28 ゼウス城の汚点
いつもより三時間も早起きさせられたのに、それをさせた主はいつもどおりの重役出勤。
多くの従業員たちは、わずかに残ったバーコードを毟ってやりたいほどの憎悪にかられていたのだが……。
そのハゲ社長からの『大切なお知らせ』を耳にしたとたん、そんな感情は追い出されてしまっていた。
「なんと我が『ノーヘルロック神殿建築ギルド』が、『神築』を手がけることとなった!」
『神築』というのは、天国にある神々の住居を築くこと。
本来は天使にしか任されることはなく、人間が手がけることは希である。
「しかもなんと、ゼウス様の城じゃぞ! 一流の創造天使様ですら、そうそう手がけることのできない、たいへん栄誉ある仕事じゃ!」
従業員たちのざわめきを、両手を広げて受け止めるハゲ社長。
下々の者たちを驚きを、新緑の香りのように、深呼吸をして吸い込んでいた。
そして、さらなるドヤ顔で続ける。
ゼウス様のお住まいになられている、第1居住城の石垣が、我らが憎きヘルロウが手がけたものであるとわかったんじゃ!
昔々、ゼウス様がまだ下位の神様であったころ、初めての居住となった城を、創造天使様たちがお創りになられた!
その時に、なぜか見習い天使のヘルロウが紛れ込んでおったそうじゃ!
きっとネズミのように入り込んで、ゼウス様の城を創った偉業を自分のものにしたかったんじゃろうなぁ!
それを証拠に、他の創造天使様がお創りになった石垣は、最高級の石材が使われておる!
本来は神の住居というのは、たとえ石垣であったとしても、贅を尽くしたものではならんというのに……!
ヘルロウが担当した部分は、そのへんで拾ってきたような、安っぽい石なんだそうじゃ!
……ちなみにではあるが、昨今の人間世界も、その思想に大きな影響を受けている。
1457年に、人間の世界に建造された『江戸城』という城。
城主は、その時代を支配していた『将軍』であったのだが、彼に仕える各地の諸大名たちは、最高級の石材をこぞって提供し、腕の良い職人たちを派遣して積み上げさせたという。
このことからもわかるように、権力の象徴である『城』というのは、石垣ひとつとっても威信と権威に満ちていなくてはならないのだ。
話をハゲ社長の演説に戻そう。
ヘルロウの関与という、ゼウス城に刻まれた汚点……。
その事実を明るみに出したのは、みなもよく知っておる、偉大なる神様……!
そう、正義のヒーローである、ヒコスター様じゃっ!
さすがヒコスター様、どんな小さな悪でも見逃すことがない!
何千年もの昔のヘルロウの悪行を、時を超えて叩き潰そうというんじゃ!
そこで、我が『ノーヘルロック神殿建築ギルド』正義の使徒として選ばれたんじゃ!
ヘルロウに対して、NO……!
『ノーヘル』を掲げ続けたワシらの正しき心が、ヒコスター様のお眼鏡にかなったというわけじゃ!
ワシらは数ヶ月後に、天国へと向かい……。
ゼウス様の第1居住城の石垣の、『神築』に着手するっ……!
そしてヘルロウの貧相な石垣を除去し、ゼウス様に相応しい、美しく絢爛なる石垣を創りあげるんじゃっ!
『神築』というのは神聖なる儀式であるから、多くの神々や天使様たちがご覧になる!
なんと1年に1回しか、公にはお姿をお見せにならぬ、創造神ケージバード様までもがお見えになるそうじゃ!
じゃから、失敗は絶対に許されん!
しかし、成功を収めることができれば……。
我が『ノーヘルロック神殿建築ギルド』は、この時代で唯一の、『神築』に関わったギルドとなり……。
他のギルドを大きく引き離した、世界一の神殿建築ギルドになることは、間違いないんじゃっ!
これからワシが言うものは、前に出るんじゃ!
ワシが選抜した一流の作業員たちで、これから特訓するんじゃ!
そして、最高の石材とともに、天国に乗り込んで……。
神々や天使様の前で、魔法を駆使した最新鋭の建築技術を披露するんじゃ!
なお今回の『神築』の総責任者は、ヒコスター様ということになっておる。
表面上のことではあるが、ワシらに石積みを指導してくださったということになっておるから、そのつもりでな。
それでは、栄えある聖戦士の名を、これから発表するぞっ!
「……ちょっと待てよっ、パパっ!!」
オーダー表を読み上げようとしたハゲ社長に、待ったがかかる。
それは、従業員たちの最前列にいた、気の強そうな作業服の少女だった。
「なんじゃ、ガンテツか」
ガンテツと呼ばれた少女は、ハゲ社長の足元に詰め寄る。
「ふざけんなよっ! このギルドはヘルロウのおかげで大きくなったんじゃねぇか! それなのに、ヘルロウが堕天したとたんに恩を仇で返すようなマネばかりしやがって! なにが『ノーヘル』だっ! なにが『神築』だっ!」
「またそのことか……。それなら、もう何度も話し合ったじゃろう。悪魔のヘルロウが考えた『ヘルロック』を使い続けることなど、この地上では許されんことなんじゃ。他のギルドを見てみぃ、『ヘルロック』に変わる石積みの技術を考えるのに、四苦八苦しておるじゃろうが」
「だ、だからって……! だからってヘルロウが教えてくれたことぜんぶ、ダメにすることはねぇじゃねぇか! ヘルロウは言ってた! 石垣の石は高けりゃいいもんじゃねぇって! 安い石でも適材適所を心がければ、鉄よりも固い石積みができあがるって!」
「安い石は利益率が低……。いや、安全性が保証されておらんから、使うのは危険なんじゃ」
「職人がちゃんと目利きすればいいだけのことだろう!? 職人はみんな、ヘルロウから教わった『石の声』を聴くことがきるんだ!」
「それも、高い石を使えばすむことじゃ。高い石を使えば利益率が高……。いや、職人の手など借りなくても綺麗で頑丈な石が手に入る。それに積み上げも魔法でやってしまえば事足りる。職人のこだわりなど、邪魔なだけなんじゃ」
「職人をないがしろにする国は、滅ぶ……! 量産はしても、職人の心までは捨てるなって……! ヘルロウはパパにそう言ってたじゃないか!」
「よくそんな、昔のことを……。それはワシがまだ若く、ガンテツがまだ小さい頃の話じゃろうが。時代は変わていくんじゃ」
話はこれで終わりだとばかりに、ハゲ社長はしっしっと追い払うような仕草をした。
「娘であるお前が、どうしてもというから、職人たちはクビにせずに雇ってやっとるというのに……。これ以上ワシのすることに口を挟むなら、職人もろとも追い出してやるぞっ! だいいち、神殿建築は男がするものと決まっとるんじゃ! それなのに女であるお前が、いちいち出しゃばってくるんじゃない! あっちへ行けっ!」
「ぐっ……!」と歯噛みするガンテツに、グチグチとした愚痴が降り注ぐ。
「まったく、強い子に育ってほしいから『ガンテツ』なんて名を付けたのが間違いだったんじゃろうか。女のクセに男みたいな言葉遣いで、石積みになんか興味を持ちおって……。これもなにもかも、あのヘルロウのせいじゃ。女というのものは、黙って弁当でも作っていればよいものを……!」




