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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
29/110

5

 取りあえず母に鬼を抜きにした経緯、腹痛を訴えたら大袈裟に対応されて下校を勧められたという旨を伝える。


「主、何故角欠けがここに居る?!朝出て行くときは確かに封印されたままだったではないか!」

「ふん、相変わらず図々しい。妃芽は僕の主だ。馴れ馴れしく話しかけるな」

「はっ!誰が誰の主だと?妄言を吐くのも大概にしろ、人の主の名を気安く口にするな。消し炭にされたいのか?」

「一度僕に負けているくせに大層な口をきくじゃないか。それともお前のお粗末な頭は都合の悪いことを覚えていられないのか?」

「無様に封印された間抜けな角欠けが吠えるではないか。儂は負けてなど居らぬわ」

「その不快な呼び方は止めろ、お前と違って僕には妃芽から賜った瑠璃という名前がある」

「おい、主!何故こんな性悪に名をやったのだ!汝は騙されておるぞ、正気に戻れ!!」

「身の程知らずの恥知らずが。妃芽を主と呼ぶな、そう呼んで良いのは僕だけだ」

「ふざけるなっ、名を賜ったのは儂の方が先だ!貴様こそ我が主に付き纏うでないわ!」

「…妃芽、この粗暴者が君から名を貰ったとほざいているのだけれど、どういうことか説明してくれないかい?」


 その間にも繰り広げられる背後の口論がとてもうるさい。

 母が私の体調を気遣う言葉を掛けてくれているようなのだがこの二人の口論のせいでほとんど聞き取れなかった。断片的に聞こえた単語に対して適当に相槌を打つだけになってしまったが一応会話として成り立っていたらしく、母が私に部屋で休むようにと促してから家の中へと戻っていく。

 それを確認してから私は二人の方を振り返った。


「あのさ、私もちょっと状況がよく分からないから…出来れば落ち着いて、喧嘩しないで、二人の話を聞きたいんだけど…大丈夫?」


 二人の様子を伺いながらおそるおそる口を開けば、二人は互いに互いを睥睨した後に口元を率い結び盛大に顔を背けた。これは肯定なのか、それとも否定なのか。せめて返事くらいはして欲しいのだが。いや、どちらかが返事をすればそれに対してもう片方が突っかかりそうだから、あえて二人とも口を閉ざしているのかもしれない。だとすれば喧嘩をしないでという私のお願いを聞いてくれているということで良いのだろうか。

 取りあえず母の言葉に便乗して自分の部屋へと向かう。後ろに続く鬼二人がどちらが先についてくるかで更にもめていたけれど私が口を出すとややこしいことになりそうなので気付かないふりをしてそのまま二階へと上がった。


「……」

「……」


 そうして部屋にやって来た二人は距離をとって目を合わせないように互いに逆方向を向いている。それだけならば空気が悪いだけなのだが、その悪い空気は肌を刺すような殺気でぴんと張りつめている。


「取りあえずお母さんに聞かれたくないから、どっちかで良いから外に音が聞こえないようにしてくれないかな」


 私がそう言い終わるよりも先に二人が動き出す。どちらかで良いと言ったのに二人とも相手に任せるという選択肢は無いらしい。

 瑠璃がキセルをくわえ、その間に先に紅玉が扇子を広げ腕を振る。すると私と紅玉だけを囲うような透明な壁が出現した。そして当然のように瑠璃は壁の外側に居て、紅玉はしてやったりと言わんばかりにふんっと鼻を鳴らし綺麗に口角を吊り上げる。違う、そうじゃない。


「紅玉、ちょっと…」


 咎めてやり直すように言おうと口を開いたところで紅玉が急に無表情に変わった。それはまるで私の上書きされた目を見た瞬間のようで。見れば紅玉が作り出した壁が氷が溶けるようにして消えていく。それはまるでついさっき瑠璃が家を囲う壁を消して見せたときのようで。

 よくよく周囲を見回せば部屋の壁に沿うように薄く煙が漂っている。紅玉と違って紅玉だけを外に出すようなこともしていない。瑠璃の方が紅玉よりも冷静で状況の判断が出来るらしい。


「どこぞの馬鹿は君の言葉の意味を理解するつもりが無いようだ。あるいは理解するだけの頭が無いのか…」

「は?」


 そう思っていたのに。瑠璃の挑発に紅玉が美しい顔を歪めて青筋を立てる。

 喧嘩しないでって言ったのにどうやらどちらも聞く気は無いらしい。

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