29 絵図の全貌
メタトロンが発案し、ヒコスターが主催した『情操教育』。
それは『神築』という隠れ蓑を得て、天国だけでなく、地上までもを巻き込んでいた。
となるとやはり、彼の地にも……?
地獄のヘルロウ村では、村のまわりを囲む石垣建築が順調に進んでいた。
そんなある日のこと、ゴルバとアローガが、エンマ大王に呼び出される。
ちなみにゴルバとアローガは、普段は『等活地獄』の番人として、亡者たちに殺し合いをさせている、フリをしていた。
そのフリがバレてしまったのではないかと、ゴルバとアローガは、エンマ大王の前で身を固くしていたのだが……。
何事もなく戻ってきたふたりの鬼は、真っ先にヘルロウに報告した。
「……なに? 『等活地獄』の亡者を、何人か連れて天国に?」
「そうなんどす。なんでも、『神築』の儀式に参加せよとのことで……」
「拙者たちで亡者を指揮し、ゼウス様の第1居住城の外に、野外トイレを作るように、というお達しでござった」
それだけで、ヘルロウはおおよその事情を理解した。
「ああ、天国でたまにやってるやつだな」
「と、おっしゃいますと……?」
「天国では時たま、亡者を連れてきて天使と勝負させるんだよ。スポーツだったり、勉学だったり、殺し合いだったり。トイレを作るってことは、今回のは物作り勝負みたいだな」
「そんなことをして、何になるんどすえ?」
「天使の優秀さと、亡者の無能さを見せつけるだめだよ。お前たちも知ってのとおり、亡者ってのは栄養失調で何にもできない。何をやらせても勝負にならないんだが、それを集まった天国のヤツらに見せて、笑い者にするんだ」
「ぐっ、なんたる卑劣な……!」
「天国とはいえ、住んでいるヤツらにとっては不満があるんだろうな。しかし天国にいる以上、それをおおっぴらに晴らすわけにはいかない。でも亡者であれば、いくらあざ笑っても、石を投げつけたりしても問題ない。簡単に言えば、ガス抜きみたいなもんだな」
そこでふと、ヘルロウは顎に手を当てて、考えるような素振りを見せた。
「でも妙だな。そのガス抜きイベントに選ばれる亡者は普通、上位の地獄からなんだ。簡単にやられちゃつまんないから、よりタフな極悪人たちを連れていくんだが……」
「エンマ様も同じことをおっしゃっていたどす。極悪人のほうが痛めつけ甲斐があるから、って……」
「……もしかして今回の相手は天使じゃなくて、人間じゃないのか?」
するとゴルバとアローガは目を丸くして、お互いを見合わせていた。
「そ、そのとおりでござる……! 今からそれを、言おうとしていたところでござったのに……!」
「どうしてわかりはったんどすか?」
「簡単さ。天使であれば極悪人の亡者でも楽勝だが、人間だったらもしかしたら負けることがあるかもしれないからな。もし人間が相手なんだったら、万全を期して最下位の地獄から亡者を選ぶんじゃないかと思ってな」
「ははぁ……!」と感心して唸る鬼たち。
続いてアローガが、謎かけをするように問いかけてきた。
「でも、いつもは天使様なんどすやろ? なんでわざわざ弱い亡者を連れてきてまで、人間と戦わせるんどすか?」
彼女のいたずらっぽい表情に、ヘルロウはニヤリと笑い返す。
「お前、俺を試してるな? まあいいや、考えてやるよ。……うーん、これは多分だが……。元々あったトイレを改築しようとしてるんじゃないか? そして元々のトイレは天使が創っていて、人間により良く改築させることにより、その天使が人間以下であることを、知らしめようと……」
そこまで考えを口にして、ヘルロウはハッと目を見開いた。
「いや、人間どもが改築するのはトイレじゃないな。ゼウスの第1居住城が勝負の舞台なんだったら、石垣だろう? どうせ『悪魔が創った石垣がある』とか言って、そこだけ改築しようとしてるんだろうな。でも勝負とはいえ、亡者にゼウス城の石垣を触らせるわけにはいかないから、亡者たちにはかわりに、近くでトイレを作らせる……。違うか?」
すると、ふたりの鬼はのけぞらんばかりに仰天していた。
「す……すごい……! 大正解でござるっ!」
「もしかしてヘルロウ様は、エンマ大王様のお話を、こっそり聞いていたのではないどすか!? そうとしか思えないほどに、大当たりどす!」
「そんなわけあるか。なぁに、天国のことはちょっとばかし詳しいんだ。知ってることを組み合わせて推理したまでだ」
今回の『神築』……。
これにはいくつもの陰謀が覆い被さっていた。
『神築』というのは前述のとおり、通常は天使が行なうものだが、敢えて人間にやらせようとしているのは、ヘルロウのダメさっぷりをより強調するためである。
堕天使のヘルロウが創った石垣を、天使が改築するりも……。
天使より下の立場である、人間たちが見事に修繕したら、どうなるだろうか……?
そう、ヘルロウは『天使以下』の存在どころか……。
人間以下っ……!
見ていた者たちは、みんなそう思うことだろう。
そうなれば、百年の恋も一瞬にして冷めるであろう。
いまだにヘルロウが堕天したことを知らない、ケージバードなどは……。
「ピョッ!? 能力的に天使よりもずっと劣る、人間たちを指揮して、あんなに立派な石垣を作り上げるだなんて……! ヒコスター様ってなんでもできるのね! ピヨ、創造神として尊敬しちゃう! それに知らなかった! ヘルロウが人間以下の石垣しか作れない、ヘッポコだったなんて……! えっ、ヘルロウはすでに堕天してる!? でも、ピヨにとってはもうどうでもいいの! それよりも抱いて、ヒコスター様っ!」
ヘルロウ不在によって崩壊寸前だった、クラスメイトたちは……。
「ほらぁ、ヘルロウってやっぱダメ天使だったんじゃん! アイツがいたからクラスはひとつになってたなんて、単なる思い過ごしだったじゃん! フローズ、これでわかったっしょ!?」
「うん、フレイルさん、私が間違ってた。ヘルロウは人間以下の石垣しか作れない、ニセ創造天使だったって。あんなヤツのために学問の神様を目指してただなんて、私って本当に馬鹿だった」
賽の河原から送り込まれた、子供たちは……。
「ヘルロウって、地獄で見たときはすごいと思ってたけど、天国だとたいしたことないんだね! 人間にも負けちゃう天使様だなんて、笑える! 決めた! わたしヘルロウみたいなゴミ天使じゃなく、ヒコスター様に気に入っていただける天使になる!」
もちろん何の仕掛けもなければ、こんな極端な思考になることはないのだが、今回に限っては絶対にそうなってしまう。
なぜならば今回の『神築』の実態は、『情操教育』……。
強力な天技の儀式陣のなかで、ヘルロウの過去の偉業を貶めることにより、集まった者たちを洗脳してしまうからだ……!
でも、それならば参加者は天使と人間だけで事足りるはずで、わざわざ亡者を呼ぶ必要はないのだが……。
神々の上層部から実施の許可を得るため、さらに天国のガス抜きイベントも同時に開催することになっていた。
『情操教育』の儀式陣は、感情を増幅させる。
その中でガス抜きをやれば、さらに効果は絶大であろう。
石ひとつ満足に運べない亡者たちを罵り、嘲笑い、石を投げつければ……。
心の中は、痔の薬のコマーシャルばりの青空のように、スッキリと……!
さらにトイレを完成させられなかった情けない亡者たちにかわって、ヒコスターが慈悲を示すシナリオになっている。
人間たちに的確な指示を出し、石垣に続いて、野外トイレをも完成させるという、ヤラセのアドリブまでこなしてしまえば……。
集まった者たちの、ヒコスターへの羨望と尊敬は、もはや計り知れないものになるであろう……!
かたや連れてこられた鬼や亡者たちはボロボロにされ、心の中に深い傷を負う……!
天国の者たちはこんなにも偉大だというのに、自分たちはなんと無力であろうかと、思い知らされ……!
屈辱という名の重石を背負わされ、笑顔に満ちあふれた天国から……。
帰りたくないと泣き叫びながら、引きずり戻され……。
苦しみしかない地獄で、よりいっそうの絶望を味わうことになるのだ……!




