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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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 模様が浮かび上がった地面から包帯のような物が神様へ向かって伸びてくる。神様は咄嗟にそれを避けるように動くが地面のみならず何本もの包帯が四方八方から神様を目掛けて伸び、腕に、足に、首に、胴に、神様の動きをその場に縫い留めるように巻き付いた。


「な、んだっ、コレは?!」

「お前が最初に燃やしてくれた術式だよ。戦いながら組み直すのは結構骨が折れたけど、なかなかどうして見事なものだろう?鬼狩りの罠を参考に原型は大規模なものだったからもう少し手軽にしてみたんだ」


 青年が悪辣な笑みを浮かべて拘束された神様のもとへ歩いていく。


「殺傷能力はほぼ無いがその分強固で幾重にもなっているから身動きすらままならないはずだ」

「ふざけるな!こんなものっ!!」

「はははっ、止めた方か良い」


 神様が腕に巻き付く包帯を無視して扇子を持つ手を振り上げようとすると更にどこからかまた新たに包帯が伸びてきて神様の腕に、顔に、腰に、きつく巻き付いた。それを見た青年は心底面白そうに声を上げて笑う。

 

「術の発動を感知すると阻害してくるんだ。解除するには感知されないレベルで外側から術式を破壊していくんだけど、火力調整も出来ない粗悪品にはまず出来ないだろうね」

「くそ、小賢しいっ…んぐっ!!」


 何かを叫んでいるのか神様のくぐもったような声が包帯の下から聞こえてくる。その間にも抵抗しているらしい神様の体に巻き付く包帯の数が増えていき、やがてそれは神様の姿が見えないほどになった。

 神様が抜け出せないことを確認すると青年はこちらへ振り返り私の居る方向へと近づいてくる。


 青年が落ちていた腕を拾い、切り落とされた傷口に切断面をくっつけた。ぐちゅりと水っぽい嫌な音をさせながら腕の向きを調整するように変えて、やがて指先が動いたところで青年は手を離す。すると腕は切り落とされていたことが嘘みたいに繋がっていた。

 信じがたい光景に青年の腕を凝視していると、彼は苦笑いを浮かべながら歩み寄ってくる。


「待たせてすまない、無様なところを見せたね」


 穏やかに微笑むその笑顔に恐怖を覚える。神様と戦っていたことも、神様を捕らえたことも、自分の腕が取れたことも、おそらくこれから神様を殺すことでさえも。彼にとっては私を待たせることよりも些細なことなのだ。その考え方の違いに到底分かり合えない溝のようなものを感じて背筋が寒くなる。


「その、神様は…」

「大丈夫、少し手間取ったけどああなれば抜け出せない。勝手に暴れてくれているみたいだし三日もすれば完全に動けなくなるはずだ」

「…動けなくして、どうするの?」

「鬼にとって角が重要な部分だというのは話したよね?その角を、付け根から折る」


 角を折る。そう聞いて真っ先に青年が自分で折った部分を見た。すると彼は私を安心させるように笑みを深くする。事実としてさっきの戦いを見ていなければ危うく絆されていたことだろう。


「心配はいらないよ。この程度なら後から補えば直せるから。…ただ根元から折られるとそうはいかない、力の大半を失った鬼は体を保てなくなって消滅する」


 消滅。どうしてこんなことになっているのか分からないけども、流石にそれが意味するところを分からないほど馬鹿ではない。言い表しようの無い不快感がせり上がってくるのを抑えるように腹部の服をぎゅっと握りしめる。


「殺すの?」

「勿論。そのために君に連れてきてもらったんだ」


 やはり笑顔を崩さずに、青年は平然と信じられないようなことを言う。彼は最初からそれが目的だったんだ。

 きっと騙されたと思うのは筋違いなのかもしれない。これまで神様や青年に対して違和感や不快感を時折覚えていたように、多分鬼と人とではものの考え方が違う。それでも裏切られたと思ってしまうのは青年が、少なくとも私には優しくて、信頼しても良いと思える人物だったから。そんなことをする人物じゃないと信じたかったから。


 そしてその笑顔のまま座り込んだままだった私へと、何事も無かったかのように手を差し伸べてくる。

 私はその手を取らずに一人で立ち上がった。

 差し出した手の行き場を無くして少し驚いた表情を見せる青年に向き合い、ゆっくり深呼吸をして、聞き取れるようにゆっくりはっきりと声を絞り出した。


「お願い、神様を殺さないで」


 そこで初めて青年が笑みを消した。怖い。それまで私には笑顔を向けてくることの方が多かったから尚更だ。怯みそうになるのを堪えて彼の青い目をまっすぐに見つめる。


「何故?」

「だって、知らない仲じゃないし…確かに態度は悪いし、ちょっとどうかなって思うところもあるけど、だからって殺すことないでしょ?そもそもあなたが神様を殺すつもりだって知ってたら私は連れて来なかった」

「妃芽。君はあの粗野な鬼が死ぬことに心を痛めるようだけど、それは不要なことだ。鬼同士は基本的に顔を合わせれば殺しあう。けどそれは君が気に病むようなことじゃないし僕もあの鬼も承知の上だ。あの鬼だって戦う意思が無ければ呼び出しに応じなければ良かっただけの話で、こうして負ければどうなるかくらい分からないわけじゃない。情けをかける必要は無いよ」


 しどろもどろになりながらも答えれば青年は困ったように眉尻を下げ、それから聞き分けの無い子供にそうするように少し語調を強めて、けれども優しく言い聞かせてくる。まるで私の方が間違っていて、それこそ聞き分けの無い子供が駄々を捏ねているかのように。

 実際に彼からしたら私なんて子供みたいなものだと思う。生きてきた年月も知識も経験も、きっとこの鬼の前では赤ん坊も同然だ。だからって経験豊富な大人の言うことが全て正しくある必要も、子供の駄々が全部間違っている証拠も、そんなものはどこにも無い。


「鬼の常識なんか私は知らないし、必要とか不要とか、それは私が自分で決める。だから、殺さないで。お願い」


 私の言葉に青年は再び表情を消し、感情の読み取れない青い目をすっと細めた。

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