30 てんやわんや
天国で行なわれる、『神築』イベントのことが地獄に広まると、地獄の中心部にある『地獄山』は蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。
それは、塀の外にある『ヘルロウ村』から見て取れるほどの大騒動。
地獄の内部で毎日のように行なわれていた、亡者たちへの責苦はいったん中断され、すべてを巻き込んだ受け入れ準備が始まる。
なにせ当日は、天国からの使者がやって来るのだ。
いうなればこれは、地獄という支社に、天国という本社のお偉いさんがやって来るも同義。
地獄では逆らう者のいないエンマ大王ですら、使者を土下座して迎える。
なぜならば、使者といってもエンマ大王より格上なうえに、地獄内部の視察も兼ねている。
さらに天国の者たちは完璧主義なので、少しでも不手際などあろうものなら、エンマの首などあっという間にすげ替えられてしまうからだ。
なお、使者がやって来ると、盛大な歓迎パーティが行なわれる。
使者の好みにあわせて、地獄じゅうの美形のメス鬼や、イケメン鬼たちが集められ、酒池肉林でもてなされる。
エンマ大王は宴の最中、使者に擦り寄って、こっそりと袖の下を渡すのが慣例になっていた。
地獄はいま、その準備で大わらわというわけである。
ちなみに『神築』イベントに行くことになったのは、『等活地獄』の鬼であるゴルバとアローガ。
そして同地獄にいる、20人の亡者たち。
表向きはゴルバとアローガが選んだことになっているのだが、選別はヘルロウが行なっていた。
『神築』では天国での石積みをして、トイレを作らされるということだったので、特に『ヘルロウイズム』を体得している者たちを選んだ。
あとは、当日を待つばかり……だと思っていたのだが、ひとつ問題が発生。
「だーっ!? ずるいのだっ! ゴルバとアローガだけが天国に行くだなんて……! わたしも天国に行ってみたいのだ~っ!!」
ダーツエヴァーが駄々っ子と化してしまったので、なだめるのにひと苦労。
「おいダーツエヴァー。天国なんて行っても、堅っ苦しいばかりで楽しいことなんてなんにもないぞ」
「それに拙者たちは遊びに行くのではないのでござる!」
「お土産話をいっぱい持って帰ってあげるさかい、大人しく待っているんどすえ」
「そうだよダーツエヴァーちゃん! 私たちといっしょにお留守番してようよ、ねっ!?」
ヘルロウと鬼たちがさんざんなだめすかして、ダーツエヴァーもようやく納得しかけていたのだが……。
「ふぅ。天国は雲の上にあるそうですが、その雲はふわふわでやわらかいそうですよ。食することもできて、とても甘いそうです。その甘さは、ふだん小生たちが食しているサツマイモの数倍にもなるそうです」
ある空気の読めない鬼の一言で、台無しになってしまった。
「ふわふわしてて、とても甘い……!? だぁぁぁぁぁーーーーっ!? わたしの大好きなものが合わさっているなんて、ますます行きたくなってしまったのだ! 行きたいのだ行きたいのだ、行きたいのだぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
ダーツエヴァーのせいで……いや、空気の読めない鬼のせいで……。
『神築』イベントに直接関係ないヘルロウ村まで、てんやわんやになってしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして『神築』イベント前日。
使者が迎えに来る日となった。
その日は、地獄にいるすべての者がひれ伏していた。
亡者はもちろんのこと、鬼たちも、エンマ大王さえも。
天空に瞬いた一等星のような存在に、完全に平伏していたのだ。
それは、箱船だった。
黄金の光を放ち、大勢の楽隊が乗っていて、楽しげな音楽を奏でながら、ゆっくりと降りてくる。
それはまるで太陽が迫ってくるようで、近づいてくるたびに、地獄全体がこうこうと照らされた。
あまりにも神々しいその姿に、地獄の者たちは、心まで屈服する。
天からの威光にを疑う者など、この地には誰ひとりとしていないはずであった。
しかし、ただひとり……。
ひとりだけ、違っていた。
その名は、ヘルロウ……!
彼だけはひとり、自らが興した村に立ち……。
身体も心もスックと立たせたまま、箱船を見上げていた。
神そのものともいえる存在を前にしてもなお、膝を折らぬその姿は……。
まさに絶対不屈にして、絶対無頼……!
彼はさながら、邪悪なイカロスであった。
蝋の翼を溶かされてもなお、太陽に仇なすのを、あきらめていないかのように……。
まばゆい光を手で遮ることも、目をしばたたかせることもせず……。
こともあろうに、神々の使わした箱船に、大胆不敵な笑みを向けていたのだ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そしてついに、『神築』イベント当日。
天国にある、ゼウスの第1居住城。
件の城壁の前には広大な庭園があるのだが、そこには巨大な野外スタジアムがあった。
今回の『神築』に対し、わざわざ建設されたものである。
客席には、すでに何十万という観客が詰めかけていた。
まず一番下の一般客席には、矯正施設に送られた子供たち。
その他にも、見学に来た天国の住人などが大勢いる。
つぎに中階にある特別客席には、ヘルロウのクラスメイトをはじめとする天使たち。
もちろん見学に来た他の天使たちもいる。
そして、いちばん上の階。
いわゆるVIP席と呼ばれる、個室の客席には……。
ケージバードをはじめとする、神々が……!
ちなみにケージバードは、地上での『神輿』の起源となった、担いで移動できるタイプの家の中にいる。
引きこもりのケージバードに対して、ヘルロウが発明した『移動できる家』であった。
さらに余談となるが、神々のなかに、ゼウスの姿はなかった。
ゼウスほどの上級神となると、この程度のイベントには顔も出さない。
今回の『神築』の対象になった第1居住城は、彼の所有物なのだが……。
彼が下級神の頃に建てた城だったので、今ではもっと大きな城に住んでいる。
もはや近寄ることもなくなっていて、観光地として一般に開放するほどに興味を失っていたのだ。
話を元に戻そう。
いま客席にいるすべての者たちは、中央にあるステージを見つめている。
そこにはひとりの天使がいて、両手と翼、そして両の眼をこれでもかと広げていた。
彼は自慢の黄金の瞳をキラキラと輝かせ、客席を見回しながら叫んだ。
『キンキラキーーーーーン! 今回の『神築』の司会進行は、皆様ご存じのキンメダールだキンっ! 天国のみんなに金メダルを! 地上のみんなに銀メダルを! そして地獄のみんなには糞メダルをあげちゃうキン!』
それは鉄板の自己紹介ギャグだったようで、客席はどっと沸く。
天国の笑いのレベルは、わりと低かった。




