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12-2

「よくあるパターンなのかも……言っていて、リアリティがありすぎてない感じがするんです……よくあるから、嘘のように、自分でも思えます」

「信じますよ」


 サキは、ディーディーの言葉にかぶせるように、落ち着いた声で言った。ディーディーの目が、またも揺れる。


「本当のことを嘘だと言われるのは辛い……だからあなたは、嘘をつかない。それに、あなたは先ほど私が言ったこと、はなから信じてくれたじゃないですか」

「それは、そんな――あなたが社長だとか、そんな嘘みたいな嘘をつくわけないと思ったからで――」

「よくありそうな本当のことも、なさそうな本当のことも一緒ですね」


 話を折ってごめんなさい、とサキは首をかしげ、続きをと促した。ディーディーはえぇ、と力なく頷く。


「俺じゃないんです……親族です、大量の金がいる……ですから、こんな危ない仕事をしてきたんです……」


 でも、と言って、ディーディーは口を押さえた。手の奥から押し殺したような声がする。異国の言葉だ。アクルには、何と言っているのか分からなかった。


「でも、もしその膨大な額を保証していただけるのなら、俺はもう、この仕事を辞めます。エストレージャのことも、もう誰にも言いません。あたりまえです、言う必要が……無いから……」


 失礼、と彼は大きな手で顔を覆った。サキはそんな彼の様子を見て、静かに立ち上がると、ディーディーの肩に手を置いた。


 ディーディーの肩は一瞬こわばるが、その後ゆっくりと頷いた。「取り乱しました」と、顔をあげた彼の眼は潤んでいた。口元は緩やかな弧を描いている。


「エストレージャの情報を誰にも漏らしません――いくら金を積まれても。俺が今まで培ってきた能力全てを、エストレージャに捧げます……私の生活まで保証してもらうつもりはありません。医療費だけを頂きたい……」

「何言ってるの」


 ぴしゃりと、サキは言った。背筋を伸ばし、凛とした声で。


「あなたは私のもとで働いてもらうのよ、生活を保障するだけの給料は払うわ、エストレージャの皆だってそうしてるのよ。ただで住んでいると思ったら大間違い。そうね、サークルスターの社員契約とでも思ってちょうだい。

 ライン、ペンを。交渉はもう終わりね。詳細は、悪いけど後で決めましょう。……今少しエストレージャはどたばたしててね。しばらくの間、あなたの身の安全も考えて、ここにいてもらいたいんだけれど、大丈夫かしら?」


 淀みなく話すサキに、は、はい、と圧倒されたようにディーディーは頷いた。ペンを渡され、ディーディーは書類をまじまじと眺めた。


「本当に貰っていいのかなんて考えなくていいのよ」


 心を読まれたのか、ディーディーはそこで初めて苦笑した。サキが肩をすくめる。

 しばらくして、ディーディーは全てを読み終えると、紙の右下にサインをした。交渉成立ね、とサキが言う。はい、とディーディーは無表情で頷いた。「ライン、彼を部屋に。ディーディー……いえ、ディエゴ、詳細は彼に聞いて。あ、それと、ルーク」

 唐突に呼ばれて驚いたのか、少し間をおいて、何でしょうとルークが返事をした。サキはルークには答えず、ディーディー、と呼ばれ振り向いた彼に、ルークを紹介した。


「うちの医者よ。優秀さは保障する。もう一人優秀な薬剤師もいるわ。もし……あなたが彼らを必要とするなら、いつでも言って」


 ディーディーは、はい、と静かに頷きながら、ルークをじっと見つめた。ルークも見返す。背の高さもほぼ同じで、眼鏡をかけた二人は、どこか似た雰囲気を持っていた。数秒して、あっ、とディーディーが息を飲んだ。


「ルーク、ルークって、ルーク・ハイアット……!?」


 ディーディーの言葉に、今度は「なっ……!」とルークが息を飲む。

「どうして俺の名を知ってるんだ」

「いや……すみません……ああ、なんてことだ……驚いてしまって。あなたの都合も考えずに」

 ルークが眉をひそめる。

「昔の患者か? 相当前だぞ、俺の名字は……随分前に捨てた」

「すみません、本当に申し訳ない」

「……いや、エストレージャには、知られても問題がない。過去の話だ。気にするな。行こう」


 ディーディーは、はい、と静かに頷き、行きましょう、とラインに言った。ラインは頷き、では、とサキに頭を下げる。ディーディーもそれに倣う。ゆっくり休んで、ラインよろしく、とサキは二人に手を振った。静かに、二人は部屋を出て行った。階段を下る音が遠ざかったところで――「サキ様、すみませんでした」と、アクルは頭を下げた。同じことを考えていたのだろう、ギルも同時に頭を下げる。ルークがきょとんとした様子で二人を見ていたが、サキは予想通りだ、とでも言うように小さくため息をついただけだった。


「そんなに心配だったのね」


 二人の心を見透かしたように、サキが言う。アクルは頭を下げたまま「俺の考えが浅はかでした」と言った。アクルに同じです、とギルも言う。


「見直してもらえたようね、幸せよ、ねぇ、ルーク?」


 そう言うサキの口調はどこか意地悪で、うう、とアクルはうなることしかできなかった。まぁ顔をあげて、とサキが優しい口調で言うが、あげづらい。


「サキ様……どういうことですか」


 ルークの問いに、そうねぇ、とサキはもったいぶった様子でゆっくりと現状を説明し始めた。


「二人はね、私の作戦には反対だったのよ。私がディーディーに直接交渉するって言ったら止めてねぇ。まぁそれでも、ディーディーをまるまる買い取っちゃう、っていうのはね、私のプランに最初からあったの。ディーディー本人を見るまで分からなかったけれど、彼をみてすぐに彼がどういう人物かは予想がついたわ。会社を運営したら分かるわよ、会っただけでぴんとくるっていう感覚がね」


 詳しく言わなかったのがいけないわよねぇ、ごめんなさいとサキは二人に言った。


「言えばよかったわよね」


 と言うその口調は「言わなくても察せなかったのかしら」とでも言いたげで、うう、とアクルは唸ることしかできない。頭は相変わらずあげることができなかった。


「ただの勢いで、私が直接、エストレージャ候補でも無い人と会うわけ無いじゃない? ありったけの金を引っ提げたうえで、その本人に会わないと、ディエゴにとっての最良なんて分からないし……今までもそうして矢面に立ってすればよかったのかしら。でもそういうのは全部レイカに一任してたのよね。レイカがいない今、私が出て行くのが筋ってものだとも考えていたけど……でも言うべきだったわよね。


 いらない心配、かけたわね?」


 アクルは確信していた。淡々と言いながら――サキ様は怒っている。珍しい、いや、初めてのことかもしれない、とアクルは思いながら、静かに「すみません」と言うしかなかった。

 ふ、と静かに笑う声がした。ルークだ。くく、と笑いはじめると止まらないようで、もうそこらへんで止めてやっては、と言うルークの声は震えていた。そーね! とサキは叫ぶと、立ち上がってアクルとギルの前に歩き出た。そっとアクルが顔をあげると、腕を組んだサキが仁王立ちで彼らの目の前に立っていた。


 怖すぎる……。


 アクルは静かに顔をあげ、背筋を伸ばして直立した。ギルも同じようなタイミングで、背筋をぴんと伸ばす。


「信用できない中、それでも終始黙ってくれていて助かったわ。横やりを入れられていたら、上手くいった交渉も上手くいかなかったかもしれない。そこは信頼の証だと受け取っている。

 ギル、よくディエゴを見つけてくれたわ。ありがとう。

 アクル、次はあなたの番よ。私の得意分野はもう終わり。情報を組み立て、最善の方法で私たちを導いて」


 アクルは、ぴんと伸ばした背筋をさらに伸ばし――サキに向かって微笑んだ。


「はい、サキ様」

「よろしい」


 満足そうにサキは頷くと、あぁ疲れた、と自分の肩に手をやった。


「寝不足なのよ、少し寝るわ。ルーク、呼びだしてごめんね」

「大丈夫です。ラインの代わりに俺がここにいますから、ゆっくり休んでください」

「ありがとう」

「サキ様」


 と呼んだのはアクルだ。ん? とサキが振り返り、首をかしげる。


「俺は、情報を集めてそれを行動に移すための作戦を練るのが得意です――でも、サキ様は、人を集めるための交渉をするのがお得意なんですよね。俺にはできないことです、俺は、人の本性を見抜くのがどうも苦手です……」


 サキはどうしたの改まって、と足を止めたが、やがて体をアクルの方に向け、そうよ、と静かに言った。


「びっくりした?」

「改めて――思いました」

「思ったことを素直に口にするわね、アクルは」


 サキはそう言って髪を耳にかけると、懐かしいわ、と呟いた。


「え?」

「アクル、そもそもあのとき私がレイカを止めなければ、あなたは今頃脳天ぶち抜かれていたのかもしれないのよ」


 いつも丁寧な言葉をつかうサキからは想像できないその言葉に、その部屋にいた三人は目を丸くさせた。きっと、ギルとルークは何の事だかさっぱり分かっていないだろう。そうでしたね、とアクルは笑った。


「あのときから、サキ様は人を見る能力があったんですよね」

「そうよ、忘れてもらっちゃ困るわ」


 今回みたいにね、と言ったサキはやはりどこかふてくされており、うう、とアクルは唸ることしかできなかった。


「おやすみ」

 と無表情で言ったサキは、うんと背伸びをした。失礼します、とアクルは頭を下げ、部屋を出た。後ろからついてきたギルに、なぁ、と声をかけられ、アクルは振り向く。


「お前、ボスに脳天ぶち抜かれそうになったの?」

「……随分と前に」


 言って、アクルは笑った。何それ、聞きたいとギルが身を乗り出すので、ボスが帰ってきたらねと言って、アクルは早足で階段を下りた。


 懐かしい。アクルは小さく微笑んだ。

 アクルとボスがバーで会うようになってから、数週間経ったある真夜中のことだ。アクルはエストレージャの屋敷の真ん前に来ていた。


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