救援に感謝する」
サイラス団長は言葉少なく――いや、それを呟くように言うことすら今の彼には難しいことだったのかもしれない。
治癒魔法による怪我の治療を受けても、斬りおとされた右腕が再生するようなことはない。この場に落ちた右腕があれば治療と同時に結合することが出来るが、捕縛される前に失ったものがここにあるはずがない。
それに、“覇王花”の反乱を防げず、宮殿は破壊され、近衛騎士団は壊滅状態、さらには現国王までも守れずとなっては、彼が口にできる言葉は殆どないだろう。
LVTP-5の前に“君影草”の二名は残り、王妃たちが乗り込むまで警戒を続けている。
「アシュリーから聞きました。貴方の多大な貢献に感謝します――あともう一人だけ……」
「陛下のことを……お願いします」
ミリニア王妃とクレア王妃の二人は、ともに普人種の女性だった。ミリニア王妃が四〇代、クレア王妃は二〇代後半くらいだろうか。
ともに地下神殿への入り口となっている社を見続けていたが、こちらに視線を向けて一声かけ、“君影草”の二人に急かされるようにして転移していった。
「アシュリー、君も封印を解除したら向こうで待っていてくれ。初めて見る場所に転移させたメイドたちが不安になっているだろうし、下手に動き回られても困る」
「……判ったわ。向こうで待ってるから、無事に戻ってきて……」
「もちろんさ。陛下を救い出し、安全な場所まで移動したら迎えに行くから」
ここまでくれば、後は俺一人で十分――いや、むしろ一人で行動しなければ脱出に手間取る可能性がある。
地下神殿を急襲し、現国王を救出して一気に離脱。その後は転送管理棟に向かうか、それとも自力で城塞都市バルガまで移動するか、状況を見て判断することになるだろう。
王太子とゼパーネル宰相、それに“山茶花”の戦力があれば、鬼鋼兵のいない転送管理棟を奪還することは難しくないはず。城塞都市バルガに本陣を構え、切り返しの一手を放つまでにかかる時間も相当に短いものになるだろう。
“覇王花”に一時的にとはいえ王都を明け渡す格好になるのだ。時間が掛かれば掛るほど、反乱の成功が王都に住む貴族に、都民に伝わっていく。
それに、時間をかけて得するのはこちら側だけではない。“覇王花”側も防衛体制を整え、もしかしたらバイシュバーン帝国から増援を引き込む可能性もある。
兵は神速を尊ぶなんてことわざもある。ここから先はどれだけ早く兵力を整えられるか、また――どれだけ相手に混乱を起こせるかが鍵だ。
“君影草”の二人も転移させ、アシュリーは社の門に施された封印の解呪を始めている。
聴き取ることのできない魔言を唱え、そして固く閉じられた門に浮き上がる魔法陣をなぞるように触れていく。
魔言を唱え終わるのと同時に、魔法陣に描かれた魔紋に光が走り、弾けるように消滅した。
「解呪できたわ」
「ありがとう、後は任せてくれ」
アシュリーは一つ頷き、すれ違うようにして転送魔法陣へと向かい、俺は門に手をかけてそっと押し開く。
この奥には現国王とキリーク第二王子、そして“覇王花”のサブマスター、フェリクスがいるはず。
思わずP90のグリップを握る手に力が入る――。
フェリクスの実力は相当なものだ。現国王を守りながら戦うのは明らかに不利、一撃離脱でいくしかない。




