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崩壊した宮殿の通路を走る――俺の後ろにはアシュリーが追随している。
LVTP-5では瓦礫が散乱する宮殿内を走行することは不可能だった。それに通路幅を考えれば、どこまで進めるのかも判らない。一度ガレージに戻し、直接足を使って王城の奥にあるという地下神殿を目指している。
視界に浮かぶマップには動く光点はない。しかし、瓦礫の下から溢れ出る赤い鮮血、壁や通路には放置された近衛騎士団や統一された制服を着た者たち、それにメイドたちの遺体が転がっており、宮殿内で“覇王花”との激戦が繰り広げられていたことがすぐに判った。宮殿の外で保護したメイドや従者たちは、僅かな生き残りでしかなかったのだ。
「ひどい……」
後ろからポツリとアシュリーの呟きが聞こえた。
本当にそう思う――だが、この惨状に嘆いている時間はない。
宮殿内のマッピングはバーグマン宰相の執務室へ通されたことがあるのですでに終了しているが、マップは崩壊した瓦礫までは表示してくれはしない。
瓦礫で塞がっている通路をアシュリーの案内で迂回しつつ、四方を壁に囲まれた庭園へと出てきた。
「ここに小さな社と、地下神殿へ降りる階段があるわ」
庭園は綺麗に手入れがなされていたが、意図的に中心部を隠すように背の高い植物が植えられていた。
「アシュリー待った。俺たち以外にもこの庭園に誰かいる、見張りかもしれない」
浮かび上がった光点の数は六つ。見張りと口にはしたが、固まっているのをみると要人か王族かもしれない。
FN P90を両手で保持し僅かに後ろ見ると、アシュリーも腰の道具袋から小剣と円盾を取り出している。
お互いの視線が重なり、無言で頷きあって庭園へと降りていく。四方の壁と高い草花によって夜明けの光が遮られ、庭園内はまだまだ暗い。視界をNVモードに変更し、静かにゆっくりと進んでいく。
進む先に木造の小さな社――前の世界でよく見た神社に似た建物が見えてきた。その傍には六人の人影も見える。女性が二人に男性が二人、ともに熟年で冒険者とは思えない。
その四人を見張るように、二人の冒険者が立っている。
「アシュリー、あの四人はだれか見える?」
「女性の一人は王妃のミリニア様、もう一人は……第三王妃のクレア様だわ。男性は……近衛騎士団のサイラス団長です、もう一人は――」
「バーグマン宰相だな」
王妃二人はともに後ろ手に縛られ、寝間着らしきラフな服装で座り込んでいる。バーグマン宰相はいつもの政務服らしき服装だが、同様に縛られているようだ。
問題は中年のサイラス団長だ。鎧は近衛騎士団の標準のようだが、損傷が激しく鮮血が溢れ出た跡がこびり付いている。だが、もっと目を引くのは、右腕――があるべき場所にないことだ。
斬り落とされたか。治癒魔法で怪我は治療したようだが、失った状態で治せば常態化して再結合が難しくなる。傷口が気になるのか、腕の付け根をしきりにさすっているのが見えた。
サイラス団長は縛られてはいないが、抵抗を諦めているのか、もしくは王妃たちの安全を優先して無理をしていないのか、見張りの二人を睨みながらも静かに座り込んでいた。
念のため周囲を見渡し、さらにFLIR(赤外線サーモグラフィー)モードで辺りを確認すると、俺たち同様に六人を監視する熱源体を二つ確認した。
「姿を消して様子を見ている者がいる」
「え……?」
俺の呟きに、アシュリーも小声で反応して周囲を見渡す。だが、彼女には姿を消すスキルを打ち破る術はないようだ。
「社の右側の――あの大きな葉の裏」
「見えない……どうして判るの?」
「人の持つ熱を感知しているんだ。視界は誤魔化せても、自分の体が発する熱量は誤魔化せないからね」
「そんなことも出来るのね……」
「向こうもこちらに気付いたようだ」
人の形をした熱量の塊がゆっくりとこちらへ近づいてくる。攻撃の意思はないのか、バーグマン宰相たちを監視する冒険者からは見えない位置を維持しつつ、俺たちの正面へと回ってきた。
「そこで止まれ、姿を消したままでそれ以上近づくならば、お前たちから先に消すぞ」
P90を構え、近づく二人にだけ聞こえる声量で警告する。
「敵ではありません。いまスキルを解きます」
警告に対する返答と共に、近づく二人が姿を現した。
五メートルほど先に潜んでいたのは二人の男性エルフ、両者とも同じ制服に身を包み、腰には細剣を佩いていた。
「シャフト、彼らは“君影草”よ」
「アシュリー様の言う通り、私たちは“君影草”です」
“君影草”――ゼパーネル宰相とバーグマン宰相の両者直属の諜報クランだ。直衛も務めるはずだが、この制服は宮殿内で――通路で近衛兵たちに交じって倒れていたのを見た覚えがある。
彼ら二人によると、“覇王花”の不穏な動きを察知した“君影草”とバーグマン宰相は王城に残り、情報の確認と精査に追われていた。
しかし、結果的に気づくのが遅すぎた……。“覇王花”による王都の重要施設に対する同時攻撃と、王族を狙った反乱は“覇王花”の総戦力をはるかに超える規模で行われた。
その最大の要因がバイシュバーン帝国の助力と、鬼鋼兵の存在だ。
“君影草“はその役目を果たすために近衛兵と共に防衛に参加したが、”覇王花“の最大戦力であるフェリクスによって近衛兵共々切り捨てられた。
防衛線と並行して、宰相の身の安全や王城内に残っていた政務官たちを脱出させる退避誘導をしていたが、肝心のバーグマン宰相は“覇王花”も優先順位の高い目標であった。
そして、最終的な状況がこれだ。
バーグマン宰相や王妃たちは捕らえられ、動ける数が減りすぎた“君影草”は救出行動を起こしても脱出を成功させることが不可能な状況に陥っていた。
俺たちと合流するまでは状況を監視し、命の危険が迫った場合には飛び出すつもりで待機していたそうだ。
「それで、神殿の中には誰がいる?」
「アーシカ王とキリーク王子、それとフェリクス・メンドーザの三人です」
「ゼパーネル宰相がいなければ王位継承は無理だと聞いたが?」
「その通りです。実際にはゼパーネル様だけが行使することができる魔法――〈約束された祝福〉を受けることが、王位継承の儀とされています」
「では、三人は中で何をやっている?」
「判りません……ゼパーネル様が連れてこられるのを待っているのか、それとも王位継承の儀礼だけを先に進めるつもりなのかもしれません」
「中に入らなければ判らないか……」
「ですが、地下神殿への入り口は王族の男子かゼパーネル様でしか開かない封印が施されています」
「それは私が解呪できるわ。次期当主に選定された直後に教わったから」
アシュリーはアーク王子の成人を祝う式典の直後に、次期ゼパーネル家当主として正式に認められた。その後に地下神殿への入り方や王位継承の儀について聞いたのだろう。だが、それならば――。
「アシュリーはその――〈約束された祝福〉という魔法は教わっているのか?」
「ううん、その魔法は教わっていないし、たぶん……〈血統スキル〉だから私には無理」
アシュリーが伏し目がちに顔を横に振る。
教わっていないのか――いや、それよりも〈血統スキル〉だから無理とはどういうことだ? アシュリーはゼパーネル家の本家筋だったはずだが、〈血統スキル〉を継承していないのだろうか?
確か……俺が調べた範囲だと、〈血統スキル〉は同一血筋の中で継承され、自発的に発現する者もいれば、すでに発言したものの助力によって発現させることができる。
長い年月をかけて血筋が広がり、時期に〈血統スキル〉から一般的な〈スキル〉へと変わっていく。ゼパーネル家も歴史は長い、すでに〈スキル〉へと変わっていてもおかしくはないが、アシュリーの言いようはまるで――。
「血が繋がってないのか?」
「……そうよ。宗主様は唯一の存在、ゼパーネル家はクルトメルガ王国が建国されたあとに生まれたの。親を失った孤児たちを家族として迎え入れ、国を支える人材として育て始めたのが始まりと聞いたわ。それに……」
「それに?」
「宗主様の体で子供を産めると思う?」
その一言には返す言葉がない。ゼパーネル宰相は一二か一三歳にしか見えない小柄の幼女だ。
「無理だな……。じゃぁ、その魔法の効果は知っているか?」
その問いへの返答はなかった。アシュリーも、“君影草”の二人も、魔法名は知っていても効果までは知らないらしい。
ゼパーネル宰相の身柄を確保しようとしていた“覇王花”の狙いはその魔法だろうか? いや、なんにせよ――ゼパーネル宰相の身柄はこちら側。
いま救出すべきは現国王とバーグマン宰相たちだ。逸れた話を元に戻し、まずは目の前の四人から助け、脱出させる。




