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台車に載せられ、晩餐会の会場へと運ばれてくるロイヤルウェディングケーキの姿に、来場している全ての参加者の視線が集まった。
『なんと見事な造形だ』
『貴公、あのようなケーキを知っておられたか?』
『あれは……食すことが出来ますの?』
『うちの料理人にあれと同じものが作れると思うか?』
『いったいどれほどの金貨を積めばあれほどの……』
『いや、それよりも技能《調理》をどれほど極めればあのような発想が……』
会場中で囁かれる驚きの声は、マリーダ商会の従業員に試食させた時に聞いたものとほぼ同じだった。
そして、視線を奪われたのは参加者だけではない。普段から王族に相応しい最高級料理を目にしているはずの三王子ですら言葉を失い、目の前に運ばれてくるロイヤルウェディングケーキを見つめていた。
「アーク王子、こちらのケーキは人生において節目となる祝いの席で出される一品です。本日の晩餐会に相応しい一品と思い、この日のために海を越えては運ばせました」
「これは、オルランド大陸の外より作られたと?」
「左様でございます、王子」
「貴公の心遣いに感謝する。しかし、よく今日の日に間に合わせることが出来たな。これほど見事なものは、作るのも、運ぶのも、相当な時間がかかったのでは?」
アーク王子はまだ一五歳。どこからどう見ても坊ちゃんカットの子供なのだが、その口調は立派な大人――声色は声変わりもしていない高めの声ではあったが。
「その通りでございます。今夜この場所に運ぶために数ヵ月の時間を要しましたが、間に合わせることが出来てなによりです」
「さすがはシュバルツなのじゃ。それで、この見事なケーキは見た目だけじゃなく、味も申し分ないのじゃろ?」
「……もちろんです、宰相閣下」
このロイヤルウェディングケーキを用意するために、俺がどれほどのCPを消費したか、安易に俺も欲しいなどと注文されないように懇々と説明しようかと思っていたが、ゼパーネル宰相に早く食べさせろと言われては切り分けるほかない。
ケーキを運んできた給仕の男性たちへ合図を送り準備をしてもらう。一緒に運んできた三脚に上り、六段組の台座に積み上げられた最上段のホールケーキへとナイフを入れ、まずは小皿に載る程度に切り分けられたケーキをアシュリーが受け取る。
まさか一商人である俺が王族に手渡しでケーキを渡すわけにもいかないので、前もってアシュリーにこの役目を頼んでおいた。
「宗主様どうぞ」
宰相という官職を考えれば、王族よりも先に配られるのは不敬とも思われるが、永世名誉宰相であるゼパーネル家宗主に限っては、それが王太子であっても優先されて然るべき存在なのかもしれない。
続いて王太子夫妻、第二王子夫妻、そしてアーク王子とラピティリカ様にも渡される。
気づけば、主賓席の前には大勢の貴族と商人たちが集まっていた。
誰もがロイヤルウェディングケーキに施された繊細な細工に目を奪われ、見るも見事ならば味は? と、王子たちがケーキを口に運ぶのを見守っていた。
「ほぉーほほほっ、これも美味いのじゃ!」
まず声を上げたのはゼパーネル宰相。人はあまりに美味しいものを食べると意図せずに笑い声が出るものだ。
「確かに、これほどのケーキは王城でも食した覚えがないね」
「王国外にこれほどのものを作る菓子職がいらしたのですね」
「キリーク、わたしのサロンにもこれ欲しいわぁー」
「美味しい……」
「本当に美味しいですね、アーク王子」
宰相に続いてカーン王太子が、キリーク王子の妃であるベラ妃が、そしてアーク王子とラピティリカ様が声を上げた。
もちろん、アナスタシア妃やキリーク王子も満足げな表情を浮かべている。唯一平民とも言えるシャルさんだけは、宰相と同じソファーの端で大勢に見られながら食べることに赤面していたが……。
「如何でしょうかアーク王子、これほどの品は二度とご用意することは不可能かと思います」
「とても満足――」
「えぇ! わたしのサロンに用意できないのぉ?!」
三王子たちの表情を見れば、その味に間違いながなかったことははっきりと判る。後は、当然予想できたこの問いに――。
「申し訳ございません、ベラ妃様。このケーキを製作いたしました菓子職人は流浪の職人ゆえ、現在どこを放浪していますかは私にもわかりません。今回はたまたま、偶然、奇跡的に所在を知ることが出来ましたのでご用意できましたが、私にも再び用意することは出来ないかと」
嘘八百並べ立てて諦めさせる……二度とガチャにドはまりするのは御免だ。
「残念だわぁ。ねぇ、キリークぅー、わたしもアレ欲しいぃー」
「では『大黒屋』、せめて職人の名だけ申しておけ、後は私の“覇王花”が探し出してくれるだろう」
「畏まりました。今夜のケーキを作りましたのは老齢の女性菓子職人、普人種のフィルオナ作でございます」
「聞いたことのない名だな……おい」
キリーク王子はソファーの背後に控えていた男に声を掛けると、すぐに菓子職人を捜索するよう指示を出していた。
だが見つかることはないだろう――今、適当に考えた名前だしな。
「アーク、皆もこのケーキにとても興味があるようだ。給仕に取り分けてもらうといい」
「そうですね、カーン兄様。シリルにも食べて欲しい、後は頼むよ」
カーン王太子の一声に、俺の背後で感嘆の吐息が漏れるのが聞こえた。宰相をはじめ、三王子やその妃たちが揃って称賛の声を上げれば、貴族や有力商人たちもこのケーキを味わいたいと思うのも無理はない。
その空気を即座に感じて声を掛けたカーン王太子は、周囲の空気を読み取る力に長けているのだろう。
アーク王子の許可もおり、給仕たちが数人がかりでロイヤルウェディングケーキを切り分けていき、瞬く間に六段組のホールケーキが姿を消していく。
「アーク王子をはじめ、皆さまに喜んで頂けたようで何よりです。ここにいてはお歴々の皆さまの邪魔になるでしょう、私どもは下がらせて頂きます」
「シュバルツ、それにアシュリー・ゼパーネル、君たちの心遣いに感謝する」
アーク王子に貴賓席前から下がる挨拶をし、俺とアシュリーは会場の後方へと引き上げた。
貴賓席前では王子の眼前などお構いなくケーキを称賛する声であふれ、この贈り物が正解であったことを確信することが出来た。
マルタ夫妻と再合流し、贈り物の成功に思わず頬が緩むが、貴賓席を振り返るとキリーク王子とベラ妃が退席していくのが見えた。
同時に視界に浮かぶMAPを見ても、いくつかの光点が会場から離れていくのが見える。
晩餐会の開始から時間も結構経っている。帰る参加者が出ても不思議ではないが、キリーク王子が最初だとは少し意外だった。
ゼパーネル宰相やカーン王太子は久しぶりに顔を出しこともあり、声を掛ける貴族や商人が後を絶たない。アーク王子も今夜の主役だし、最初に帰るのはない話か。
会場を出ていくキリーク王子を目で追っていると、覇王花のサブマスター、フェリクスに一声かけている――あの男もシリル王女を連れて一緒に出ていくようだ。
俺はアシュリーを王城まで送るつもりだし、アシュリーはゼパーネル宰相が帰らなければ帰らないだろう。
宰相はこの晩餐会を大いに楽しんでいるようだし、俺ももう少し楽しんでいくとしよう。




