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王城への救援にアシュリーを連れて行くことを決め、二人でバルガ邸の敷地内に建つ倉庫へと向かった。
そこでは使用銃器のチェックや、アシュリーに特徴の説明をしておく。お互いの役割を明確にし、救援手段や最終的にどこへ移動するのか――また、移動できるのかを確認した。
これで準備段階では問題なし。後は現地の状況がどうなっているのか、到着したら手遅れでした――なんてことがなければいいが……。
人工の湖上に建つ王城を囲む城壁は高さ二〇メートル近くあり、城内に入るにはたった一つの吊り橋を渡るしかない。だが、その吊り橋を封鎖するように冒険者の集団が守り、周囲には多数の篝火が焚かれていた。
すでに戦闘が終了しているのか、冒険者たちの顔には勝ち誇ったような満足感が見て取れた。城壁の内側からは戦闘音らしき剣戟も法撃音も聞こえず、代わりに聞こえてくるのは男たちの歓声。
それと相対するように、大通りには多数の騎士や兵士が倒れていた。王城の救援に駆け付けた第四騎士団と王都の警備兵たちだ。
戦闘が終了し、勝者と敗者が生まれたのは明白。
「アシュリー、正面に冒険者の集団がいるけど強行突破する」
『わかったわ』
アシュリーの返答は集音センサーが拾っているし、お互いの準備は出来ている。後は現国王がまだ存命かどうか……。
アバターカスタマイズからタクティカルケブラーマスクを選択し、姿をシュバルツからシャフトへと変更し、行動を起こす。
「おい、何か近づいてくるぞ!」
「馬車? いや、引く馬がいない。警戒しろ、味方ではないぞ!」
王城へと続く大通りに姿を現したLVTP-5(Landing Vehicle Tracked, Personnel-model5)、水陸両用の装甲兵員輸送車の姿に冒険者たちが警戒態勢を取り始めた。
「突っ込んでくるぞ! 橋を渡らせるな、壁を張れ!」
「~~~、~~~、石壁」
大通りを封鎖するように何枚もの石壁が迫上がる。
俺は王城の向かいに建つ三階建ての屋上に立ち、冒険者たちの散開具合や防衛手段を見下ろしていた。
インベントリを意識し、手元にM202A1を召喚する。LVTP-5は走行速度を緩め、上部装甲に備え付けられたブローニング機関銃M1919A4の操作に意識を割く――。
M202A1を構えて石壁を狙い、トリガーを引く。
四連装ロケットランチャーから撃ち出された66㎜焼夷ロケット弾が次々に石壁を爆破し粉砕する。爆発の衝撃と広がる放射熱に魔術師が吹き飛び、熱から逃げるように人工湖へと飛び込んで行くのが見える。
散開していた冒険者たちの視線が吹き飛んだ石壁へと向き、動揺が走る。
「正面の屋上、魔法攻撃だ! 魔力障壁を展開しろ!」
無駄だ――VMBの銃弾はそれでは防げない。
M1919A4の銃口が火を噴くかの如き火線を走らせ、同時に手元に召喚した狙撃銃M24A2のスコープを覗いて生き残った魔術師の頭を吹き飛ばす。
M24A2のバレルを半分ほども覆う長いサプレッサーによるサイレントキルと、大きな発砲音と火線が目立つM1919A4による機銃掃射によって冒険者たちの間に混乱が広がり、吊り橋前は勝利を祝う緩んだ空気の封鎖網から、一気に殺戮と恐怖のキルゾーンへと変わった。
「くそっ、なんで魔法攻撃が防げん?!」
「たっ、盾を構え――」
「回復魔法を頼む、持ち堪えられない……おい、早く――?」
「~~、~~~、~~~、治癒――」
フルプレートの金属鎧装備や、大盾を構えた冒険者を中心にM1919A4で掃射し、後方で魔法援護を試みる魔術師はM24で頭部を吹き飛ばす。
魔法の詠唱は絶対に完了させない。魔言は聴き取れないが――逆に考えれば、聴き取れない何かを発している奴は撃てばいい。
走行速度を落としているとはいえ、LVTP-5が直接攻撃を受ければ耐久値が減り、最悪爆散させられる可能性もある。保険はあるが、この場で失うにはまだ早い。
だが――前に出るときは一気に出る!
M24のマガジンを換装し、スリングで背に回して狙撃地点から飛び降りる。同時にLVTP-5の走行速度を全開にし、生き残っている冒険者を撥ね飛ばして吊り橋へと突入させる。
それを追いながらFN P90と予備マガジンを召喚し、まだ動ける冒険者にとどめを差していく。
数を減らせる時に減らさなければ、治癒魔法で再び戦列に復帰されてしまう。残虐ともいえるかもしれないが、この冒険者たちもやられる覚悟をもって反乱に参加していたはずだ。
たとえ、その覚悟が束の間の勝利に緩んでいたとしても――。
LVTP-5は城門を通過し停車させた。視界に浮かぶ操作モニターには、大勢の人によって踏み荒らされ、スキルや魔法によって大きく抉られた前庭や、崩壊した尖塔や建物たちが映し出されていた。
そして、城壁に囲まれた王城内でも特に重要な宮殿前には、多数の近衛兵の死体を片付ける冒険者たちの姿が見えていた。
作業を続ける冒険者たちのうち、何名かが城門方向を警戒していた。吊り橋前での戦闘音が聞こえていたのだろう。
冒険者たちは城門を通過してきた動く鉄の箱――LVTP-5の姿を見て、それが一体何なのかを理解できず、警戒体制のまま動きを止めていた。
俺はその隙に吊り橋を駆け抜け、城壁の外側をウォールランで駆け上がって歩廊に着地する。
そのまま姿勢を低くして歩廊を走り、警戒する冒険者の目がLVTP-5に集中している内に、有効的な狙撃ポイントへと移動する。
「アシュリー、LVTP-5の正面に冒険者の一団がいる。睨み合っている間は大丈夫だと思うけど、状況が変化した場合は打ち合わせ通りに」
『わかったわ』
アシュリーからの返答が聞こえるギリギリの距離を保ちつつ、歩廊を走る。
歩廊の両サイドにある胸壁と呼ばれる凹凸部分にM24の銃身を掛け、スコープを覗く。フライハイトから始まった今夜の騒動が始まって何時間経過しただろうか。
深夜――と呼べる時刻はとうに過ぎ、空の端の方が僅かに白く輝き始めている。
迷宮の主としてこの世界に落とされた俺の体は疲れを知らない。軽い眠気を感じても、体の動きが鈍るような影響は一切感じることがない。
だが、スコープの先に立つ冒険者たちは違う。LVTP-5に警戒はしているものの、王城での戦闘にはすでに勝利している。あとは反攻など起きずに気持ちのいい朝を迎えたい――そんな思いが冒険者たちの顔には浮かんでいた。
目に見える人数と、視界に浮かぶマップの光点を比べていく。冒険者の配置から考えると、宮殿内部への侵入を防ぐものと、近くに建つ別の平屋建てを監視するものとに分かれている。
距離的に平屋建ての音は拾えない。
「アシュリー、宮殿前の傍に立つ大きな平屋の建物は何?」
『近衛兵の待機所だと思います。小さな炊事部屋の他には大部屋があるだけの建物です』
「なるほど……」
大部屋がある待機所を監視する理由は……そこに監視すべき者を集めているからだろう。
となれば、まずをそこからか確認していくか。王族や国政の重要人物がここにいるとは思えないが、うまくいけば情報は得られるだろう。
「戦闘を再開する」
『気をつけて』
「大丈夫さ」
スコープをスライドさせ、その先に表示されている十字のレティクルを待機所の入り口に立つ冒険者の頭に合わせ――トリガーを引く。
サイレンサーによる消音効果に城壁上部からの攻撃、銃口からのマズルフラッシュは見られる可能性があるが、どの冒険者も城門前のLVTP-5しか見ていない。
待機所前の冒険者の頭部が揺れ、膝から崩れ落ちる――ボルトハンドルを引いて排莢、回して押し込み次弾装填。
スコープを覗いたままスライドさせて行きトリガーを引く、ドラッグショットと呼ばれた古いFPSテクニックの射撃スタイルで次々に監視役を撃ち抜いていく。
夜明けが近いとはいえ、篝火の明かりがなくては周囲の状況は判りにくい。LVTP-5に目を奪われていた冒険者が後方の異変に気付いたのは、何人目かの頭部を撃ち抜かれた監視役が篝火を引っ掛けて一緒に倒れた時だった。
「ん? おいどうした! なにが起こっている!」
一人が騒ぎ始めれば状況が変わる――こちらも総攻撃の開始だ。
狙撃地点に遠隔操作型重機関銃であるセントリーガンを召喚し、LVTP-5のM1919A4の発砲再開と同時に城壁上部から撃ち下す。
複数の遠隔操作を行うFCS(火器管制システム)コントロールをほとんど無意識で行いながら、城壁を飛び降りてメイン兵装をP90に切り替える。
二つの砲門から死角になる場所――倒壊した尖塔の陰や、崩れた瓦礫に身を隠した冒険者たちを仕留めるべく、回り込んでいった。
宮殿前の制圧に時間はかからなかった。狙撃から先制攻撃で頭数を減らしていたこともあるが、やはり冒険者たちの動きには疲れが見えていた。
一度緩んだ緊張感を再び締めなおすことは難しい。たとえ“覇王花”の本隊であっても、それは変わらないようだ。
宮殿前で動く光点が消えたのを確認し、LVTP-5を前進させて待機所前まで進ませる。
待機所の中では多数の人が動く音だけは聞こえる。だが、話し声は聞こえないし、殺気の類も感じない。
唯一感じ取れるのは――恐怖。
「アシュリー、宮殿前は片付けた。一度出てきてくれ、待機所の中を頼む」
そう言葉を掛け、LVTP-5の前部開口部をゆっくりと開けていく。LVTP-5は内部に三〇人以上の兵員を搭乗させることが出来る。その広い内部空間に、アシュリーは一人立って開口部が開くのを待っていた。
外に出てきたアシュリーが宮殿前の惨状をどう見るか気になったが、僅かに悲しそうな表情を浮かべただけだった。それもすぐに消え、真っすぐに俺の傍にやってくる。
「入るぞ」
「いつでも」
P90を腰に構えながら、待機所のドアを開けてすぐに体を滑り込ませてダウンサイト。
トリガーにかける指が人影に反応して一瞬動くが、すぐに指を外して構えを解いた。
「シャフト、この人たちは王城のメイドや従者たちだわ」
俺に続いて待機所内に入ってきたアシュリーが内部を見渡してそう言った。
「王族や要人の姿はないか……」
「そうね……」
アシュリーを護るように傍につき、待機所内で恐怖に震えるメイドたちからアシュリーが情報を聞き出すのを聞いていく。
この待機所に詰め込まれていた人たちは、キリーク第二王子が王位を手に入れたあとも、王族や王城での従事を続けさせるために生かされていたそうだ。
だが、近衛兵の殆どは殺され、今後は“覇王花”がそのポジションに就く予定らしい。
フェリクスとの一騎打ちに敗れた現国王は、キリーク王子と共に崩壊した宮殿の奥にある地下神殿へと向かった。王城に残っていた他の王族――王妃やその親類など要人たちと一緒にだ。
しかし、地下神殿といってもそう大きなものではない。かつて、建国王が討伐した迷宮の跡地が残っており、そこを改修して神殿としているらしい。
なんでそんな場所を――とは言わない。
建国王もまた、『枉抜け』だ。つまり、迷宮の主としてこの世界に落とされ、俺と同じようにその楔を断ち切られた人物。
自らのルーツを迷宮の跡地に求めても不思議はない。だが、そこで一体何を? と思ったが、その答えはアシュリーが教えてくれた。
「王位継承の儀です――でも、そのために必要なものが足りていないのに……」
「必要なもの?」
「……宗主様です。クルトメルガ王国の王位継承には、地下神殿での宣誓と共にゼパーネル家の宗主による立ち合いが必要です。この二つが揃わなければ、王国中の貴族が認めないはずです」
「だが、宰相はここにはいない」
「あ、あの……」
王位継承について聞いていると、メイドの一人が声をかけてきた。
「キリーク様が陛下をお連れして神殿へ行かれる前に、騎馬隊が外へ向かうのをみました……迎いにいかれたのでは?」
そんな騎馬隊は見ていない……入れ違いか。
「フェリクス……フェリクス・メンドーザはどこだ?」
「あ、あの人はキリーク様と共に神殿じゃないかと……」
フェリクスはこっちか……なら、ゼパーネル宰相とカーン王太子、それに“山茶花”の面々を信じるしかない。
「アシュリー、彼女たちをLVTP-5へ、そのあと地下神殿へ向かう」
「判ったわ――さぁ皆さん立ち上がって! 外に王城からの脱出手段を用意してあります」
アシュリーに促され、メイドたちが外へ向かう。そこにあるのはLVTP-5――そして、内部に設置された転送魔法陣だ。
「魔法陣で転移しろ。向こうには襲撃の心配はない。野営にはなるだろうが、一応の準備はしてある。王族や要人たちが転移してきたら、自分たちの仕事をしてくれ」
「さぁ、早く!」
転送魔法陣が繋いだ先は――VMBの射撃演習場だ。
王城へ向かう前、バルガ公爵邸で使わせてもらった倉庫で、俺は転移による脱出の可否を確認していた。厨房で生卵用の鶏を一羽貰い、動物実験で射撃演習場に俺以外が入れるのかを確認――成功。その次にはアシュリーに転移してもらい、脱出先として利用できることを確認することが出来た
射撃演習場は周囲を海に囲まれた孤島だ。様々なシチュエーションで射撃訓練や乗り物の操縦訓練を行うことができ、屋外だけでなく屋内での戦闘訓練を行うこともできる。
転送魔法陣の出口である模写魔法陣は市街地戦エリアに設置してあり、周囲のボロ屋を休憩所として利用することもできるだろう。
水や食料も置いて来た。料理をするのは難しいだろうが、空腹を満たすことぐらいはできるはずだ。
王城に残された人命の救助を最優先にする――それが俺の“出来ること”だ。そして、射撃訓練場から元の世界に戻るには、俺がもう一組の転送魔法陣を安全な場所に設置しなくては意味がない。
つまり、俺はここで死ぬわけにはいかない。無理をせず、助けられる範囲を見極めて行動し、脱出する必要がある。
崩壊した宮殿を捜索する余裕も時間もない。他の建物も同様だ。
地下神殿にほかの王族や要人を連れて行ったのは、万が一の場合に備えて、ゼパーネル宰相の代わりに王位継承を見届け役とするためだろう。
ヤミガサ商会の商館で、“覇王花”の冒険者は王位に、王国の支配に興味がないようなことを言っていた――だが、現にキリークは王位を狙っている。
なにか違和感を覚えながらも、メイドたちの転移を見届けてこちらも移動を再開した。
WW1に出兵するため、更新間隔が伸びると思います。




