不穏なボスコの街!
澄みきった青空の日曜日。
アリーチェは商人ギルドのダニエラに会いに来ていた。
ルカが村に帰ってしまい笛を吹く人がいないので、神楽が出来ない事の報告だ。
まあアリーチェとしては、同学年に姉が居なさそうなのは確認出来たのでもうボスコで神楽をやる意味が無くなったのもあった。
「今はルカパパがいなくて出来ないけど、戻って来てもボスコではもうやらなくていいかなと思ってるの。目標は全世界の同学年に見てもらう事だから」
「そうですか……全世界の同学年ですか、また変わった目標ですね」
「わがまま言ってごめんなさいダニエラさん」
「いえ、アリーチェ様のご意志が大切ですから。今後も私のアリーチェ様への協力は変わりませんので、何か困った事がありましたら仰って下さい」
「うんありがとう。ところでここに来るまでの街が騒がしい気がしたんだけど、何かお祭りでもあるの?」
「それは街の警備が厳重になったからでしょう。ボスコ領内の街道に魔物が現れまして、何人もの商人が襲われたのです。その魔物への警戒で街の警備が増やされたのです」
「結構危険な事になってたんだね。どんな魔物が現れたの?」
「はい、Bランクのワイバーンが現れたと聞いております。今は領主様の依頼で冒険者が偵察に行っている筈です」
ゴーレムより1つ上のBランクかと悩むアリーチェ。
「冒険者ギルドへのワイバーン討伐依頼じゃダメなの?」
「ええ、ワイバーンは空を飛び尻尾に毒を持ちブレスも吐くので、BランクPTでも中々難しい相手なのです。AランクPTなどは依頼の多い王都に集まりやすく、地方のボスコにはBランクPTが1PTしかおりません。そのPTも今は王都に行っていて不在なのです」
「あらっそうなんだ………ボスコのベスト7ならいけるんじゃない?」
「ああ、あれですか………確かにベスト7もBランクですが、全員現役時代であれば何とかなったでしょうが今は皆様歳なので無理だと言わざるを得ません。街の方たちは現役時代の強さで盛り上がってるだけですから」
「なるほど………」
「領主軍団長たちでしたら、ワイバーン1体なら勝てるでしょうが、街の防衛の為に出る訳にはいかないのです」
「ふぅ~ん、勝てるのに出ないんだ…………んっ?1体なら?」
疑問だらけのアリーチェ。
「はい、現れたワイバーンは群れらしいのです。その場合リーダーは強い個体なのが普通なのでまずは正確な情報が必要となります。その上で討伐隊を結成する事になるでしょう。冒険者ギルドを通して王都に居るAランク冒険者に依頼する可能性もありますね」
「今ボスコはかなり危ない状況なんだ……」
「ええ、ワイバーンの群れがボスコに飛んで来ないと良いのですが………」
(Bランクの群れが飛んでくるって聞くと確かに不安ね……)
* * * * *
アリーチェはその夜、アパートで精霊たちに相談していた。
「と言う状況なの。みんなだとワイバーンの群れと戦えるの?」
イフリートが嬉しそうに話す。
「戦えるぞ!俺たち精霊は1人の強さではCランクくらいだが、アリーチェから魔力さえもらえればずっと戦えるから、Bランクも長期戦に持ち込めば勝てるぞ。勿論ワイバーンのリーダーは俺がやる!」
最後のセリフは聞きながすアリーチェ。
「なるほど、じゃあ1体に2人で戦えば確実に勝てるかしらね。精霊は10人だからワイバーン5体なら問題無しって事ね………」
イフリートの話しは参考になるかならないか微妙だったので、アリーチェは他の信頼の置ける精霊に聞こうとした。
「一応ウィスプにも相談してみようかしら」
アリーチェの後ろからズイッと顔を近づけるルナ。
「アリーチェ様、あんな無知で性格難ありの女などに相談する必要など御座いません。私にお任せ下さい」
性格に難がありそうなルナが後ろに現れた。
「………ルナは詳しいの?」
「もちのろんで御座います!ずっと暇だったので全ての魔法の勉強と研究に明け暮れていましたから…………ずう~~っと誰にも召喚されず暇で………」
ルナに同情するアリーチェ。
「そう…………寂しかったのね。分かったわ。じゃあ精霊2人作戦でワイバーンの群れに勝てそうかな?」
「はい問題ないかと思います。ワイバーンには空を飛ぶというアドバンテージがありますが、精霊はある程度の空中戦もこなせますので問題ありません。もしも魔物の数が多くて精霊2人作戦が面倒でしたら、アリーチェ様が神級魔法をぶっ放せばワイバーンの群れなど即殲滅です」
「神級魔法で殲滅って………今のアリーチェで大丈夫なの?」
「はい!アリーチェ様ならどの神級魔法でも1度はお出来になります。どの神級魔法にするか次第では魔物もろとも森も山も無くなります!いやあぁ~アリーチェ様の力を思い知れってんだ!この世界の者どもがあぁぁぁ~~っ!」
ルナは拳を握り締めて窓の外に向かって吠えていた。
「…………分かったわ。地形が変わる様な魔法を使う訳にはいかないから、精霊2人作戦で頑張ってもらうわ。ありがとうルナ」
神級魔法の売り込みが失敗に終わり残念そうなルナ。
「はっ!恐縮に御座います」
(次はもっと上手く売り込まなくてはアリーチェ様の神級魔法が拝見できない。アリーチェ様の気持ちに添ったプレゼンの研究が必要だわ)
(神級魔法って地形が変わる程なのね……今まで魔力が足りないって感じた事は無いけど、今のアリーチェの魔力量でも神級魔法は1度なんだ…………色々と大変そうで使う訳にはいかないわね)
* * * * *
そして数日後……
ワイバーンを偵察に行ったPTが戻ってきた。
現時点ではまだ公表されない情報を、商人ギルドのダニエラさんから聞くアリーチェ。
「ワイバーンの数は全部で7体、内1体がリーダーだそうです。ワイバーンの群れはボスコと東の街モンテラーゴの中間に位置する山麓にいるようです」
「ふむ……」
それを聞いて考え込むアリーチェ。
(7体か………ちょっと多いな。でも勝てない数じゃないわね。精霊何人かに1対1で時間稼ぎをしてもらってる間に数を減らせれれば何とかなるわ。なんてったって10人居るんだから大丈夫でしょ)
考え込んでいるアリーチェを見て、心配していると思ったダニエラ。
「大丈夫ですよアリーチェ様、領主様が王都のAランクPTへの依頼を冒険者ギルドに出したそうですから1週間もすれば解決してくれると思いますよ。街はまだ厳戒態勢のままですがそれまでの辛抱です」
「ほぉ~、AランクPTが来るんだ」
(じゃあワイバーンを倒しに行く必要も無いか)
Aランクの冒険者PTは意外と少ない。
レベルが上がる程必要な経験値は増えて、BランクのLV40代ではレベルを1上げるのに1年以上かかるのが普通であり、大きな怪我や命を落とせばそれまでである。
冒険者の全盛期は20才~50才くらいで、それを過ぎると衰えていく。
それにBランクのLV40代となれば色々な所から声がかかり仕事に困る事は無く無理してAランクのLV50を目指す必要が無いのだ。
ただ、王侯貴族など国を治める側の者たちは別で、AランクやSランクの魔物から民を守るのも役目なので、無理をしてでもAランクのLV50やSランクのLV60を目指す。
現在世界にはSランクの者がPTを組める程いないのでSランクのPTは無かった。
つまりAランクのPTが最高なのだ。
AランクPTは数PTしかなく、その中で最も上位なのが、有事の際に各国の王や教皇が集まって作る国際PTだ。
このPT、本来ならSランクの筈なのだが王族の中にSランクに到達していない者が居てSランク認定されていないので今はまだAランクなのだ。
頼りになるAランクPTの1つにドラゴンの咆哮がいる。
王都を拠点とし純粋に強さを求める者が集まってPTになりAランクに達した4人PTだ。
しかしそのドラゴンの咆哮も、依頼の為に隣国へ遠征中で王都にはいなかった。
冒険者ギルド長のコルネリオは、魔道具でギルド間通信を行い王都の冒険者ギルドと話しをした。
AランクPTをお願いしようとしたがドラゴンの咆哮が戻るのは1ヶ月後だそうで、それまでは王都にいたソロのAランク冒険者剛腕のジャンに来てもらう事にした。
次の日、商人ギルドでダニエラさんにその事を教えてもらっているアリーチェ。
「ですので、Aランク冒険者剛腕のジャン様が、1ヶ月後のドラゴンの咆哮が来るまでの間ボスコを守ってくれるようです」
「PTじゃなくて1人?……剛腕のジャンって人だけで大丈夫なの?」
「話しには聞いたことがありますがとても強い方だそうです。魔物のせいで奥様を亡くされてから、復讐の為にソロでLV50までになった無茶な方です」
「無茶って」
「ワイバーンの群れと聞いて2つ返事で依頼を受けたそうですよ。一人で倒しに行ってきてもいいのか?って聞いてきたそうです」
「それこそ無茶じゃない?」
「コルネリオギルド長も言ったそうです。それに対してジャン様が言うには、1体ずつならBランクだろ?だそうです」
「はは、確かに無茶なタイプね」
「でもAランクまで到達した凄い方ですから勝てる自信がお有りなんでしょう。私もお会いするのは初めてなんです、剛腕のジャン様とは実際どんな方なのでしょうね。きっと立派なお身体をされているのでしょうね………」
うっとりとした表情のダニエラを見ながらアリーチェは思った、
(そっか、ダニエラさんは筋肉フェチだったわ………)
「貴重な情報をありがとダニエラさん」
ダニエラは暫く夢の中から帰ってこなかった。
* * * * *
その夜アパートで精霊たちに事情を説明した。
「って事だからワイバーンと戦わなくて大丈夫になったの、心配かけてゴメンねみんな」
イフリートが訳の分からない事を言い出した。
「なにを流暢な!そんな奴待たなくても我々で倒せば済むじゃないか!こんな楽しい事を人に譲るなどありえん!今も街は危険なんだぞ!ああ!ワイバーンがここに向かって飛んで来るのが分かる!俺には分かるぞ!早く倒さないと街が危ない!」
「ははっ、また訳の分からない事を………」
苦笑いのアリーチェ。
ルナが冷静に話しをする。
「その冒険者が街を守ってくれるとしてですね、ワイバーンが襲ってきて街が戦いの場になれば全てを倒す間に街に被害が出るんじゃないでしょうか。そしてそのジャンってのが1人で戦ったとして、空を飛ぶワイバーン6体とリーダー相手に本当に1人で勝てるか疑問ですね」
イフリートは突然味方が増えて嬉しそうだ。
「そうだろうそうだろう、だから言ったんだよ。流石ルナは分かってるな!おっルナは分かってルナでシャレになっちまった。ははっ、じゃあ奴が来る前に俺たちで倒しちまおうぜっ!」
「私は別にジャンとやらの実力が分からないだけであって、アリーチェ様を危険に晒すのには反対です」
味方だと思ったルナがやっぱり敵だったので、シュンとするイフリート。
「あぁ……ルナは分かってないルナ………駄洒落がダメだったのかな………」
ルナの言ってる事には一理あり、街が危険に晒される可能性があるのでアリーチェは心配になった。
「ん~それじゃあ、今度の土曜日にワイバーンの様子をみんなで見に行ってそれで考えましょう」
落ち込んでいたイフリートが俄然元気になる。
「流石アリーチェ!やる時はやる女だと思っていたぞ!まぁワイバーンを見たら真っ先にぶん殴っちまえば…………フフフッ」
アリーチェは戦うとは言ってないが、イフリートは100%戦うつもりだった。
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