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現在地は保健室。カーテンで仕切られたベッドの上。
私は何故か正座をして鬼の青年と真正面に向き合っている。
あの後、倒れた理由を先生に聞かれて急な腹痛に襲われたと咄嗟に嘘をついたら血相を変えて保健室に行くように言われてしまった。状況的に有り難かったけれども何をそんなに慌てているのかと首を傾げ、先生が救急車は要るかと聞いてきたところでそう言えば私は腹を切られて入院していたんだったと思い出す。迂闊だった。先生に余計な心労を掛けてしまった。せめて頭が痛いと言っておくべきだったと反省している。頭が痛い状況なのは事実だったのだし。
保健室の先生はそれよりも少し冷静で、少し休んで異常が続くようなら言うように、と言ってベッドを貸してくれた。その際、状況によっては下校するように、とも言っていたが、帰宅したら帰宅したで青年と紅玉が鉢合わせてしまう。どうしよう。
「さて、ようやく落ち着いて話が出来る」
青年がふっと煙を吐き出すと彼と私を包むように周囲に煙が漂う。何となく周りの音が聞こえ難くなったので多分防音かなにかの術なのだろう。ここに来るまでの間必要以上に話しかけてこなかったし、こういう気遣いが出来るのは大変素晴らしい。紅玉なんて私が他の人と話していようが何していようがお構いなしに話しかけてくるし、彼女が防音の術を使ったのは一回だけ、青年に目の術を書き換えられて帰った時のみである。それまでそんな便利な術があることすら知らなかった。
「えっと、あなたは…」
「瑠璃だ」
ん?と、予想していなかった遮り方に口を噤む。青年は少しだけ不満そうな顔をして言葉を続ける。
「君が僕に付けたんじゃないか。瑠璃、と。どうか名前で呼んでくれないか」
「…付けておいてなんだけど、嫌じゃない?女性みたいな名前だし」
「まさか。元々自分がこの名前を持って生まれたんじゃないかと思えるほどにしっくりと来て気に入っている。他の名前は考えられない」
予想外に気に入ってしまっている。どうしよう。名前の由来が由来なだけになんとも言えない。取りあえず彼の名前の由来がゲーム上のアイテム瑠璃の杖だと言うことは墓まで持っていかなくてはならないことだけ理解した。
「瑠璃」
「何だい?」
名前を呼んだだけなのに瑠璃は心底嬉しそうに頬を緩める。この穏やかな表情だけを見ると紅玉と殺し合いをしていたことが嘘のようだ。
「封印、どうやって解いたの?紅ぎょ…えっと、赤い鬼があの封印は内側からはどうにもならないって言ってたんだけど」
「…あの単純頭と同じ解を出すのはとても不本意だけどその見立ては正しい。あの封印は中からの術を一切通さなかった。解いたのは僕じゃない」
てっきり紅玉の見解が間違っていて瑠璃が自力で解いたのかと思ったのだが、封印を解いたのは彼ではないらしい。じゃあ、他に誰が?紅玉、は家に居るはずだし、そもそも瑠璃の封印を解くことに関して非協力的だった。クラスの中の誰かが?でもそれなら影から瑠璃が出てきた時に何らかのアクションがあって良さそうなものだ。封印自体が不完全なものだったとか?それならばあり得そうである。紅玉の封印で使われていたお札を使いまわしていたのだし、瑠璃が術を直したとして多少のほころびがあっても仕方の無いことだろう。
そんなことを考えていると瑠璃のキセルの先端が私へと突きつけられた。
「封印を解いたのは妃芽、君だ」
「はい?」
意味が分からず首を傾げる。そんなことはしていない。そんなことが出来るんだったら私は入院中にさっさと封印を解いてお札を影から剥がしている。
瑠璃は驚く私に驚いた様子も無くキセルを一口吸った。今更だけど学校内は禁煙なのに平然と吸っている。どうせ大多数には見えないだろうし、見えたとしても鬼が人間の常識に従うとも思えないだろうから言及はしないけれども。
「自覚が無いようだしそれについては追い追い説明するよ。一度に説明しても混乱するだろうしね」
随分とあっさりした瑠璃の態度に拍子抜けする。そもそも私に対する態度が少し変だ。封印が解けた瞬間に死を覚悟するような殺気を感じたからてっきり封印されたことに対して恨んでいるのだと思っていたのだが。
「その、怒ってないの?結果こうして出られたとはいえ、封印しちゃったのは私だし…」
恐る恐る尋ねてみれば瑠璃は質問の意図を理解出来なかったようで少しだけ眉根を寄せ、そこから私の気まずそうな態度を見て遅れて、ああ、と納得したように笑う。
「怒ってないよ。封印が解けた時はあの図々しい鬼がまだ妃芽の側をうろついている可能性があったから警戒していただけで、君に対してじゃない。…まあ、封印されたことに思うところが無いわけじゃないけど、その内解けることは分かっていたしね」
解けることが分かっていたとはどういうことだろう。瑠璃が術を直すときに時限性に書き換えていたとか?でもその時点では自分が封印されるなんて思っても居なかっただろうし、そんな保険をかける意味が無い。それにさっき私が封印を解いたと言っていた気がするのだが。
新たな疑問を抱いた私をよそに瑠璃の目元に喜色が滲む。
「今こうして君のもとに居る鬼が僕だけなら、それで良い」
瑠璃は満足そうに笑ってそう言った。それを聞いて私は安心するどころか冷汗が止まらない。
今この場には居ないけれど、家に帰れば紅玉が居る。鬼は瑠璃だけではないのである。どうしよう、ただでさえ瑠璃は紅玉のことを嫌っているのに。紅玉も瑠璃のことを嫌っているのに。どうしよう。本当にどうにかしなくては、下校までに何とか対策をしなくては。何かいい解決策は無いか。
そんなことを考えている間に瑠璃が仕切りのカーテンを開けてベッドから下りる。カーテンを開けた途端私たちを包んでいた煙が霧散して遠のいていた音が戻ってくる。やはり防音目的の術だったみたいだ。
「取りあえず後は妃芽の家で話そうか。さっき教師が状況によっては帰って良いと言っていたんだし、お言葉に甘えるとしよう」
当然のように帰る流れになっている。どうしよう、帰りたくない。




