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アーク王子の生誕と成人を祝う晩餐会は、十数年ぶりに公の舞台に姿を現したゼパーネル永世名誉宰相の参加と、内包魔力が多すぎるがゆえに自身の体を蝕む病と常に戦っているカーン王太子の参加により、終わることなく夜遅くまで続いていた。
キリーク王子をはじめ会場を出る者もいたが、殆どの貴族と商人が会場に残り、二度と来ないであろう晩餐会を大いに楽しんでいた。
俺もアシュリーと共に食事を楽しみ、歓談を楽しみ、楽隊が奏でる音楽を楽しんだ。
しかし、晩餐会を楽しめたのはここまでだった。
アシュリーは壁際に用意された休憩用の椅子に座らせ、俺はその前で立ち周囲を見回していた。
今夜の晩餐会で『大黒屋』の名は随分と広まったことだろう。ゼパーネル宰相の狙い通り、アシュリーの伴侶という座が空白になっていることから目を逸らさせ、『大黒屋』に対する関心で参加者の意識を捉えた。
もちろん、来場者たちの一番の関心はアーク王子とその妃候補筆頭となったラピティリカ様なのだが、集音センサーは違う意味で関心を寄せる新たな来場者の物音を拾っていた。
料理の搬入口の更に向こう――晩餐会が始まる前に立ち寄った場所だ。続々と来場する貴族や商人たちが、アーク王子への祝いの品を預けていった控室。
そこから作業音とは思えない、何かの破壊音らしきものが聞こえる――視界に浮かぶMAPの縮尺を変更しながら控室を映し出すと、その部屋には赤点が一つ。
この人物が控室で何か悪さをしているのか?
「シュバルツ、どうかした?」
俺の様子が変わったことに気づいたのか、アシュリーの左手が俺の右手を握り、声を掛けた。
MAPに映る光点を意識の端に置きながらも、アシュリーへ振り返り――。
「何か……起こるかもしれない」
「え?」
「ゼパーネル宰相の傍に行こう。何か起こるとすれば――狙いは王族か、宰相だ」
「え?! わっ、わかったわ」
アシュリーの手を引き、ゼパーネル宰相の座る貴賓席へと向かった。
「ちょっと、シュバルツ! あんた調子にのってなんで姉さまと手まで繋いでいるのよ!」
宰相の座るソファーに近づくと、まず俺たちに気づいたのはシャルさんだった。
貴族や有力商人たちからの挨拶が終わっても、途切れることなく声を掛ける貴族や商人たちの勢いに、シャルさんも相当に緊張していたのだろう。
知った顔を見つけたことで安心したのか、口調とは裏腹に早くこちらへ来いと言わんばかりに体を動かして急かしている。
「どうしたのじゃシュバルツ、アシュリー。まだ何か美味しいものがあるのか?」
「いいえ、宰相閣下。少し気になる動きが見られましたので、念のためお傍――」
そこまで口にした瞬間、視界に映し続けていた控室に五つの光点が点灯し、それが急速に会場へ近づいてくる。
そして――。
「きゃぁぁ!」
「なんだこ――」
「て、敵しゅ――」
給仕の女性と思われる悲鳴が会場にまで聞こえ、続いて響いたのは男性の叫び声。
「なんじゃ?」
宰相を含め、貴賓席に座る王子たちや会場で歓談を楽しむ貴族や商人たちも異変に気づき、全ての視線が搬入口へと集まる――。
激しい打撃音と共に、搬入口の扉が会場内へと吹き飛んだ。
「きゃぁー!」
「何事だ!」
「騎士団! 会場内の安全をかく――」
会場内の警備を担当していた男性の給仕が騎士団を呼び込もうとした瞬間、その男性の頭部が迸る赤い光線によって瞬時に融解し、血が吹き飛ぶ間もなく首元が焼けて倒れた。
なっ、レーザーだと?!
それは魔法とは思えない光線――まるで、SFロボットが放つレーザー兵器のように見えた。そして、その直感が間違いではないことを即座に確信した。
搬入口の奥から会場に入って来たのは、どこからどう見てもサイボーグな人型兵器。その身長は人より遥かに高く、成人男性の一.五倍はあるだろう。
体全体が鱗のような刺々しい金属スーツに覆われ、頭部の兜には角が二本付いている。
全体のフォルムから鬼を思わせる形態だが、その手に持つのは中央に持ち手がある六尺棒。柄の両端から伸びる棍部分の材質は判らないが、僅かに赤くなっているところを見ると――。
視界をFLIR(赤外線サーモグラフィー)モードに変更すると、棍部分が熱を持っていることが判り、続々と入って来る五体の人型兵器の熱源が人のそれとはまったく違う偏りを見せていることも判った。
やはり、人でも亜人種でも魔獣でもない。
視界を元に戻すと、五体の人型兵器の後方に黒装束に身を包む体格のいい男が立っているのが見えた。
その黒装束を一目見て正体を悟る――覇王樹
その黒装束がゆっくりと右手を前に突き出し、五体の人型兵器に呟くのが聞こえる。
「鬼鋼兵ども、王太子とアークを殺せ、ゼパーネルは生きて捉えろ。邪魔する奴は全て殺せ――行けっ!」
どこかで聞いた覚えのある声色――だが、その正体よりも――。
僅かに聞こえた言葉の意味を考えるよりも先に、体が動く――。黒装束の号令と同時に飛び出した二体の鬼鋼兵に対応すべく、宰相の前からスライドジャンプでアーク王子の前へと飛び、インベントリを瞬時に意識して手元にソレを召喚する。
アーク王子は突然の侵入者と、頭部を失った男性の姿に唖然となり、自身に向かってくる鬼鋼兵の動きに全く反応できていなかった。
反応出来たところで、その攻撃を防ぐ手段などなかったかもしれないが、真っ直ぐに振り下ろされる六尺棍の軌道に目が釘付けとなり、それを遮る俺の背中と受け止める打撃音に正気を取り戻した。
「だっ、『大黒屋』……」
鬼鋼兵の六尺棍を受け止めたのは、咄嗟に召喚したバリスティックシールド。
「アーク王子下がってください!」
後ろを振り返らずにそれだけを叫ぶと、すぐに次の対応に意識を変える――右手に召喚するのは追い払うための銃器。
カーン王太子を狙い、俺と眼前の鬼鋼兵を飛び越えるように跳躍したもう一体へとクロスヘアを飛ばし、直上を通過した瞬間にトリガーを引く。
搬入ロを吹き飛ばした音とは全く違う爆音が会場中に鳴り響き、反射的に女性の悲鳴がまた聞こえたが今は無視。
右手に持つウィンチェスターM94から発射された33-30実包弾が鬼鋼兵の腹部を捉え、着弾の衝撃で会場の天井へと突き刺すように吹き飛ばした。
咄嗟に召喚したこの銃器――ウィンチェスターM94は、西部開拓時代のアメリカで、ウィンチェスター社が開発したレバーアクションライフルの傑作ともいうべき銃器の発展形で、開発当初は威力の低い拳銃弾しか使用できなかったものを、強力なライフル弾の使用を可能にしたモデル。
その最大の特徴は、トリガーガードと一体化したリング状のループレバーを前後させることで排莢と次弾装填を行うレバーアクションにあり、この銃器の系統が使用された映像作品などには、片手でループレバーを中心に銃本体を回転させてコッキングを行う――スピンコックと呼ばれるアクションが有名だ。
VMBのプレイヤーたちは挙ってこのスピンコックによるレバーアクションを練習し、片手だけでウィンチェスターシリーズを運用していた。
そしてそれは俺も同じ。VMBの高軌道ムーブを行いながらのスピンコックを成功させるために、M94の中でもソードオフと呼ばれるストックと銃身を短く切り落とした小型タイプのM94を用意していた。
装弾数は七発と少ないが、フルオート系のSMGやARFでは来場者に誤射する可能性がある。万が一も許されない状況では、威力の低いハンドガンという選択肢もない――自然と、セミオートライフルの系統から選択するしかなかったのだ。
バリスティックシールドに当てないように角度を気にしながらM94を回転させてスピンコックを行い、すぐさま目の前で六尺棍に力を籠める鬼鋼兵の脇へと銃口を押し当ててトリガーを引く。
再び鳴り響く発砲音と共に吹き飛ぶ鬼鋼兵の姿を見た瞬間に振り返る――アーク王子はまだ下がっていない。ラリィもドレスのせいで動き出しが遅い。
だが、突然の襲撃に逃げ惑う商人たちの動きとは逆に、会場の貴族たちが貴賓席に駆け寄ってきていた。
「王太子と王子を護れ!」
「騎士団はまだかっ!」
声を上げたのはバルガ公爵とクルード伯爵。そして、それに続くように若い貴族たちの姿もある。
バリスティックシールドから手を放し、ラリィの右脇を掴んでソファーから引き揚げる。アーク王子の服装ならば動き出しさえすれば問題ないはずだ。
「早く下がって!」
一声だけかけて右手はスピンコック、再び襲撃者へと振り返ってまだ動き出していない三体の中央へとAimし、トリガーを引いた。
だが――中央に立つ鬼鋼兵はその瞬間に飛び上がり、銃撃を躱すと同時に飛びかかってきた。
「ヴィー!」
バルガ公爵の言葉が先か、それとも黒革の鎧に身を包み、アイマスクとフェイスベールで顔を隠したバルガ公爵の専属女護衛、ヴィーが空中で鬼鋼兵を斬り落としたのが先かは判らないが、声が聞こえた瞬間には鬼鋼兵が床に叩きつけられていた。
そして、会場中の扉から警護の騎士団も突入してくる。
これで形勢逆転かと思われたが、俺の視界に浮かぶMAPには、黒装束の増援と思われる赤点も捉えていた。
「会場が――フライハイトが囲まれている?」
俺の呟きが聞こえたのか、黒装束の男の目が嗤ったように見えた。
「逃げ場はないぞ、地図屋。我らの覇道を邪魔する小石は、女狐共々皆殺しだ」




