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『俺だけ別ゲー ~AIバディと挑むダンジョン最強攻略~』  作者: みゃお


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6/11

仲間じゃないけど、隣にいる


 Dランクに昇格した翌日。蓮は初めて、ダンジョンに行かない一日を過ごした。


 理由は単純。ボス戦の疲労がまだ抜けていない。エピック装備の大剣を手に入れたは良いが、重すぎてまともに振れない。体がステータスに追いついていないのだ。


「今日は休養日だ」


「了解です。合理的判断です」


 アナライザがいつもの調子で頷いた。


「やったー! お休み! レンくん、街を歩こうよ!」


 クラフトが目を輝かせた。


 そもそも蓮はテルミナの街をろくに知らない。ギルド、宿、ダンジョン——その三角形を往復するだけの日々だった。冒険者としては普通かもしれないが、この世界で暮らしている実感がない。


「まあ、たまにはいいか」



    * * *



 テルミナの街は、蓮が思っていたより大きかった。


 メインストリートには商店が並び、朝から人で賑わっている。果物屋、武器屋、薬屋、服飾店。屋台からは串焼きの煙が上がり、香ばしい匂いが漂ってくる。屋台の看板には「串焼き 10ルト」。日本円で百円ぐらい。


 蓮のポケットには、昨日のボス報酬で得た装備を除いても、まだ八千ルトほど残っていた。日本円にして八万円。数日前まで十五ルトで途方に暮れていたのが嘘のようだ。


「レンくん見て見て! この石きれい!」


 クラフトが宝石屋の前で足を止めた。ショーウインドウに並ぶ鉱石を食い入るように眺めている。


「あの青いのはラピスラズリです。魔力増幅効果があるため、装備の素材として——」


「アナライザは情報屋か」


「事実を述べているだけです」


 蓮は二人を連れて歩いた。クラフトは市場の素材屋を片っ端から覗き、アナライザは書店と古書店を見つけると中に入った。


「アナライザ?」


 声をかけると、アナライザは棚から分厚い本を引き抜いていた。


「この世界の歴史書です。ダンジョンの成り立ちについて記述があります。分析データの補完に有用です」


「お前、本読むのか」


「データの取得方法は戦闘だけではありません」


 蓮は少し驚いた。考えてみれば、アナライザは「分析AI」だ。データを集めることが本能のようなもの。戦場だけでなく、図書館や書店もデータの宝庫なのだろう。


「好きなだけ読んでていいぞ」


「……ありがとうございます」


 アナライザの声が、ほんの少しだけ柔らかかった。



    * * *



 昼前、クラフトが「お腹すいた!」と騒ぎ始めた。


「お前ら、食事する必要あるのか?」


「必要じゃないけど、食べたい! あの串焼きの匂い、ずっと気になってたの!」


「AIに食欲があるのか……」


「感覚のシミュレーションです」


 アナライザが補足した。


「味覚データを取得し、素材の品質評価に活用できます」


「つまり仕事の一環だと」


「……そういうことにしておいてください」


 蓮は三人分の串焼きと焦豆汁を買った。30ルトと60ルト。合計九十ルト。日本円で九百円。安い昼食だ。


 広場のベンチに座って食べた。クラフトは串焼きを一口噛んで「おいしーっ!」と跳ねた。アナライザは静かに味わい、「この肉は2階層産のロックリザードの尾肉です。品質B」と分析していた。


「ねぇアナライザ、その分析やめて食べた方がおいしいんじゃない?」


「味覚と分析は並行処理です。問題ありません」


「それ絶対味わってないでしょ」


 ——なんだろう、これ。


 蓮は二人を見ながら思った。


 前世で「AIなしで仕事できるのか」と言われた。AIはツールだ。便利な道具。そう割り切って使ってきた。


 でも今、隣で串焼きを食べてるこいつらは——ツールなのか?


「レンくん、この串焼きのタレ、クラフトで再現してみようか?」


「やめとけ。ハルシネーション起こして毒物ができる」


「ひどい! 失敗は一回だけじゃん!」


「スライム作ったのは忘れねえよ」


「あれは——あれはレンくんの指示が悪かったの!」


 アナライザが横で小さくため息をつき、それからわずかに口元を緩めた。


 この掛け合いは、なんだか——前世の職場の昼休みに似ていた。



    * * *



 午後。


 蓮が装備屋で新しい軽量の剣を見ていた時、背後から声がかかった。


「よお」


 ガルドだった。鉄の牙の二人は連れていない。一人で装備屋を覗きに来たらしい。


「……お前もここに来るんだな」


「そりゃ来るだろ。装備は命綱だ」


 気まずい沈黙。


 昨日の一件——ボスをあっさり倒された屈辱は、ガルドの中にまだあるだろう。蓮はどう接していいかわからなかった。


 ガルドの方が先に口を開いた。


「……あの化け物の関節が石灰岩だとか、どうやってわかったんだ」


「パートナーが分析した。地質組成まで見えるんだ」


「パートナーって、あの銀髪のか」


「アナライザ。分析特化のAI——いや、精霊みたいなもんだ」


 ガルドは腕を組んで考え込んだ。


「俺たちは力で斬ろうとした。お前は情報で勝った。……そういうやり方もあるんだな」


「力がないからな、俺は。情報がなきゃ戦えない」


「謙遜すんな。情報を読んで、正確な指示を出す。それだって才能だろ。——俺にはできねえ」


 蓮は少し驚いた。昨日までの敵意むき出しのガルドとは、だいぶ印象が違う。


「……お前、意外とまともだな」


「意外ってなんだよ」


「最初のイメージが最悪だったんだよ。いきなり『身の程を知れ』って絡んできたじゃん」


 ガルドが顔を赤くした。


「あれは……その。新人がいきなり深い階層に行って死んだら寝覚めが悪いと思って——」


「え、心配してくれてたの?」


「うるせえ!」


 蓮は笑った。こいつは不器用なだけだ。


「なあ、ガルド。お前ら鉄の牙、岩鬼将軍にはどのくらい挑んだんだ?」


「三回だ。三回挑んで、三回とも鎧を破れなかった」


 三回。パーティが壊滅しかねない相手に三回。


「……根性あるな」


「根性しか取り柄がねえからな」


 ガルドが苦笑した。その笑い方は、思ったより人間臭かった。


「お前のやり方、少し教えてくれねえか。分析とか、弱点の探し方とか」


「俺のやり方はAI前提だから、そのまま真似はできないけど——考え方なら教えられるかもな。『力で殴る前に、まず観察する』ってだけの話だ」


「……ああ。そうだな」


 ガルドが手を差し出した。その手は一瞬、迷うように震えた。


「仲間、とは言わねえ。だが——隣にいてもいいか」


 蓮はその手を握った。


「別にいいよ。俺も一人じゃ心細かったし」


「お前、バディが二人もいるだろ」


「AIと人間じゃ、また違うだろ」


 ガルドが一瞬きょとんとして、それから大きく笑った。


「違いねえ」



    * * *



 夕方。宿に戻った蓮は、ベッドに転がって天井を見上げた。


 窓の外から、街の喧騒が聞こえてくる。


 テルミナに来て——もう十日ほどになる。最初の三日は待合所の木のベンチで雑魚寝だった。200ルトの相部屋に移り、今は500ルトの個室に泊まっている。日本円で五千円。前世のビジネスホテルより少し安いぐらいか。


 食費が一日150ルト。消耗品が50ルト。宿代と合わせて一日700ルト。月にすると約二万ルト——二十万円。前世の家賃とトントンだ。


 Dランクになった今の稼ぎなら、余裕で暮らせる。


「マスター」


 アナライザの声がした。部屋の隅で、借りてきた歴史書を読んでいた。


「なんだ?」


「……お聞きしたいことがあります」


 珍しい。アナライザの方から質問するのは初めてだ。


「マスターは、この世界に順応するのが早すぎると思いませんか」


 蓮は目を向けた。


「自分でも思ってた。前からちょっと不思議だったんだ。普通、知らない世界に放り込まれたらパニックになるだろ。でも俺は初日からかなり冷静だった」


「はい。また、言語の習得も不自然です。この世界の言葉はマスターの前世のいずれの言語とも構造が異なりますが、マスターは到着直後から完全に理解しています」


「……そう言われると確かにおかしいな」


「歴史書に一つ、気になる記述がありました。古代の文献に『選ばれし者は"機械の精霊"に導かれ、この地に降り立つ。言葉を与えられ、力を授けられる』と」


「選ばれし者……?」


「仮説です。マスターの転生が偶然ではない可能性があります。何者かが——意図的にマスターをこの世界に呼び、順応できるよう仕組んだとすれば、すべての辻褄が合います」


 蓮は天井を見つめた。


 偶然じゃない、か。


 誰かが自分を選んで、この世界に送り込んだ。言葉を与え、冷静さを保てるようにし——AI召喚というスキルまで用意して。


「……その『何者か』って、お前の言う『機械の精霊』と関係あるのか」


「未確認です。しかし、もしそうだとすれば——私たちバディもその仕組みの一部なのかもしれません」


 アナライザの声は、いつもより静かだった。


 蓮はベッドから起き上がり、窓の外を見た。ダンジョンの黒い塔が、夕焼けの空にそびえている。あの塔の中に——答えがあるのかもしれない。


「ま、今すぐ答えが出るもんじゃないだろ。明日からまた潜る。今日は寝よう」


「はい。——おやすみなさい、マスター」


 それは、アナライザが初めて言った「おやすみ」だった。


 蓮は少し驚いて、それから笑った。


「おやすみ、アナライザ」


 仲間、というにはまだ早いかもしれない。でも——隣にいる。それで今は、十分だ。


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