第十六章 エピローグ また明日も
「アマテラス」の朝は静かだ。
地球の朝日とは異なり、宇宙ステーションの照明が徐々に明るくなっていく。それでも、窓の外に地球が見える時間帯には、青い光が差し込んでくる。
駿は早起きして、作業室の片隅に座っていた。
手元には、幼い頃から読み続けているヒーロー漫画の古い冊子がある。表紙がボロボロで、ページの端が折れている。
昔から持ち歩いている、彼の宝物だ。
「また読んでるのか」とヨーコが入ってきた。
「目が覚めて。やることがなかった」
「珍しい」
ヨーコは隣に座って、駿が読んでいる漫画を覗き込んだ。
「このヒーロー、どんな話?」
「正体を隠して戦うヒーローの話。誰にも感謝されない。それどころか悪者扱いされることもある。でも——守りたいものがあるから戦い続ける」
「駿みたいだね」
「似てるとは思う」
「でも駿には仲間がいる。このヒーローは一人だ」
「それが俺の方が勝ってる部分だ」
ヨーコが少し笑った。
「勝ち負けじゃないけど……」
「でも俺はそう思ってる。一人のヒーローより、仲間のいるヒーローの方がいい。仲間がいなかったら、俺はこんなに遠くまで来られなかった」
「私たちがいなかったら東大も卒業できてたかわからないね」
「それは間違いない」
甚之助が大きな欠伸をしながら入ってきた。続いて澪が、小さなコーヒーカップを手に現れた。
「おはようございます」
「おはよう」
四人が自然に作業室に集まった。
これがいつもの朝だ。
「今日は何かあるか?」と甚之助が聞いた。
「今のところ静かだ」とヨーコが答えた。「でも午後に、ブラッカーから連絡が来る予定がある。バロス連合の動向の最新情報を持ってくるみたい」
「静かな朝だな」
「たまにはある」
「こういう朝が好きだ」と甚之助は言った。
「珍しいことを言うな」と駿は言った。
「俺だって普通の時間が好きだ。作業してる時だけが好きなわけじゃない」
「そうか」
澪がコーヒーを一口飲んだ。
「私ね、ここに来てよかったと思ってます」と彼女は言った。
「そうか」と甚之助が短く答えた。
「任務で来たけど、こんな風になるとは思ってなかった。でも——ここにいる方が、守れるものが増える気がする」
「増える」
「うん。任務で動いてた時は、守れるのは自分だけだった。でも今は——みなさんを守ろうと思うし、みなさんに守ってもらえる気もするし、その先に地球があって、宇宙があって……すごく大きな話になってきて、正直実感が追いついてないけど」
「実感は後からついてくる」と駿は言った。「俺もまだ追いついてない部分がある」
「追いついてない?駿さんが?」
「俺はIQ三〇〇でも、感情の処理速度は人並みだ。むしろ遅いかもしれない。ヨーコが好きだと気づくのに十九年かかった」
「十九年!」と澪が驚いた。
「幼稚園から数えると」
「気づいてた頃には俺の方が先に気づいてた」とヨーコは言った。「結局その方が長かった」
「お前が気づいてたなら言えばよかった」
「言おうとして何度もやめた」
「なぜ」
「今更聞くな」
甚之助が静かに笑っていた。
「まあ、うまくいったんだからいい」
「そうだな」
コーヒーの香りが漂う。
窓の外に地球が見える。
「今日も頑張るか」と駿は言った。
「頑張るか」と甚之助。
「頑張る」とヨーコ。
「はい!」と澪。
東大地球防衛同好会、今日も始まる。
地球は今日も危険にさらされ、宇宙人たちはどこかで計画を立て、EDFは動きが遅く、懸賞金は積み上がっている。
しかし——守る理由がある限り、彼らは動く。
仲間がいる限り、前へ進む。
空の向こうには、今日も星が輝いている。
地球は、今日も守られた。
明日もきっと、守られる。




