ヒーリングハーブ
ブルー+@の指摘は正しかった。
一人でポータルを使い、7階層に挑むというのは今までの流れを知っている人ならば関心が持てるだろうが、それ以外の人には退屈になるのがわかった。
おまけに7階層のヒーリングハーブ取りは非常にありふれているチャレンジで、同様の動画がアーカイブにいくつもあるという。
津村的にはやったことのない野草摘みにワクワクしていたが視聴者が喜ばないのは当然だとは思う。
7階層は小さな野山と林も多くある5階層と違い、ひたすら広大な草原が続くという光景が展開していた。
しかも微かに霧が出ており、なんとなく夜明け直後のような雰囲気であった。
7階層は同じような風景が続き、迷う要素があるのが特徴なエリアとして知られている。
迷わないようにする方法はいたって簡単で、50メートルほど移動する度に木に草を結び付けるか、地面にマークを刻んで目印を作るというものだった。
ヒーリングハーブがある場所は、巨木の近くの日陰で落ち葉が多いという条件を満たしていると事前に調べてある。
「それではヒーリングハーブを探します。形は覚えています! レッツドゥディス!」
そういって拳を突き上げながら垂直に跳び上がって陽気な感じを出した。
そこからは本当に走って移動しては屈んで目を凝らし、また移動することになり、次第に口数が減っていく。
自分語りにしても実況にしても手札が足らず、話すことが単純になくなったのだ。
迷宮劣化も意識していたので、気持ちはさらに焦り、次第にわけがわからなくなっていく。
こうなると20秒リセットもボックス呼吸法も忘れていて、やっと一つ見つけた時には37分が経過していた。
ツイ廃帝@「おう、なかなかいいフィールディングだったぞ」
虎キャン界隈@「結構早く見つけたんじゃない? 野草探し、思ったより面白かったよ」
ブルー+@「ちなみに野草摘みって意味の英語は『フォージング』だぞ(ウンチク」
とすぐにコメントをくれたのが救いであった。
そして同時接続数は500人となっていた。それは想像よりもずっとマシな数字であった。
すると再び相南のコメントが流れる。
虎キャン界隈@「いつものようにやりなよ! おまえはタレントじゃないんだから!」
そういわれてようやく自分がパニックになっていることが自覚できた。同時接続数を気にするのは甲子園に出て「テレビ映り」を気にするようなものだと客観的に理解する。
津村は恥ずかしいという気持ちと、思わぬことで本分を見失うということがあるのだという発見を覚えた。
同時接続数は収入に直結するので大切にすべきだが、探索が二の次になるのはよくないことだと反省し、学習した。
「ビンゴです!! ヒーリングハーブは初めて入手できました! 初ゲットで嬉しいです。ですが予想以上の時間がかかってしまったのであと30分したら帰ります!」
ツイ廃帝@「そういう姿勢は共感できるぞ。慎重な人間はテーブルセッターでもあるんだから!」
ブルー+@「テーブルセッターなんか普通の人は使わねえよ。日本人なら和製英語のチャンスメーカーっていえ」
2人のやり取りにクスリと笑うと津村は再びヒーリングハーブを探し出す。
すると、何かが接近してくる音が聞こえた。ここには5階層と同じくモンスターはダイアウルフ、ペリュトン、ボギー、ハーピィが出現する。
すると足音はかなりの数だとわかってくる。歩く足音が相当の数聞こえてくる。
しかし足音から20メートルほど離れている感覚がした。
それでも津村は武器を身構え、ハンドサインで配信ドローンを遠ざける。〈溶解〉で作った合成ショートソードとスモールシールドで武装すると、草原から10体近い二足歩行の生き物が姿を見せる。
それは必死の形相で駆けていたがそのうち半分が、目ざとく津村を見つけた。そしてそのうち3匹が90度進行方向を変えて津村に向かう。
数体が津村に近づいてきたことで、それが長い黒髭に赤い肌のゴブリン系モンスターのボギーであると分類できた。身長130センチほどで口から長い牙を覗かせている。
津村が戦ってきた同種のノッカーよりは数段は強い種である。少なくともカーポノッカーよりは強いと見ていいだろう。
津村はゆっくり後退しながらボギーを迎え撃つ。そしてショートソードに魔力を流し込むイメージを高めていく。
ボギーは石を削って作ったハンドアックスを手にし、津村に迫る。
動きは確かにノッカーより早く、わずかに牽制を見せるなど戦い方に幅があるように思う。
驚いたのは一匹が腰にあった袋から、粉のようなモノを津村に投げたことであった。
目潰しか何かか?――津村は即座に敏捷性を生かし、回避し、剣を振るう。
MLBの外野手などでは0秒から1.5秒の間に反応することをリアクションと呼び、評価の対象になっている。津村は1.5秒から3秒までの反応のバーストの評価も高く、それを裏付けるようにボギーの奇襲を見事回避した。
それどころか、突如ボギーの動きが遅く感じられた。
津村が左にステップしたことに反応できず、驚いた顔をしたままであったのだ。3匹ともまだ横にずれた相手に対応できずに全身を続けていた。
その隙を見逃すわけがない。
津村は一匹の脇腹を刺し、もう一匹の尻を前蹴りで突き、さらに一匹の首を斬りつけた。
続けて、前蹴りで転倒したボギーの背中を3度突いて、動かなくする。
そのまま津村は草原に身を隠す。ボギーの気配はまたかなりの数感じられたからだ。
津村は自分の変化に気づき、ドキドキしていた。明らかに反射速度と敏捷性が向上していたのが分かったからである。
ノッカーよりも鋭く動くボギーに余裕を持って対応できたのは、レベルが11になったことが原因だと思えた。
またショートソードの切れ味にも舌を巻く。以前よりも切れ味と強度が上がっているのを確かに感じていた。
津村は六角から自身で作った武器の真価を見極めろと厳命を受けていた。魔力を流し込み、武器の性能を引き上げるイメージを持って扱えと言われたのだ。
〈溶解〉がどれほどのものか、自分でとことん追求しなければ、もし本当にリビングギアが作れると判明した場合、困ることになると忠告を受けたのだ。
六角の口調は厳しかったが高圧的ではなかった。津村に自分のスキルが何であるのか真摯に追及しろと言ってきていたのだ。
まだリビングギアが何であるかわからなかったが、〈溶解〉でできたアイテムを使いこなすべきだという意見には賛成であった。
そして〈溶解〉でできたアイテムを魔力を流し込むように指示され、実行したのだが確かに手ごたえを覚える。扱う者が望む方向に武器自身が修正してきているような感覚が伝わったのだ。
自身の変化と〈溶解〉で作ったアイテムを検証したいと思っていると、離れたところから炸裂音が響く。人の怒声も聞き取れた。
津村はとっさに近くの木に登って様子をうかがうと、30匹を超すボギーが逃げまどっているのを見た。
固まって移動する中で魔法による爆発が起き、ボギー達が吹き飛ばされていく。
「おめえら雑魚に構っている時間はねえんだよ!」
そんな怒声が響き、数体のボギーが矢で倒されて絶命する。
どうもボギーの集団が探索者に遭遇して、蹴散らされているらしいことが津村にもわかってくる。
戦っている探索者の人数はわからなかったが、数十匹のボギーを敗走させるのだから実力があるのはわかった。
そしてその探索者達もボギーが去った後に、津村の方向にやってきた。3人の20代後半の装備が整った男性ばかりで、それぞれ魔術系・戦士系・弓師系に映る。
すると配信ドローンの赤いランプが緑色に変わって激しく点滅した。
探索者達は配信ドローンに映らないことを申請しているリフューザーばかりであった。
だが、3人から少し離れてあとから来た細身の長身の男性が近くを通るときには、配信ドローンのランプは赤に変わる。
「こらっ! 雇い主を置いていくたわけがおるか! えらい雑な仕事をする奴には旨い汁は吸わせんぞ!」
長身の男はヒステリックな金切り声を上げると、3人の探索者がバツの悪そうな顔をする。
「すいません、ボギー共が鬱陶しくてついいらだってしまって!」
「ふん、まああのたわけ共は弱いくせに数で群れるんで、でどえれー面倒ではあるよな。まあいい。で、どうだ? 末廣白楽を襲うならこの階層がふさわしいか?」
長身の男の言葉に津村は凍り付く。探索部の末廣白楽を襲うとは一体どういうことなのかと思った。
探索者3人はニヤリと笑う。
「〈万雷〉でも草原から三方向から襲撃すれば何とかなると思いますぜ!」
「そうか。それなら上々だな。どえれー笑けるわ」
長身の男は被ったシルクハットに似た兜を指でひっかいて不気味な笑みを見せた。
津村にはそれはまるでカマキリが笑っているように映った。
津村は4人に質問したかったがここはぐっと堪える。
4人が6階層への階段を目指すのを確認して、距離を置いてから木から降りると自分の心臓が早鐘のようになっているのに気付く。
知り合いが大人に計画だてて襲われようとしていることに津村は心底震え上がった。末廣白楽とは仲がいいわけではなかったけど、これは放ってはおけないと考える。
また事実としてあると知っていたが、探索者が探索者を狙うということが実際にあることに驚く。
虎キャン界隈@「あれ津村、顔色悪いけどどうした?」
リフューザーが去り、モンスターが近くにないことで配信を再開したドローンがチャットを津村の前に表示した。
同時接続者にも今起きたことを共有していてほしかったが、そうではなかったのだ。
津村はボックス呼吸法を用いて落ち着きを取り戻すと無言で今後どうするべきか真剣に考えた。
まずは磯子に相談すべきであろう。同じ高校生でしかも女子の磯子に頼るのは良くないと思いつつ、末廣白楽のために何か手を尽くしてくれるであろうと勝手に期待した。
自分で率先して動けないことは恥ずかしかったが、明らかな犯罪に立ち向かうのには、たった一人では難しいと判断を下す。




