銭の大冒険③
森。
一歩。
また一歩。
子供たちは。
森の奥へと進んでいた。
先頭を歩くのは。
銭。
右手には。
街で拾った一本の棒。
そのすぐ後ろを。
アーニー。
薬草の場所を知る少女。
そして。
数人の子供たちが続く。
「……」
誰も。
喋らない。
先ほどまでの威勢は。
どこかへ消えていた。
ザワッ。
「……!」
全員が。
足を止めた。
「い、今なんかいたぞ!」
アーニーの子分が。
木々の間を指差す。
銭が。
じっと見る。
「……」
何もいない。
「風じゃ」
「そ、そうか……」
再び。
歩き出す。
ザザッ!
「うわあああっ!」
「なんじゃ!」
「い、今度こそいた!」
銭が。
棒を構える。
子供たちも。
身を寄せ合った。
「どこじゃ!」
「あそこ!」
草むら。
ガサガサと。
何かが動いている。
「……」
銭が。
棒を握り締める。
アーニーも。
拳を構えた。
ガサッ!
飛び出した。
「うわああああ!」
子供たちが。
一斉に叫ぶ。
「……」
小さな獣が。
驚いたように。
こちらを見ていた。
「……」
「……」
獣は。
一目散に。
逃げていった。
「……なんだよ」
アーニーが。
息を吐く。
「ただの獣じゃねえか」
「お主」
銭が。
アーニーを見る。
「今、叫んだな」
「叫んでねえ!」
「叫んだぞ」
「叫んでねえ!」
「俺も聞いた」
「うるせえ!」
アーニーが。
子分の頭を叩いた。
「いてえ!」
銭が。
ふんと鼻を鳴らす。
そして。
再び歩き出す。
「参るぞ」
「おう……」
*
どれほど。
歩いただろう。
森は。
さらに深くなっていた。
空を覆う木々。
昼だというのに。
辺りは薄暗い。
「まだか?」
アーニーが。
少女へ尋ねる。
「もう少し……だと思う」
「だと思う?」
「お父さんと来た時は……」
少女が。
不安そうに周囲を見る。
「こんなに遠くなかった気がする」
「……」
アーニーが。
銭を見る。
銭も。
アーニーを見る。
「迷ったのか?」
「迷ってない!」
少女が。
慌てて首を振る。
その時。
ぴちゃ。
何かが。
銭の足元へ落ちた。
「……?」
銭が。
下を見る。
半透明。
ぷるぷると。
揺れている。
「なんじゃ、これは」
「銭!」
少女が。
叫んだ。
「離れて!」
「む?」
半透明の塊が。
突然。
跳ねた。
「うわっ!」
銭が。
飛び退く。
べちゃっ!
先ほどまで。
銭がいた場所へ。
塊が落ちる。
「モンスターだ!」
「スライム!」
子供たちが。
一斉に後ずさる。
「これが?」
銭が。
棒を構えた。
スライムが。
ぷるぷると震える。
「……」
銭が。
睨む。
スライムも。
銭を見ている。
ような気がする。
「どこが顔じゃ?」
「知らねえよ!」
「どこを殴ればよい?」
「それも知らねえよ!」
「役に立たんな」
「俺に聞くな!」
スライムが。
跳ねた。
「来たぞ!」
「うおおお!」
銭が。
棒を振る。
バシッ!
「……!」
当たった。
だが。
棒が。
めり込んだ。
「む?」
抜けない。
「銭!」
「ぬぬぬぬ!」
銭が。
棒を引っ張る。
スライムが。
棒に絡みつく。
「離せ!」
「棒を離せよ!」
「これは俺の武器じゃ!」
「ただの棒だろ!」
「大事な棒じゃ!」
「いつからだよ!」
アーニーが。
スライムへ。
蹴りを入れた。
「うおりゃ!」
べちゃっ!
「……へ?」
足が。
埋まった。
「抜けねえ!」
「アーニー!」
「助けろ!」
「お主も捕まっておるではないか!」
「いいから助けろ!」
「兄貴!」
子分たちが。
アーニーを引っ張る。
少女たちが。
銭を引っ張る。
「せーの!」
「ぬおおおお!」
「引けぇ!」
「兄貴、重い!」
「うるせえ!」
すぽん!
アーニーの足が。
抜けた。
勢い余って。
子分たちが。
まとめて転がる。
「今だ!」
銭が。
棒を手放した。
「石じゃ!」
「石!?」
「投げろ!」
「お、おう!」
子供たちが。
足元の石を拾う。
「それっ!」
「くらえ!」
「この野郎!」
次々と。
石が飛ぶ。
べちゃ。
べちゃ。
べちゃ。
スライムが。
揺れる。
「効いてるぞ!」
「もっとじゃ!」
「うおおおお!」
石。
枝。
土。
手当たり次第。
投げつける。
やがて。
ぷるぷると震えていたスライムが。
ぺしゃりと。
地面へ広がった。
「……」
子供たちが。
動きを止める。
「……死んだ?」
アーニーが。
恐る恐る近づく。
「触るな」
「分かってるよ」
棒を取り戻した銭が。
先端で。
つん。
「……」
反応はない。
もう一度。
つん。
「……」
銭が。
振り返った。
「倒したぞ」
「……」
一瞬。
静まり返る。
「や……」
アーニーが。
拳を上げた。
「やったぁぁぁ!」
「倒した!」
「俺たち、モンスターを倒したぞ!」
「すげえ!」
子供たちが。
飛び跳ねる。
先ほどまで。
震えていたことなど。
すっかり忘れていた。
銭も。
得意げに。
胸を張る。
「大したことなかったな」
「めちゃくちゃ苦戦しただろ!」
「しておらぬ」
「してた!」
「しておらぬ!」
「棒取られてたじゃねえか!」
「取られておらぬ!」
「取られてた!」
*
しばらくして。
「あっ!」
少女が。
突然走り出した。
「おい!」
銭たちが。
その後を追う。
少女が。
草むらの前へ。
しゃがみ込んだ。
「これ!」
「これだよ!」
「おばあちゃんの薬草!」
「……!」
銭が。
隣へしゃがむ。
小さな葉。
見たところ。
ただの草と。
大して変わらない。
「これか?」
「うん!」
少女が。
何度も頷く。
「これを煎じて飲ませれば……!」
目に。
涙が浮かぶ。
だが。
今度の涙は。
先ほどとは違った。
「よかった……」
「おばあちゃん……」
銭が。
頷いた。
「ならば取れるだけ取って参ろう」
「うん!」
子供たちが。
薬草を摘み始める。
「これもか?」
「それは違う」
「これは?」
「それも違う」
「これ?」
「ただの草」
「全部同じに見えるぞ!」
「ちゃんと見て!」
やがて。
持ってきた布へ。
十分な薬草が集まった。
「これだけあれば大丈夫」
少女が。
大切そうに。
薬草を包む。
銭が。
立ち上がった。
「では戻るぞ」
「おう!」
その時。
声が聞こえた。
「ギャッ」
「……」
銭が。
止まる。
「今の……」
アーニーも。
顔を上げる。
「なんだ?」
また。
聞こえた。
「ギギッ」
「ギャッ、ギャッ」
「……!」
少女の顔が。
青くなった。
「ゴブリン……」
「ごぶりん?」
「隠れて!」
子供たちが。
慌てて。
茂みへ飛び込む。
銭も。
アーニーに引っ張られ。
身を低くした。
「何をする」
「静かにしろ!」
アーニーが。
口元へ指を立てる。
木々の向こう。
三つの影が。
現れた。
小柄な身体。
緑がかった肌。
手には。
粗末な武器。
三匹。
「……」
銭が。
じっと見る。
スライムとは。
違う。
武器を。
持っている。
子供たちは。
息を殺した。
ゴブリンたちは。
まだ。
こちらに気づいていない。
一匹。
また一匹。
通り過ぎる。
「……」
あと少し。
そのまま。
行け。
誰もが。
そう願った。
その時。
アーニーの鼻が。
ぴくりと動いた。
「……」
銭が。
アーニーを見る。
アーニーが。
鼻を押さえる。
「……へ」
銭の目が。
見開かれる。
「へっ……」
銭が。
首を振る。
アーニーも。
必死に首を振る。
「へっくしょん!!」
「……」
ゴブリンが。
止まった。
「……」
銭が。
ゆっくり。
アーニーを見る。
「……悪い」
「ギャッ!」
見つかった。
「ギギィ!」
三匹が。
武器を構える。
「逃げろ!」
アーニーが。
叫んだ。
子供たちが。
走り出そうとする。
だが。
銭は。
動かなかった。
「銭!」
アーニーが。
叫ぶ。
銭が。
棒を構える。
「薬草を持って逃げろ」
「何言ってんだ!」
「俺が止める」
「一人じゃ無理だ!」
アーニーが。
銭の隣へ並んだ。
「……」
さらに。
一人の少年が。
震えながら。
前へ出る。
「お、俺も……」
三人。
銭。
アーニー。
少年。
その正面。
三匹のゴブリン。
「……」
アーニーが。
拳を握る。
「三匹だ」
「うむ」
「こっちも三人だ」
「うむ」
「いけるよな?」
「無論じゃ」
「……」
二人とも。
足が震えていた。
「来るぞ!」
ゴブリンが。
飛び込んできた。
「うおおおお!」
銭が。
棒を振る。
受け止められた。
「なっ!」
力が。
違う。
ゴブリンが。
棒を弾く。
銭の身体が。
よろめく。
「銭!」
アーニーが。
飛びかかる。
「この野郎!」
だが。
ゴブリンの腕が。
振られた。
「ぐあっ!」
アーニーの身体が。
地面を転がる。
「兄貴!」
少年が。
飛び込む。
「うわあああ!」
もう一匹が。
少年を薙ぎ払う。
「ぐっ!」
少年も。
吹き飛んだ。
「アーニー!」
「……っ」
銭が。
棒を握る。
一匹。
二匹。
三匹。
ゴブリンたちが。
銭を見る。
「……」
後ろ。
少女たちが。
震えている。
薬草を。
胸に抱えて。
泣いている。
「銭ちゃん……」
「……」
銭が。
一歩。
前へ出た。
怖い。
足が。
震える。
逃げたい。
それでも。
後ろへは。
下がらなかった。
ゴブリンが。
近づく。
「ギギッ」
一匹が。
武器を振り上げる。
「……!」
銭の頭に。
一人の男の背中が。
浮かんだ。
いつも。
自分の前に立つ。
赤い鎧の男。
「……」
銭が。
歯を食いしばる。
棒を。
握る。
「来るな……」
ゴブリンが。
さらに近づく。
「来るな!」
銭が。
叫ぶ。
ゴブリンが。
武器を振り上げた。
「来るなぁぁぁぁ!!」
銭が。
両手を突き出した。
その瞬間。
空気が。
震えた。
「……!」
ドンッ!!
何かが。
弾けた。
「ギャッ!」
「ギギィッ!」
「ギャアッ!」
三匹のゴブリンが。
まとめて。
吹き飛んだ。
「……」
銭が。
目を見開く。
ゴブリンたちが。
地面を転がる。
木に。
ぶつかる。
「……?」
銭が。
自分の両手を見る。
「なんじゃ……」
ゴブリンたちが。
よろよろと。
起き上がった。
まだ。
生きている。
だが。
もう。
向かってはこない。
三匹が。
銭を見る。
互いの顔を見る。
「ギッ!」
「ギギッ!」
次の瞬間。
背を向けた。
一目散に。
森の奥へ。
逃げていく。
「……」
静かになった。
誰も。
動かない。
やがて。
地面に転がったアーニーが。
口を開いた。
「……勝った?」
銭が。
ゴブリンの消えた方を見る。
「……」
そして。
大きく頷いた。
「うむ」
棒を。
拾い上げる。
「我らの勝ちじゃ!」
「や……」
子供たちの顔が。
一気に明るくなった。
「やったぁぁぁぁ!」
「勝った!」
「ゴブリンに勝ったぞ!」
「すげえ!」
「銭ちゃんすごい!」
子供たちが。
銭の周りへ集まる。
「今のなんだ!?」
アーニーが。
駆け寄った。
「魔法か!?」
「……」
銭が。
自分の手を見る。
「知らん」
「知らねえのかよ!」
「勝ったのだからよかろう」
「いいのか、それで!?」
「む!」
銭が。
何かを思い出した。
「なんだ?」
「勝ち鬨じゃ」
「……かちどき?」
アーニーが。
首を傾げる。
他の子供たちも。
同じ顔をしている。
「なんだそれ?」
「知らぬのか?」
銭が。
得意げに。
胸を張る。
「戦に勝った時は」
棒を。
高々と掲げた。
「勝ち鬨を上げるのじゃ!」
「どうやるんだ?」
「俺が教えてやる」
子供たちが。
銭の周りへ集まる。
「俺が」
銭が。
棒を握り直す。
「えい! えい! と言ったら」
子供たちを見る。
「皆で、応! じゃ」
「分かった!」
「やろうぜ!」
アーニーも。
拳を掲げる。
「では」
銭が。
大きく息を吸った。
棒を。
天へ突き上げる。
「えい! えい!」
「「「お、おう!」」」
「……」
銭が。
眉をひそめる。
「声が小さい!」
「もう一度じゃ!」
「おう!」
銭が。
再び。
棒を掲げる。
「えい! えい!」
「「「応!!」」」
森に。
子供たちの声が響く。
「えい! えい!」
「「「応!!!」」」
鳥たちが。
驚いて。
木々から飛び立った。
それでも。
子供たちは。
やめない。
「えい! えい!」
「「「応!!!」」」
銭が。
笑う。
アーニーも。
笑う。
子供たちも。
笑っていた。
小さな。
小さな勝ち鬨が。
森いっぱいに。
響き渡っていた。




