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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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 推理もののドラマって開始四十五分後から見るべきではないと思う。いや、推理ものに限らず途中から見ることを想定されていないドラマがほとんどなのだろうけど。お前が犯人だったのか、みたいな流れになっているんだけど私からしたらお前はそもそも誰だという話で。恐らくフラグが立っていたであろうシーンが数秒ほどカットインしてくるが当然見覚えが無いシーンだからそんな場面が序盤で会ったんだろうなくらいの感想しか持つことが出来ない。

 紅玉が私にここはそういう場面でこの犯人は中盤でこういう失言をしていてとちょくちょく注釈を入れてくる。多分このドラマは再放送で紅玉はこのドラマを視聴済みなのだろう。善意の解説なのだろうが状況把握を放棄している私からしたら余計なお世話だ。紅玉がここまで熱心に見ていなければとっくにチャンネルを変えている。もう何か、今はドラマより紅玉の秀麗な横顔を眺める時間になっている。正面からの紅玉も当然のように美人ではあるが横顔であってもまるで非の打ち所がない。すっと通った鼻筋や長いまつ毛が正面から見たときよりも際立っている。あ、紅玉ってまつ毛まで赤いんだ。初めて気づいた。


 スタッフロールを最後まで視聴し、ニュース番組に切り替わったところで紅玉がテレビ画面から私へと向き直る。


「さて、我が主よ。今の話から得られる教訓は何だ?」


 吃驚した。

 え?これ課題視聴だったの?

 やばい、全然見てなかった。


「……………犯罪はやめましょう、とか?」

「ふむ、人の子の考え方であればそれも正解だ。だが不正解だな。儂は鬼であり人間風情の決まり事は頓着せぬぞ」


 課題を見ていないなりに頑張って絞り出した答えはあっさりと切り捨てられた。

 要するに紅玉が求めている回答は一般的な善悪の価値観や法律、社会風刺的なものではなく、鬼である紅玉も納得出来る教訓ということか。確かに鬼である紅玉に人間の法律なんか説いたところで意味なんて無いのかもしれないけど。だって鬼に限らず野生動物が窃盗を犯したところで刑法で裁かれないし刑務所に入ったりしないし。でもこれは問題文に問題があると思う。問題を出す前に前提条件として提示するべきだ。

 しかし困った。法律や一般道徳の範疇に回答が無いのであれば登場人物の行動や発言の中に答えがある可能性が高い。ドラマの内容の大半を見ていなかったし既に内容を忘れている。


「わからない、降参」

「む…仕方ない。ヒントをやろう。刑事の大矢が車に乗り込むときに、」

「ごめん、ヒントを貰っても多分分からないから答えを頂戴」


 きっとヒントを貰っても刑事役が大矢という名前だったことしか分からない。時間の無駄である。

 さっさと答えを催促する私に紅玉は少し呆れた様子で、それでも文句を言わずに答えを教えてくれる。


「失言一つで己の身が危うくなることがあるということだ。主も上に立つ者として発言に十全に気をつけよ」


 嫌な教訓だなあ。今ニュース番組で頭を下げている政治家みたい。少なくとも一般的な学生にはなかなか縁のない教訓である。ひょっとすると大人になれば普通に暮らしていても必要なスキルなのだろうか。嫌だなあ、大人になるのが怖い。


「別に私は人の上に立つような生活してないんだけど」

「儂の主である以上、遅いか早いかの違いで他者の上に立つことは確定しておる」


 うわ、貧乏くじ。という言葉は声に出さずに飲み込んだ。これを声に出したら流石の紅玉でも怒るに違いない。

 私がもっと子供だったら或いは喜んだのかもしれないけども、高校生にもなれば人の上に立つ立場が威張って好き勝手出来るようなものではないということは分かってくる。権利には責任がセットで付いてきて、責任を果たさないで権利ばっかり主張していると陰に日向にボロクソに言われるのだ。中学一年生の時の校長先生がそうだった。翌年には違う先生が校長先生になっていた。


「出来る気がしない」

「ならば失言の一つで笑う者が居ないほど絶対的な王となれ」

「もっと出来る気がしない」

「なに、そんなに重く考える必要は無い。有益な者で周りを固め抗う者は潰し我が主は水先案内人として好きな方向を示すだけで、」

「あ、ごめん。独裁は無しの方向でお願い」


 それは長続きしないと歴史が証明している。世界史の成績はあまり良くないからうろ覚えだけども。そもそも王政なんて布くつもりないし。


「差し当たりの課題として我が主は会話の裏を読む癖をつけよ。今のように言葉を額面通りに受け取っていては何れ足元を掬われるぞ」

「そんなこと言われても…一応、不用意な発言はしていないつもりだけど」

「それでは不足だ。もっと相手を欺く心構えで臨め」

「えー…。それもう目的変わってる」


 詐欺に遭いたくないなら次に流行る詐欺の手法を考えろと言うようなものだ。既存の詐欺の手段ですら私には未知の領域だと言うのにあまりに無謀である。


「時に主は先程のあのちゃらんぽらんと愚物の会話をどの程度理解出来た?」


 ちゃらんぽらんと愚物。ハルちゃんと瑠璃のことか、あだ名と言うか普通に悪口。相手の名前を知らないわけじゃないんだからちゃんと固有名詞を使ってほしい。


「瑠璃が珍しく他人を褒めててお礼に繧繝衆の人を鍛えてやる、みたいな話じゃなかった?」


 二人の会話を思い返しながら答える。それにしてはハルちゃんが塩対応だったし瑠璃が最後に舌打ちしていたから変だなとは思っていた。ここまでの話の流れからして二人の会話には何か別の意味が含まれていたのだろう。


「そんなことだろうとは思っておったが。…最初にあの愚物が名乗りを上げた時点で奴は喧嘩を売っていたぞ?」


 え。と、私は目を丸くした。


「自己紹介しただけで?私、ここに来た時に普通に自己紹介しちゃってるんだけど」

「名乗ること自体は問題ではない。既に紹介を終えたのに再び名乗ることが問題なのだ」


 違いが分からない。

 私の無言の訴えを正しく理解したらしい紅玉は少々呆れながらも、良いか、と説明を始める。


「既に一度顔を合わせ紹介も終えた相手から『初めまして』と言われてみろ。相手を覚えていない、覚えるつもりが無いと言っているのと同義であろう。そこに悪意が無くとも不愉快なことを愚物は悪意をもってやったのだ。挑発以外の何物でもないわ」


 言われてみればそうかもしれないと思わないでもないけど。でもそれは瑠璃が意図的にやった場合の話。瑠璃がうっかり失礼をしちゃった可能性はない?

 うん、無いな。絶対無い。瑠璃がそんなうっかりをする訳が無い。絶対わざとだ。つまり紅玉の言う通り瑠璃は最初から喧嘩腰だったわけだ。


「で、繧繝はそれに何と応えた?」

「え?えっと、確か、名乗る必要は無いよな、とかなんとか?」

「必要の無い名乗りをしてくる相手に対して名乗る必要は無いとくる。敵ながら洒落の利いた切り返しだな」

「ハルちゃんは敵じゃないよ」

「それを受けて瑠璃は、何度名乗ろうが覚える気は無いから好きにしろ、と返したであろう?」

「そんな言い方だったかなあ」


 紅玉の言う通り瑠璃が喧嘩を売っていたのであればハルちゃんの塩対応にも納得できる。あと最終的に瑠璃が舌打ちしたことも。具体的な内容は分からないけど、きっと何かしら瑠璃の思い通りにいかないところがあったのだろう。


「あれ?でもおかしくない?瑠璃、ハルちゃんのこと褒めてたじゃん」


 私の言葉に紅玉は『何を言っているんだ』とでも言いたそうに顔を顰める。いや、そんな顔も美人だけどそんな顔をされても。だって瑠璃が言ってたんだから。紅玉だって一緒に聞いていただろうに何でそんな不可解そうな顔をするのか。


「私の身柄を受け入れてくれてありがとうとか、丁寧に扱うことを評価するとか言ってたよね?」

「あの場でそれを誉め言葉とするのは主だけであろうな…まず前提としてだが、儂と瑠璃はこの場所に御身が留まることを快く思っておらぬ。主がここに居たいと望むから滞在しておるが本来ならばすぐにでも出て行きたいところだ」

「そこは瑠璃と同じなんだ…」

「だから主の身柄を引き受けたことに関しては礼を言うどころか『余計なことを』というのが本音であろうな」


 その受け取り方は流石に捻くれ過ぎでは。


「あと、評価するとは言っておったが『高く』評価するとは一言も言っておらぬ」

「でも評価が低いとも言ってないでしょ?」

「主よ。評価すると言った時、他にも何か言っておったであろう」

「えっと、瑠璃が訓練してやるって言った話?」

「違う。下の者が繧繝に倣うと言ったところだ」


 ああ、そこか。それなら覚えてる。

 突然やって来た厄介者を受け入れてくれた上に衣食住の全てが高水準。その上こちらの要望で学校教育に代わる学習環境を提供してもらえる予定。繧繝衆の人々にはいろいろ迷惑をかけて申し訳ない気持ちはある。でもだからこそ、厄介者にこんな好待遇を用意してくれるハルちゃんを瑠璃は褒めたのだろうと思っていたのだけど。


「繧繝が鬼や術の説明役として寄越してきた者を思い返してみよ。あの無礼で生意気な態度ときたら…今思い出しても腸が煮えくり返る。汝は言いつけを素直に守り手を出さなかった儂を褒めるべきだ。その後に会った男の方もそうだ。仮にも客としてここに居る主にあのように不躾な物言いを。あれでよく主と同じ屋敷で寝起き出来るものだ、繧繝衆とやらには恥という概念がそもそも無いのかもしれぬ。そうでなければ恥ずかしくて部屋どころか布団から顔を出すことも出来まい。そうでなくとも繧繝とやらの妙に馴れ馴れしい態度に思うところがあると言うのに。大体主も悪いのだぞ」


 話始めると愚痴が止まらない。

 紅玉でさえこれなのだから、きっと瑠璃はもっと腹に抱え込んでいそう。


「待って。何で水鞠と桐島さんが出てきたの?これ、瑠璃とハルちゃんの話だよね?」

「瑠璃が言っていた『下の者』があの二人のことだからな。あの二人を引き合いに出し、貴様はあの二人と同じくらい無礼な奴だ、と言ったのだ」


 どうしよう。言葉は理解出来ているはずなのに理解が追い付かない。

 隣町に来たくらいの感覚だったんだけど、ひょっとして文化圏を越えてたの?


「でもハルちゃんの下の者?部下?って他にも居るよね?あの二人のこととは限らないんじゃない?それに瑠璃はお礼で繧繝衆の人を鍛えてやるって言ったのに、それじゃまるで、」

「鍛える相手として瑠璃はどんな条件を出した?そして繧繝は誰を差し出した?」


 瑠璃が出した条件は霊力が高くてある程度若い人。そしてハルちゃんが出してきた人は水鞠と桐島さん。

 ここまで説明されればいくら何でも偶然なんて言葉で片付けることは出来るはずがない。


「流石にもう分かっているだろうが、瑠璃の言った礼とはお礼はお礼でも『お礼参り』だ」


 紅玉が言っているのは神社とかでお願いしたことが叶ったご報告のことではないのだろう。

 お礼参り。つまり、仕返しだ。

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