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13-2

 唐突な質問だ。アクルは考える。彼女はいったいどこまで知っているんだ……? 銃口がくい、と上に向き直った。はやく答えろ、ということなのだろうか。


「……今、迷っているところです」

「どうして迷っているの?」


 どうしてだろう。アクルは無言になった。ただ理由もなく迷っている、と言うのが本音だ。あぁ、逃げ出したい、いっそ逃げるか、とアクルは考え始めた。しかし――どうやって?


「逃げるなんて考えないでね」


 アクルの心を呼んだように、少女の声が釘を刺した。はい、とアクルは答えるしかない。


「話を続けるわ……あなたは、得体の知れない何かに、絵空事のような団体に、身をゆだねるのが怖い、違うかしら」


 少女の声は、アクルに問うた。アクルは黙って考える。

 そうなのか? 自分に問いかける。分からない、どうしてか――確かに、言われてみれば、怖いのかもしれない。集団に属したことは無い。どうなるか予想もつかないものは……怖い。


「それとも、レイカが気になって、近付くのが怖い、とか」


 言われてアクルはぎくりとする。


「でも、レイカさんは俺に恋愛ができないって言いました! だから――」


 とそこまで、反射的に答えていた。その後、言葉が続かず「ぐう」と唸る。なるほど、と言った少女の声は、心なしか驚きの色を含んでいたようにアクルには思えた。


「レイカ、酒を飲んだでしょ」

「……そうですね」

「酒を飲んでぽろっと出ちゃったのね。あなたのことを信頼している証拠でもあるわ。少なくともレイカは、あなたにエストレージャに来てほしいって言ってたわよ」

「本当ですか……」

「本当よ。まぁ、恋愛感情云々は、私にはわかりかねるけど」

「すみません、さっきのは忘れてください」


 アクルは話しながら、どうやらこの布に包まれた少女はレイカの上司らしいと考えていた。姿を一瞬だけ見た……年端もいかない少女だったことは確かだ。しかし、口ぶりがあまりにも大人びている。レイカを部下として扱っているのも、今までの会話だけで十分に理解できた。


「あなたは一体――」


 言いかけて、アクルは口をつぐんだ。銃口が一度上を向き、また元の位置に戻る。勝手に口は開くな、と言う事のようだ。


「どうして入ってほしいか、知りたい?」

「……理由があるんですか」

「たくさんあるわよ。人柄とか、性格とか、相性とか、そういうのももちろんあるけれど――あなたは必要とされているわ。レイカにも、私にも、エストレージャにも」

「どういう……ことです?」

「そういうことよ」


 言って、少女は立ち上がった。長いカーテンを引きずりながら、彼女はつかつかとアクルに歩み寄る。随分小さい。アクルの腰より少し高いぐらいだ。


「寂しくは無い?」


 小さい彼女は相変わらず冷静な声のまま、アクルに問いかけた。

 寂しくは無い?


「……寂しいのにはなれました」


 答えはすぐに出た。


「レイカも、そんな顔をして私のところにやってきたわ」


 ふう、と少女は一息ついた。順序が狂っているけど、と小さくつぶやく。


「ねぇ、レイカのこと好きかしら」


 訊ねられ、だから、とアクルは思わずまた声を荒げてしまった。


「恋愛感情を抜きにしても、よ」


 と、少女が諭すように付け足す。そうですね……とアクルは俯いた。

 気さくな笑顔が浮かぶ。

 少し悲しそうな横顔も浮かぶ。


「……まぁ、守ってあげたいな、と思ったぐらいは、好きだと思います」

「守ってくれないかしら」


 間髪いれず、少女は言った。え、とアクルが首をかしげる。


「私の勘。数日彼女とつきあっただけで、彼女の弱さを見ぬいたあなたを、私は信頼する。私は彼女の雇い主よ。彼女は強いけど、同時に脆い。傍で支えてあげる人物が必要なの――今、彼女の周りにいる人とは違った方法でね。

 あなたなら、できそう。だめかしら、それがエストレージャに入る理由じゃ」

「……俺が、彼女を守る?」

「そう、彼女の右腕になってほしい」


 言葉の最後に被るように、ノックの音が部屋に響いた。


「はい」


 と少女が答えた後、あ、と銃を持っていない手が口に行く。ごめんなさい、と小さく言った意味を、アクルはすぐに理解した。

 ドアが開く音、アクルが振り向いた瞬間、アクルを白い銃が狙っていた。


「災難だったなアクル、脳天ぶち抜くぞ」


 レイカが言って、引き金を引こうと指に力を入れるのが見えた。

 嘘嘘嘘嘘嘘嘘だろ!!! アクルは混乱のあまり何も行動できなかった。やめろ、やめろ!


「レイカ、落ち着いて銃を下げて」


 大きな声で、少女がアクル越しにレイカに言った。ぎらりと光っていたレイカの目が、少しだけ優しくなる。


「……どういうことです?」

「侵入してきたみたい。彼の癖?」

「アクル・エモニエ。どういうことだ、心して答えろよ」

「や、違う、その、あの……癖で!」


 そうよ、とサキがあくまで冷静にレイカを諭す。


「レイカが話してた、彼の盗み癖の一環でしょ。順序が逆になったけど、彼がエストレージャだということは十分に理解できたわ。今、交渉をしていたとこ」


 随分と長いこと、レイカは黙っていた。白い銃は相変わらずアクルの脳天を狙っている。アクルはひやひやしながら、何も言わずにレイカをじっと見つめていた。逸らした瞬間に撃たれてしまいそうで、逸らしたくても逸らせなかったのだ。


「サキ様、交渉は済んだのですか」

「あとは彼の返事を聞くだけよ」

「……だそうだ、アクル、どうする」


 ぎろりと睨みつけるレイカはまるで猛獣のようで、アクルは縮こまった。自分の横で頬を赤く染め、酔っぱらっていた姿からは想像ができない。あの気さくな笑顔の裏には、こんな彼女が潜んでいたのか。

 アクルは考える。この少女、サキと言ったか、彼女はレイカにとってとても大事な人物であることは間違いない。何があったかは知らないが、レイカは彼女のためにこんな表情になり、こんな行動を起こせるのだ。

 こんなにも強そうな彼女は、それでも弱いところがあることを、アクルは知っている。

 彼女を、守ってくれ、だって。


「……サキ、様。先ほどの提案、のみます、引き受けます。俺にそれができるならって、今思いました。俺、行くあてないですし、ここに置いてください」

「先ほどの提案?」


 レイカが眉を吊り上げたが、まぁまぁ、とサキがなだめる。


「アクル、嘘は無いわね」

「無いです」

「レイカ、無さそう?」

「……無いです」


 はい、決定。サキはそう言って、カーテンを離した。離されたカーテンは、ふわりと浮かんだ後、元の場所に戻って行く。

 無表情の少女が、姿を現した。彼女は、真黒な髪の毛に白い服を着ていた。肌も白い、モノクロ画像から出てきた人のようだった。


「エストレージャのボスの上司、サキ・ヒトツボシよ。エストレージャのこと、これから詳しく話すわ。嘘は無いって言葉、信じるわよ。エストレージャについて、レイカから聞いているとは思うし。万が一、エストレージャの情報を手に入れて、泥棒よろしく盗んで逃げようとしたって無駄よ」

 

 彼女があなたの脳天ぶち抜くからね。


 表情を変えないのではなく変えることができないのだという事を、アクルは後になって知ったが、その時はその無表情っぷりに背筋が凍った。

 しかし、サキの話を聞き、アクルはますますこの集団に属したいと強く思うようになった。

 レイカを守りたいと同時に、サキも守りたいと、アクルは強く思ったのだ。

 こんなにしっかりとした、しっかりとしすぎている少女がいるのか、と、驚くと同時に、不憫にも、かわいそうにも、辛くも思った。

 ここにいよう。アクルは、サキの話を聞き終え、彼の居場所を見つけた。

 ここで、彼らのために、自分の能力――エストレージャを使おう。それこそが自分の幸せにつながるのではないか。アクルはそう思い、それからずっと、エストレージャの一員として、その能力を使ってきた。





 今回も同様だ。ボスが攫われた。取り戻す策は――無数に思いついている。

 アクルは自室に戻り、様々な作戦の中から、最良のものは何かを考えた。

 ボスのいる場所、リイビーノ、その組織、ディーディーの情報、エストレージャの人員、人数、戦闘力、必要な情報、考え得る成功パターン、失敗パターン。

 三十分後、アクルは携帯電話を取り出し、数度ボタンを押すと、それを耳に当てた。電話がかかったその瞬間、携帯電話の向こうから静かな声が返ってくる。


「アクル兄さん」


 その声は、私の出番なんですね、と意気込んでいるようでもあった。力強いその声が、アクルの心を安心させる。



「ヤツキ――頼みたいことがある」


 待ってましたよ、と電話の向こうのヤツキは嬉しそうに、しかし静かにそうつぶやいた。


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