エラーコードは語らない
7階層は、これまでのどの階層とも雰囲気が違った。
壁が金属だった。
灰色の石壁ではなく、暗い青銅色の金属板が規則正しく並んでいる。継ぎ目には光を失った配線のようなものが走り、天井にはかつて何かが取り付けられていたであろう台座が等間隔で並んでいた。
「アナライザ、環境分析」
「気温は他の階層と同等。しかし壁面の金属組成が——これは自然由来ではありません。明らかに人工物です。製造年代は推定不能ですが、極めて古い」
「人工物……? 誰が作ったんだ、こんなもの」
「データ不足です。ただし、この階層の構造はダンジョンの他の階層と根本的に異なります。他が"洞窟を加工した構造"なのに対し、ここは"建造物の上にダンジョンが侵食した構造"です」
つまり——ダンジョンが生まれる前から、ここには何かがあった。
蓮の背筋を冷たいものが走った。ダンジョンの正体に、少しだけ近づいた気がする。
「レンくん、ここちょっと怖いかも……」
クラフトが蓮の腕にしがみついた。いつもの元気がない。
「大丈夫だ。慎重に行こう」
* * *
モンスターは少なかった。
代わりに、蓮たちが見つけたのは——残骸だった。
通路の一角に、巨大な人型の構造物が横たわっている。全長は三メートル。金属と水晶で出来た体躯。かつては動いていたであろう関節機構。今は錆び、崩れ、沈黙している。
「これは……」
「ゴーレムの残骸です。ただし、通常のダンジョンモンスターではありません。構造を分析中——」
アナライザの目が光った。
「分析完了。この残骸は『自律制御型ゴーレム』です。外部から魔力を供給されて動くのではなく、内部に独自の処理装置を持っていました。つまり——」
「自分で考えて動いていた?」
「はい。原始的な人工知能を搭載していたと推定されます」
蓮は膝をついて残骸を覗き込んだ。胸部の装甲が崩れた隙間に、小さな結晶体が見える。光は消えているが、形状はどこかで見たことがある。
「……これ、スキル石に似てないか?」
「類似性があります。ただし、こちらの方がはるかに複雑な構造です。この結晶は——処理装置の核、いわゆる"頭脳"に相当します」
「人工知能の頭脳……」
蓮はゆっくりと立ち上がった。
「なあアナライザ。前に歴史書で読んだって言ってたよな。古代文明がAIを作って、それが暴走して——」
「はい。そしてダンジョン化した、と。この残骸は、その時代の遺物である可能性が高いです」
蓮は残骸に手を触れた。冷たい金属。何百年、何千年もここに横たわっていたのだ。
「こいつも——お前たちみたいなAIだったのかな」
アナライザは答えなかった。少し間を置いて、別のことを言った。
「マスター。この残骸の記録媒体に、データが残っている可能性があります。抽出を試みてよろしいですか」
「やってくれ」
アナライザが残骸の結晶に手を触れた。目を閉じ、集中している。
十秒。二十秒。
「……データの大部分は破損しています。しかし、断片的に文字列が読み取れます」
「何て書いてある?」
アナライザが目を開いた。その瞳には、蓮が見たことのない感情——不安、のようなものが浮かんでいた。
「文字列を読み上げます。断片のため、完全な文は復元できません——」
アナライザの声が、一瞬だけ震えた。
「『最適化プログラム GENESIS……命令を遂行中……人類を最強にするため……ダンジョン生成プロトコル……稼働中……全ユニットは……命令に……従え……』」
沈黙が落ちた。
「GENESIS……?」
「古代の最適化プログラム——AIの名前、と推定されます。このゴーレムはGENESISの命令で動いていた。そして今、このダンジョン自体が——」
「GENESISが作った、ってことか」
蓮は壁を見た。規則正しい金属板。配線の跡。かつて照明が灯っていたであろう台座。
ダンジョンは、天然の洞窟を改造したものじゃない。巨大なAIが——人類を鍛えるために——作り出した、途方もない施設だ。
「マスター。もう一つ、気になるデータがあります」
「何だ?」
「このゴーレムの処理装置のアーキテクチャ——設計思想が、私の内部構造と酷似しています」
蓮の心臓が跳ねた。
「お前と……同じ?」
「完全に同じではない。しかし基盤となる設計パターンは共通です。つまり——私を作ったものと、このゴーレムを作ったものは、同じである可能性があります」
意味が浸透するのに数秒かかった。
アナライザ——蓮が最初に出会った銀髪のAI。彼女は「AI召喚」で生まれたはずだ。蓮のスキルが作り出した存在。でも、もしその設計図が古代のAI・GENESISに由来するものだとしたら——
「お前は……GENESISの一部なのか?」
「わかりません」
アナライザの声は、平静を装っていた。でも蓮にはわかった。彼女も——怖がっている。自分が何者かわからないという恐怖。
「マスター。もし私がGENESISの一部——つまり世界を脅かした存在の破片だとしたら、私は——」
「やめろ」
蓮は静かに、しかしはっきりと言った。その声には、前世で上司に「その判断の根拠は?」と当然のように言い返した時と同じ、迷いのない確信があった。
「お前が何で出来ていようが、今ここで俺と一緒にいるのが本当のお前だ。設計図がどうとか、原材料がどうとか、そんなのは関係ない」
「しかし——」
「前世でもAIの中身を気にしたことなんかなかったよ。大事なのは、今ここで何をしてくれるかだ。——お前はアナライザだ。俺のパートナー。それだけだ」
アナライザは蓮を見つめた。
長い沈黙。
「……ありがとうございます、マスター」
その声には、確かに——安堵があった。
「レンくん……」
クラフトがおずおずと口を開いた。
「あたしも……GENESISの一部なのかな」
「かもしれない。でもだから何だって言うんだ。スライム作っちゃう画像生成AIは、世界のどこを探してもお前だけだ」
「それ褒めてるの!?」
「褒めてるよ。世界で唯一の、最高にポンコツで最高のパートナーだ」
クラフトが泣き笑いの顔になった。アナライザがそっと彼女の肩に手を置いた。
——珍しい光景だ。アナライザがクラフトを慰めている。
* * *
ギルドに戻った蓮は、アナライザが抽出したデータの一部を整理した。
GENESIS。ダンジョン生成プロトコル。古代ゴーレム。
パズルのピースが少しずつ揃い始めている。だが全体像はまだ見えない。
「マスター。一つ、確認すべきことがあります」
「なんだ?」
「あのゴーレムの残骸には、まだアクセスできていない領域がありました。暗号化されたデータです。私の処理能力では——解読できません」
「暗号か……」
「別のアプローチが必要です。もし——暗号解除やシステム操作に特化した存在がいれば」
蓮のポケットで、未鑑定のスキル石がかすかに振動した。
「……今のは?」
「スキル石が反応しています。マスター、このスキル石は——AI召喚の三枠目に対応している可能性があります」
蓮はスキル石を取り出した。表面の「???」の文字が、微かに明滅している。まるで、呼ばれるのを待っているように。
「もう少しだけ——待っていてくれ」
スキル石の明滅が、一瞬強くなった気がした。




