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魔法師団

「……治りが早すぎますね」


施療師の女性が、俺の腕に巻かれていた包帯を外しながら、不思議そうに呟いた。


「早すぎる、ですか?」


「はい。昨日の傷なら、普通はまだ起き上がるのも難しいはずです」


「え、俺そんなにひどかったんですか?」


「正直に言うと、生きているだけでも運がいい方です」


さらっと怖いことを言われた。


俺はベッドの上で、自分の体を見下ろした。


包帯はまだ残っている。

腕も足も、動かせば普通に痛い。


でも、昨日に比べると、かなり楽になっているのは自分でも分かった。


魔物にぶん殴られて気絶した人間にしては、たしかに回復が早い気がする。


「もしかして、これが異世界補正……?」


小さく呟いた、その時だった。


視界の端に、半透明の文字が浮かんだ。


――世界の声――

【スキル】自己再生 Lv.1 / 5 が発動しています。


「……自己再生?」


また出た。


昨日、言葉が通じるようになった時にも現れた、あの表示。


声という名前なのに、声は聞こえない。

ただ、目の前に文字が浮かぶ。


ゲームのステータス画面みたいな、不思議な表示。


自己再生。


名前だけ聞くと、かなり強そうだ。


腕が一瞬で生えるとか。

骨が勝手にくっつくとか。

そういうやつかもしれない。


「ついに来たか、チート能力……」


少しだけ期待した瞬間、表示が切り替わった。


――世界の声――

自己再生 Lv.1 / 5

効果:自然治癒力をわずかに上昇させます。


「わずかに」


思ったより地味だった。


いや、助かってはいる。

めちゃくちゃ助かってはいる。


でも、もっとこう、異世界召喚っぽい派手な能力を少し期待していた。


炎を出すとか。

剣が光るとか。

敵を一撃で倒すとか。


現実は、自然治癒力がわずかに上がるだけ。


「便利だけど……地味だな……」


そこで、ふと気づいた。


昨日は、言語理解。

今日は、自己再生。


ということは、他にもあるのではないか。


俺は半透明の表示を見つめながら、心の中で念じてみた。


自分の状態を見たい。


すると、目の前に文字が広がった。


――世界の声――

名前:夏目 蓮

年齢:15

種族:人間

レベル:1 / 100


【スキル】

言語理解

自己再生 Lv.1 / 5

解析 Lv.1 / 5

苦痛耐性 Lv.1 / 5

???


「……あるじゃん」


思わず声が出た。


めちゃくちゃある。


昨日はチート能力なんてないと叫んだ。

でも、実はあった。


言語理解。

自己再生。

解析。

苦痛耐性。


そして、最後に並んでいる謎の表示。


???


「いや、普通にチートっぽいじゃん」


ただ、問題は。


どれも今すぐ魔物を倒せそうな能力ではないということだった。


言語理解はありがたい。

自己再生もありがたい。

解析もたぶん便利。

苦痛耐性も、この世界で生きるには役立つかもしれない。


でも、どれも地味だ。


俺が想像していたような、剣を振ったら山が割れる系の能力ではない。


「チートではあるけど、無双系じゃないやつだ……」


「何が無双系じゃないんだ?」


声がして顔を上げると、部屋の入口にカイルが立っていた。


昨日、グレンさんに俺の世話を頼まれていた若い騎士だ。


「あ、カイルさん」


「カイルでいいよ。同い年なんだし。それより身体は大丈夫なのか?」


「なんとか」


「昨日の今日でそれだけ喋れるなら十分だろ」


カイルはそう言いながら、ベッドの横に椅子を引いて座った。


短い茶色の髪。

少しぶっきらぼうな顔。


同い年なのに、俺とは全然違う。


俺は昨日まで、入学式に浮かれていた普通の中学生上がりだった。


こいつはもう、鎧を着て、剣を持って、魔物と戦っている。


「……カイルって、すごいよな」


「は?」


「いや、同い年なのにさ。もう騎士やってるんだろ?」


「見習いだけどな」


「それでもすごいよ。俺なんて昨日、魔物に突っ込んで一発で吹っ飛ばされたし」


「普通は突っ込まない」


「それは本当にそう」


自分で言っていて、少しへこんだ。


あの時の俺は完全に調子に乗っていた。


異世界召喚。

森。

魔物。

騎士団。


どう考えても、主人公覚醒イベントだと思った。


でも、現実は違った。


俺は主人公どころか、モンスターの前に飛び出した一般人だった。


「まあ、でも」


カイルは少しだけ視線をそらして言った。


「お前が飛び出してきたおかげで、あの魔物の動きが一瞬止まったのは本当だ。隊長も言ってただろ」


「うん」


「だから、完全に無駄ではなかった」


「それ、慰めてる?」


「半分くらいは」


「半分かよ」


思わず笑ってしまった。


まだ体は痛い。

元の世界に帰れるかも分からない。


でも、こうして普通に話せる相手がいるだけで、昨日よりは少しだけ息がしやすかった。


「そういえば、カイル」


「なんだ?」


「スキルって、この世界だと普通にあるものなのか?」


カイルは少し不思議そうな顔をした。


「あるぞ。お前の世界にはないのか?」


「たぶん、ない。少なくとも俺は見たことない」


「へえ。変な世界だな」


異世界の人間に、俺の世界を変な世界扱いされた。


「こっちでは、十歳になると教会で授能の儀を受けるんだ」


「じゅのうのぎ?」


「そこで、自分に宿っているスキルを知る。だいたい一人一つだな」


「一人一つ?」


「ああ。たまに珍しいスキルを授かるやつもいるけど、基本は一つだ。二つ持ってるやつなんて、俺は見たことない」


「……へぇ」


俺は目の前に浮かんでいる表示を見る。


言語理解。

自己再生。

解析。

苦痛耐性。

???


最低でも五つ。


そのうち一つは名前すら分からない。


「ちなみに、カイルのスキルは?」


「剣術補助だ」


「強そう」


「そんな大したもんじゃない。剣を扱う感覚が少し良くなるだけだ。結局、鍛えなきゃ使い物にならない」


「それでも騎士っぽいな」


「まあ、授能の儀でこれが出たから、騎士を目指したってのもある」


スキルで将来が決まる。


この世界では、それが普通なのかもしれない。


じゃあ、俺のスキルは何なんだろう。


言語理解。

自己再生。

解析。

苦痛耐性。


異世界で生き残るために、必要そうなものばかりだ。


まるで、最初から俺がこの世界で生きることを前提にしているみたいだった。


「どうした?」


「いや……俺、スキルがいくつかあるっぽい」


「いくつか?」


カイルの表情が変わった。


「いくつだ?」


「言語理解、自己再生、解析、苦痛耐性。それと、よく分からないやつが一つ」


「……は?」


カイルが固まった。


「え、多い?」


「多いどころじゃない。五つってことだろ?」


「たぶん」


「いや、意味が分からない。二つでもかなり珍しいんだぞ」


「そうなの?」


「そうなの、じゃない。お前、本当に何なんだよ」


「俺が聞きたい」


これは本当にそうだった。


俺はまだ、自分が何なのか分かっていない。


なぜ召喚されたのか。

誰が召喚したのか。

なぜ森にいたのか。

なぜ世界の声が見えるのか。


何一つ分からない。


「ちなみに、レベルって分かる?」


俺はついでに聞いてみた。


カイルは眉をひそめた。


「れべる?」


「強さの数字というか、成長すると上がるやつというか」


「何だそれ」


どうやら、この世界の人間にはレベルという概念がないらしい。


そりゃ、俺の世界にも現実ではなかった。

ゲームの中とか、小説の中にしかなかった。


でもスキルがある異世界なら全員にレベルがあるのかと思ったけど、そういうわけでもないらしい。


「じゃあ、俺にだけあるのか……?」


「何が?」


「レベル」


「だから何なんだよ、それ」


カイルは完全に困惑している。


俺も困惑している。


ただ一つ分かるのは、俺に見えている表示は、この世界の人間にとっても普通ではないということだった。


「ちょっと、カイルを見てもいい?」


「見る?」


「解析ってスキルがあるんだ。相手の情報が見えるっぽい」


「……変なことは見るなよ」


「見えるかどうかも分からないけど」


俺は心の中で、解析を使う、と念じた。


すると、カイルの横に表示が浮かぶ。


――解析結果――

名前:カイル・オルディス

年齢:15

種族:人間

所属:ルミナス王国騎士団見習い

スキル:剣術補助


能力値:解析のレベルが不足しているため、確認できません。

弱点:解析のレベルが不足しているため、確認できません。


「おお……」


「何が見えた?」


「名前、年齢、所属、スキル。あと、能力値と弱点は見えなかった。解析のレベルが足りないらしい」


「弱点まで見ようとしたのかよ」


「俺の意思じゃない。表示が出ただけ」


「本当か?」


「本当」


少し疑われた。


でも、たしかに勝手に弱点まで見えたら嫌だろう。


俺だって嫌だ。


「カイルには、レベルの表示がない」


「だから、そのレベルってやつは知らないって」


「うん。俺にだけあるみたい」


俺は自分の表示をもう一度見る。


レベル:1 / 100


スキルのレベルは最大5。

でも、俺自身のレベルは100まである。


何が上がるのか。

どうやって上がるのか。

上がったらどうなるのか。


何も分からない。


ただ、分からないからこそ、少し怖かった。


異世界に来た。

チートはないと思った。

でも、何かはある。


ただ、それが良いものなのか、悪いものなのかは分からない。


この世界で俺は、まだ何もできない。


少し回復が早くて、言葉が分かって、相手の情報が少し見える。


それだけだ。


魔物を倒せるわけじゃない。

元の世界に帰れるわけでもない。


でも、何もないわけでもなかった。


「考えても分からないなら、今は置いておけ」


カイルが言った。


「軽いな」


「分からないものを見つめてても腹は膨れないだろ」


「たしかに」


「それより、お前はこの世界のことを知らなすぎる。そっちを先に何とかした方がいい」


カイルは椅子にもたれかかりながら、少しだけ真面目な顔をした。


「ここはエルディア。その中でも俺たちがいるのは、ルミナス王国だ」


「ルミナス王国」


「この世界で一番大きい国だ。騎士団も魔導師団も、基本はこの国を守るために動いてる」


「魔物から?」


「ああ、この世界には魔物がいる。昨日お前をぶっ飛ばしたやつもそうだ。あれはまだ、特別強い個体じゃない」


「え、あれで?」


「森に出る魔物としては厄介な方だけど、上には上がいる」


「聞きたくなかった」


本当に聞きたくなかった。


あれで中ボスどころか、野良モンスターの強め程度なら、この世界は危険すぎる。


「魔物の頂点には、魔王がいる」


「魔王……」


出た。


異世界といえば魔王。


あまりにも定番すぎる名前なのに、実際に聞くと笑えない。


「魔王の下には、五大魔将って呼ばれる幹部がいる。どいつも化け物みたいに強いって話だ」


「話ってことは、カイルも見たことはない?」


「見たことあったら、今ここにいない」


「なるほど」


納得しかない。


「ルミナス王国は、長い間その魔物たちと戦ってる。騎士団は前線で魔物を討つ。魔導師団は魔法で支援したり、結界や道具を作ったりする」


「仲悪いのに協力はするんだ」


「国が滅びたら、意地の張り合いもできないからな」


カイルは少し笑った。


「それに、王女様もいるし」


「王女様?」


俺の反応が、少しだけ早かった。


カイルがにやっと笑う。


「気になるか?」


「いや、別に。異世界に王女様って、本当にいるんだなって思っただけで」


「いる。セリア王女だ」


「セリア王女」


「金色の髪で、すごく綺麗で、優しくて、国民からの人気も高い。王都で王女様の悪口を言うやつなんて、ほとんどいない」


「へぇ……」


金髪。

王女。

優しい。

かわいい。


異世界、ちょっとだけやる気が出てきた。


「今、変なこと考えただろ」


「考えてない」


「顔に出てたぞ」


「嘘だ」


「分かりやすいな、お前」


カイルは笑った。


その笑い方が、少しだけ同年代っぽくて安心した。


騎士として魔物と戦っているカイルは、俺から見ればすごく大人に見える。


でも、こうして話していると、同じ十五歳なんだと分かる瞬間がある。


そのことが、なんだか不思議だった。


「そういえば、今日少しなら歩けるって施療師が言ってたぞ」


「本当に?」


「ああ。無理はするなって言われてたけどな」


「外、出られる?」


「少しなら。王都の中を軽く案内してやるよ。どうせ寝てても暇だろ」


「めちゃくちゃ暇」


「じゃあ決まりだ」


カイルは立ち上がった。


「着替えろ。あの変な服じゃなくて、こっちの服な」


そう言って渡されたのは、簡素な布のシャツとズボンだった。


制服とは全然違う。

少しごわごわしていて、サイズもぴったりではない。


でも、この世界ではこっちの方が自然らしい。


俺は痛む体をどうにか動かして着替えた。


そして、ボロボロになった制服は布袋に入れられた。


新品だったはずの制服。


入学式で着るはずだった服。


それが今は、土と血で汚れた証拠品みたいになっている。


「……ごめんな、高校生活」


「何に謝ってるんだ?」


「こっちの話」


俺は布袋を抱え、カイルについて外に出た。


施療院の外には、まったく知らない街が広がっていた。


石畳の道。

木と石でできた建物。

行き交う人々。

荷車を引く大きな獣。

屋台から漂う、香ばしい匂い。


遠くには、白い壁に囲まれた大きな城が見える。


「うわ……」


思わず声が出た。


本当に異世界だ。


昨日は森と魔物と包帯でそれどころじゃなかったけど、今ははっきり分かる。


俺は、本当に別の世界に来ている。


「そんなに珍しいか?」


「珍しいに決まってるだろ。俺の世界、荷車を引くトカゲみたいなのいないし」


「あれはトカゲじゃなくて地竜だ」


「地竜」


名前が強い。


普通に街中を歩いていい生き物なのか、それ。


「おい、あまりきょろきょろするな。田舎者みたいに見えるぞ」


カイルは歩きながら、街のことをいろいろ教えてくれた。


ここは王都ルミナス。

国の中心で、城と騎士団と魔導師団の本部がある。

大通りには商人や旅人が集まり、冒険者もいるらしい。


「冒険者もいるのか」


「いるぞ。魔物を狩ったり、護衛をしたり、遺跡を調べたりする連中だ」


「異世界っぽい……」


「お前、さっきからそればっかりだな」


仕方ない。


目に入るもの全部が、異世界っぽいのだから。


屋台には見たことのない果物が並び、道端では吟遊詩人らしき人が楽器を弾いている。


看板の文字も読めた。

これも言語理解のおかげらしい。


ただ、読めるのと、街の構造が分かるのは別問題だった。


知らない地名。

知らない店名。

知らない通りの名前。


読めても、どこに何があるのかはまったく分からない。


「なんか、普通に生活してるんだな」


俺が言うと、カイルは少しだけ横目で見た。


「そりゃそうだろ。魔物がいるからって、全員が毎日泣いて暮らしてるわけじゃない」


「そっか」


「怖いものがあっても、飯は食うし、仕事はするし、笑う時は笑う」


カイルの言葉は、妙に重かった。


同い年なのに。


俺が高校生活に浮かれていた朝、こいつは剣を持って魔物と戦っていた。


その差が、少しだけ胸に刺さった。


「どうした?」


「いや、なんでもない」


「疲れたなら戻るぞ」


「大丈夫。もう少し見たい」


そう言った時だった。


大通りの向こうで、荷車が倒れた。


積まれていた木箱が崩れ、果物が道に転がる。


人が集まり、一瞬だけ通りが混雑した。


「おっと」


カイルが俺の前に出て、人の流れを避けようとする。


俺もついていこうとした。


けれど、まだ体が本調子ではない。


少し肩がぶつかっただけで、足元がふらついた。


「うわっ」


気づいた時には、カイルの背中が見えなくなっていた。


知らない顔ばかり。


「カイル?」


返事はない。


「カイル!」


少し大きめに呼んでみる。


でも、周りの声にかき消された。


まずい。


街に出て十分くらいで迷子になった。


十五歳にもなって迷子。


いや、違う。

ここは異世界だ。


異世界迷子だ。


たぶん普通の迷子より罪は軽い。


「……いや、何の言い訳だよ」


俺は布袋を抱え直し、周囲を見回した。


看板の文字は読める。

人の言葉も分かる。


でも、どっちに行けば施療院に戻れるのか分からない。


お金もない。

体もまだ痛い。

グレンさんには、他の人間に召喚のことを言うなと言われている。


詰んでいる。


「迷子?」


背後から声がした。


振り返ると、ローブを深くかぶった小柄な少女が立っていた。


顔はよく見えない。

ただ、声は妙に落ち着いていた。


子どもっぽい背格好なのに、話し方だけは大人びている。


「えっと……まあ、そんな感じです」


「王都は初めて?」


「はい。最近来たばかりで」


「そう」


少女は短く答えると、俺が抱えていた布袋を見た。


「それ、何?」


「ああ、俺が着てた服です。こっちだと目立つからって、着替えを用意してもらって」


「見せて」


「え?」


「少しだけ」


断る理由もなく、俺は布袋からボロボロになった制服を取り出した。


土と血で汚れ、袖は裂け、シャツには魔物の爪で引っかかれたような跡が残っている。


少女は制服を受け取ると、指先で布地をなぞった。


「……変わった布」


それだけ言って、しばらく黙る。


「この国の織り方じゃない。縫い目も細かい。染めも均一。貴族の礼服とも違う」


「そうなんですか?」


「少なくとも、王都では見ない」


少女は淡々と言った。


その時だった。


制服の内ポケットから、小さな手帳が落ちた。


「あ」


床に落ちたのは、生徒手帳だった。


入学式の日に持っていくように言われて、朝、制服のポケットに入れたままだったやつだ。


少女はそれを拾い上げる。


「これは?」


「身分証……みたいなものです」


「身分証」


少女は手帳を開いた。


そこには、俺の名前と、学校名と、生年月日。

それから、証明写真が貼られている。


俺には読める。


けれど、この世界の人間に日本語が読めるわけがない。


少女はしばらく無言でページを見つめていた。


やがて、指先で文字をなぞる。


「……似ている」


「え?」


「この文字。過去の召喚者が残した記録に酷似している」


心臓が、一瞬止まりそうになった。


「過去の、召喚者?」


少女は答えない。


代わりに、生徒手帳の写真をじっと見た。


「絵ではない。魔力で焼きつけたものでもない。顔をそのまま紙に定着させている。これも記録にある特徴と一致」


「えっと……」


まずい。


これはまずい。


何か言わないといけない。

でも、何を言えばいいのか分からない。


少女はもう、俺のことを見ていなかった。


生徒手帳と制服を交互に見ながら、小さく呟き始める。


「異界由来と思われる衣服。未知の縫製技術。過去召喚者記録と酷似した文字列。顔を定着させた身分証。年齢は十五前後。魔法知識は薄い。にもかかわらず、こちらの言葉は理解している」


「……あの」


「一致点が多い。偶然とするには不自然。衣服と身分証の保存状態も良好。少なくとも、どこかで拾っただけとは考えにくい」


少女は、生徒手帳を閉じ、少しだけ考え込む。


「外界召喚者の可能性が高い。個人判断で放置する案件ではない。記録との照合、魔力反応の検査、身元確認、言語適応の確認……」


「えっと、あの」


「ここでは道具が足りない」


少女は顔を上げた。


「まあ、連れて行けばいっか」


「え?」


彼女が手にしていた短い杖の先が、淡く光り始める。


「ちょ、ちょっと待っ――」


言い終わる前に、視界が白く染まった。


まぶしさに、思わず目を閉じる。


足元がふわりと浮くような感覚。

一瞬だけ、体の重さが消えた。


そして次に目を開けた時。


俺は、知らない部屋の真ん中に立っていた。


「……は?」


そこは、さっきまでいた大通りではなかった。


広い部屋。

高い天井。

壁一面に並ぶ本棚。

床には、薄く光る円形の紋様。


机の上には、山のような書類と、見たことのない道具。


白衣のようなローブを着た人たちが何人もいて、それぞれ本を読んだり、何かを書いたり、光る石を覗き込んだりしていた。


そのうちの一人が、こちらを見て軽く手を上げる。


「おかえり、ミレア」


「ただいま」


少女は普通に返した。


まるで、少し外に出て戻ってきただけみたいに。


別の男が、俺を見て眉を上げた。


「ん? そいつ誰だ?」


「うちの団員じゃないよな」


「また変なの拾ってきたのか?」


俺は一歩も動けなかった。


「ここは……?」


ようやく出た声は、自分でも情けないくらい小さかった。


少女はそこで、思い出したようにこちらを見る。


「自己紹介が遅れたね」


「私はミレア・ノクス。王立魔導師団、解析部所属」


「王立、魔導師団……」


一番聞きたくなかった単語が出てきた。


「ここは、王城内にある魔導師団本部」


「……」


俺の頭が、ゆっくり真っ白になっていく。


王城内。


魔導師団本部。


つまり、グレンさんが慎重に扱おうとしていた場所。


そこに、俺は強制的に連れてこられた。


ミレアは周りの団員たちに向かって、何のためらいもなく言った。


「外界召喚者候補を拾った」


その瞬間。


部屋の空気が止まった。


さっきまで本を読んでいた人。

石を覗き込んでいた人。

書類に何かを書いていた人。


全員の視線が、一斉に俺へ向いた。


「……え?」


「外界?」


「召喚者候補?」


「本物か?」


「どこで見つけた?」


ざわめきが広がる。


俺は、完全に固まっていた。


グレンさん。


ごめんなさい。


他の人間には言うなって言われたのに。


俺、速攻でバレちゃいました。

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