第二十二話 なんでも願いが叶う聖天様
一生のうちには願い事をどうしても叶えたい時があります。
そんなときに頼りになる仏様がいます。
それは聖天様といわれています。
私の奈良の寓居ちょっと歩くと生駒山が大きく見えます。
生駒山は奈良と大阪の堺で、
「生駒の聖天さん」で知られる宝山寺があります。
これは日本二大聖天の一つですが
(もう一つは、東京台東区の待乳山聖天)、
全国には聖天様をお祭りしているお寺はかなりあるのです。
聖天(せいてん、しょうてん、しょうでん)は、
歓喜天、
歓喜聖天と呼ばれることもあります。
このお方はヒンドゥー教から
仏教に取り入られた仏教の守護神である天部の一つです。
仏教に帰依して護法善神となったと解釈され、
ヒマラヤ山脈のカイラス山(鶏羅山)で
9千8百の諸眷属を率いて
三千世界と仏法僧の三宝を守護するとされます。
悪神が十一面観世音菩薩によって善神に改宗し、
仏教を守護し財運と福運をもたらす天部の神とされています。
像としては立像で抱擁している象頭人身の双身像の姿
が多いのだそうですが、
稀に人頭人身の形像も見られ、
多くは秘仏として扱われており
一般の前に披露される事は少ないです。
秘仏となっている理由はこの造形にあります。
歓喜天は、ふたりでひとつの神様ですが、
本当の神は一方の牙の折れた象頭の女神の方です。
こちらは十一面観音の化身とされています。
もう一方は神ではなく
毘那夜迦王、むしろ魔物というべき存在でした。
毘那夜迦王が疫病をはやらせ人々を苦しめているのをみて
心を痛めた十一面観音が
美女に化身して毘那夜迦王の前に現れた際に、
毘那夜迦王は、この美女を抱きたいと欲したのです。
この時十一面観音は、仏法の信仰と引き換えに、
毘那夜迦王の欲望を鎮めましょう、
と申し出たそうです。
その申し出を受け入れた毘那夜迦王が
十一面観音との抱擁の中で自らの欲望を堪能し、
歓喜を得て、仏法を信奉し、
併せて仏教の護法神となったのです。
歓喜天は、他の神仏に捨てられた祈願も
歓喜天に一心にすがれば
奇跡的な救いの手が差し伸べられるというのです。
特に、除病除厄、富貴栄達、恋愛成就、夫婦円満、
除災加護、夫婦和合、子授けの
現世利益は霊験あらたかに授けて下さるそうです。
ただ聖天様は人を選ぶともいわれ、
非道な人間には縁を結ばないし、
勤行を一生怠ってはいけないともいわれます。
また、同時に、ひどく畏れ多い存在でもあり、
いいかげんに信仰すると、
バチが当たるとも言われ、
いい加減な供養をするとかえって災いがあるとか、
子孫七代の福をも吸い上げるなどというから
覚悟して信心しなければなりません。




