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第一章 地球の危機、再び

二〇二六年。


人類が宇宙に飛び出してから半世紀が経とうとしていた。かつて夢物語だった宇宙移住は、今や当たり前のことになっている。地球の人口増加問題を解決するため、国連宇宙開発機構が推進した「第二の大地計画」により、地球軌道上および月、火星近傍には巨大な宇宙ステーションが林立し、その総人口は十億を超えていた。


宇宙ステーション「アマテラス」は、その中でも最大規模を誇る居住型コロニーだ。直径三キロメートルのリング状構造物の内壁には、疑似重力が発生しており、まるで地球上にいるような感覚で生活できる。緑豊かな公園、賑やかな商店街、落ち着いた住宅街——すべてが宇宙の真空の中に浮かんでいる。


その「アマテラス」第七ブロック、大学区域の一角に、東京大学宇宙分校がある。


人類最高峰の知性が集う場所。そこに通う学生たちは皆、将来の地球と宇宙を担うエリートとして誇り高く研究や学習に勤しんでいた。


しかし——その東大の中に、ひとつの異質な存在があった。


「東大地球防衛同好会」。


正式な部活動でも研究サークルでもない。大学への届け出もなく、部室も存在しない。メンバーはわずか三名。表向きは普通の学生として生活しながら、その実、地球と人類の平和を守るために日夜戦っているのだ。


地球外生命体——いわゆる「宇宙人」の存在が公式に確認されたのは、二〇一八年のことだった。それ以降、さまざまな知的生命体との接触が相次ぎ、人類は宇宙が「賑やかな場所」であることを思い知らされた。


友好的な種族もいた。だが問題なのは、そうでない者たちだった。


豊かな水と大気、多様な生態系を持つ地球は、宇宙規模で見れば稀有な存在だ。「緑の惑星」と呼ばれる地球を、虎視眈々と狙う勢力は後を絶たない。資源の収奪、植民地化、あるいは単純な破壊衝動——動機はさまざまでも、目的は一つ。地球を手に入れることだ。


地球防衛軍、通称「EDF」が設立されたのもそのためだ。しかし組織が大きくなるほど、動きは鈍くなる。政治的判断、予算の問題、各国の思惑の絡み合い——そのせいで、宇宙人の脅威に対して後手に回ることが多かった。


そんな状況に業を煮やした三人の天才学生が動き出した。


「俺たちがやらなきゃ、誰がやる」


それが同好会の、そして彼らの誓いだった。



「駿、起きてよ。もうすぐ一限が始まる」


ヨーコの声が、薄暗い部屋に響いた。


部屋といっても、それは「アマテラス」の居住区にある普通の学生用アパートだ。十畳ほどの空間に、ベッド、デスク、大型のモニターが数枚——そして壁一面に貼り付けられた回路図と宇宙地図が広がっている。


ベッドの上では、黒髪のミディアムヘアをぼさぼさにした青年が、仰向けに横たわっていた。


藤堂駿、二十歳。


東大宇宙物理学部三年生。表向きは「成績優秀だが変人」として知られている。IQ三〇〇という数値は、現在測定されている人類の中で最高記録だ。しかし彼自身はそんなことより、幼いころから読み続けてきたヒーロー漫画の世界を現実に体現することに情熱を注いでいた。


「うるさい、まだ眠い」


「三分後に電源切るよ」


ヨーコの指がタブレットの画面を操作すると、部屋の照明が最大輝度に切り替わった。


「ぐあっ!」


目を焼かれた駿が跳び起き、ベッドから転げ落ちる。


「おまえ、毎朝それやるな」


「起きない方が悪い」


ヨーコ——白坂陽子、二十歳——は、眼鏡のブリッジを指で押し上げながら淡々と答えた。青と黒のツートンカラーのストレートヘアを肩の長さに揃えた彼女は、分厚いレンズの眼鏡と、ゆったりとしたパーカーという出で立ちで、どこからどう見ても「地味な女子大生」だ。


しかしその眼鏡の奥の瞳は鋭く、頭の中では常に複数の演算が走っている。彼女のハッキングスキルは宇宙規模で見ても最高水準にあり、「黒髪の幽霊ゴースト」というコードネームで、地球圏のセキュリティ界隈では知らぬ者がいないほどだ。


「甚之助は?」


「もう作業室にいる。昨夜から徹夜で何か作ってるみたい」


「あいつも相変わらずだな」


駿はTシャツに袖を通しながら、壁際のデスクに近づいた。モニターに映し出されているのは、昨夜受信した暗号化通信だ。


「例の通信、解読できた?」


「ほぼ完全に。発信源はオリオン腕の外縁部。フォルトゥーナ星系第三惑星からの暗号通信。内容は……」


ヨーコがタブレットを操作すると、モニターに解読されたテキストが表示された。


「作戦コード『緑地収奪』。目標——地球。実行日——今から七十二時間後」


駿の表情が引き締まった。


「七十二時間か。余裕はある。だけど相手は?」


「フォルトゥーナ星系の連中は初めてだね。データベースには……あった。ガラン族。甲殻類型の知的生命体。身体能力は人類の二倍以上、精神的には群体意識を持つ。指揮官がやられると他の個体が混乱する傾向がある」


「弱点は指揮官か」


「それと——」ヨーコは一瞬、画面から目を離して駿を見た。「今回の攻撃目標が特定されてる。地球上の主要都市だけじゃない。東京大学本校——地球のキャンパスの方ね——が最初の目標として名指しされてる」


「東大? なんで」


「大学の研究施設に保管されている量子コアが目的みたい。あれを手に入れれば、ガラン族の航行技術が飛躍的に向上する」


「つまり、まず地球の東大を制圧して量子コアを奪い、その後に本格侵攻か」


「そういうこと」


駿は腕を組んだ。頭の中でシミュレーションが走る。七十二時間。相手の戦力。地球の東大キャンパスの構造。EDF(地球防衛軍)の配置——


「甚之助を起こしてこい。三人で作戦を立てる」


「だから、もう起きてるって言ったじゃない」


「そっか。じゃあ行こう」



「アマテラス」の居住区から少し外れた、一見すると倉庫にしか見えないブロック。


そこに彼らの秘密の根城がある。


ドアを開けると、まず金属と潤滑油の匂いが鼻をつく。天井まで届く棚には、さまざまな部品と工具が整然と並んでいた。部屋の中央には大型の作業台があり、そこでひとりの巨漢が黙々と溶接作業を続けている。


黒岩甚之助、二十一歳。


身長二百センチ、体重百二十キロ。東大材料工学部三年生。その外見は「大学生」というより「プロレスラー」に近い。しかし武骨な外見とは裏腹に、その頭脳は精緻な機械設計に特化した超天才だ。彼が設計し、製造した武器や装備は、宇宙規模でも最先端の水準にある。


「おう、来たか」


溶接マスクを外した甚之助は、額の汗を拭いながら振り向いた。茶色の短い髪、彫りの深い顔立ち。普通の大学生には見えない。


「徹夜か?」と駿。


「夜中に思いついたことがあってな。見ろ」


甚之助が示したのは、作業台の上に置かれた金属製のデバイスだ。手のひら大の楕円形で、表面に複数のセンサーが取り付けられている。


「なんだこれ」


「フェイズ・シールド発生器の試作品だ。従来のエネルギーシールドは正面からの攻撃には強いが、側面と背面が弱い。こいつは周囲三百六十度、均等にシールドを展開できる。しかも重量は二百グラム以下だ」


「すごいな」と駿は素直に感心した。「稼働時間は?」


「フル出力で六時間。省エネモードなら三十時間は持つ」


「十分だ。量産できるか?」


「昨夜から作り始めた。あと十二時間あれば三個は仕上がる」


ヨーコがタブレットに情報を表示する。


「状況を共有する。今から七十二時間後、ガラン族が東大本校を攻撃する。まず量子コアを奪い、その後に地球全体への侵攻を開始するつもりらしい」


甚之助は眉をひそめた。


「ガラン族か。初めて聞く名前だが……」


「甲殻類型。群体意識で動く。指揮官を倒すのが最も効果的だけど、問題がある」


「なんだ」


「今回の編隊規模、かなり大きい。偵察衛星が捉えた映像を見ると……」


ヨーコが映像を投影した。宇宙空間に浮かぶ無数の船影。それらは整然と隊列を組み、地球方向へと移動している。


「小型艦が百、中型艦が三十、大型艦が五。大型艦には何が乗ってるかまだ解析中だけど、少なくとも地球の現行軍事力で真正面から対抗するのは困難」


「EDF(地球防衛軍)は動かないのか」と甚之助。


「動いてるよ」とヨーコは答えた。「でも政治的な手続きが……会議を開いて、承認を取って、部隊を編成して……そういうことをやってるうちに七十二時間が経っちゃう」


駿はにやりと笑った。


「だから俺たちが先に動く」


「その通り」


「東大本校のキャンパスには、昔俺も行ったことがある。地下に通路がある。昔の防空壕を改修したやつだ。そこを使えば、ガラン族が地上に降りてくる前に潜入できる」


「でも三人で百三十五隻の船に乗ってくる連中を相手にするのは——」


「無茶だ」と甚之助が断言した。「俺たちがどれだけ強くても、数で圧倒されたら終わる。作戦が必要だ」


「ある」と駿は言った。


二人の視線が集まる。


「ガラン族は群体意識で動く。指揮官が意思決定をして、他の個体はそれに従う。指揮官を無力化すれば、残りは統率を失って混乱する」


「指揮官がどこにいるかわかるのか?」とヨーコ。


「それをお前に頼みたい。ガラン族の通信を傍受して、指揮官の位置を割り出せるか?」


ヨーコは少し考えた。


「できる。でも確率は……七十パーセントくらいかな。完璧じゃない」


「十分だ」と駿は言った。「甚之助、フェイズ・シールドの他に何か使えるものは?」


甚之助は作業台の端に置かれた棚を指した。


「EMP弾頭が三発ある。ガラン族の船の電子系統を全部飛ばせる。ただし半径五百メートル以内は俺たちの装備も影響を受けるから使いどころが難しい」


「量子乱流発生器はどうだ?前に実験してたやつ」


「完成してる。局所的に空間を歪ませることができる。小型艦なら十五秒程度の行動不能を引き起こせる。ただしエネルギー消費が激しくて、一発撃つと五分は再起動に時間がかかる」


「オーケー。それと——」駿は棚の向こうに吊るされているスーツを見た。「強化スーツの状態は?」


棚の奥に、三着の全身スーツが吊るされていた。黒をベースに、各部が異なる素材で構成された複合装甲。フェイスシールドはワンウェイミラーになっており、内側からは外が見えるが、外側から中は見えない。


「先週、ヨーコの要望で新しいハッキングモジュールを追加した。右前腕部のパネルから展開する。あとは……」甚之助は手を顎に当てた。「駿のスーツのブースターを二〇パーセント強化した。スピードが上がってる」


「テストしてみたいな」


「今じゃない」とヨーコが遮った。「作戦の続きを話そう。東大本校に潜入するとして、私たちはどうやって地球まで行くの?ここは宇宙ステーションの中だよ?」


駿は笑った。


「俺たちには船がある」



「アマテラス」のドッキングポートの一角、D-17番バース。


そこに係留されているのは、一見するとただの小型貨物船だ。全長三十メートル、楕円形の船体は無塗装の灰色で、どこにでもあるような外観をしている。


しかし内部は全く別物だった。


「ガルダ号」——それが彼らの船の名前だ。


「また乗るのか」とヨーコは苦い顔をした。「このボロ船、見た目がひどい」


「見た目だけだ」と甚之助が言った。「俺が作った船だぞ。中身は世界最高レベルだ」


実際、「ガルダ号」の性能は外観から想像できないほど優秀だ。主エンジンは最新の重力波推進装置を採用しており、地球軌道への移動も一時間かからない。ステルス機能も搭載されており、EDF(地球防衛軍)のレーダーも宇宙人の探知装置も、この船を捉えることはできない。


「作戦をまとめる」と駿は言った。「出発は今から四十八時間後。東大本校のキャンパスに地上から潜入し、量子コアの保管場所を確保する。同時に、ヨーコがガラン族の指揮官の位置を特定。甚之助が電子戦で敵艦隊の動きを封じている間に、俺が指揮官を無力化する」


「その後は?」


「EDFに匿名で情報を流す。連中が到着する頃には、ガラン族の指揮系統は崩壊してるはずだ。残りはEDFに任せる」


「私たちは?」


「もちろん逃げる」


三人は顔を見合わせた。


「シンプルだな」と甚之助は言った。「だが、シンプルな作戦ほど失敗しにくい」


「それが信条だ」と駿はうなずいた。


ヨーコは眼鏡の奥の瞳を細めた。


「……わかった。やる」


決定だ。


東大地球防衛同好会、再び動き出す——

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