08 ヘル・クッキング
天国で、ふたりの神の思惑が交錯し、膨らんで……。
大きな事件へと発展しつつある頃。
自分がその中心に据えられているとも知らない堕天使少年、ヘルロウは給水塔を創り終えていた。
しかし休むこともなく、すぐさま次の作業へと取りかかる。
新しいクラフトができるとあっては、少年は疲れ知らずなのだ。
まずは、手先の器用な亡者を何人か見繕い、鬼たちも引きつれて調理場へと向かう。
石の調理台にはすでに、獲ってきた魚が積み上げられていた。
ヘルロウはその前に立つと、まわりを取り囲んでいる者たちに向かって言った。
「よし、じゃあ獲ってきた魚を調理するぞ。ぜんぶ干物にするんだ」
しかしそれに異を唱えたのは、ピンキーであった。
「でもヘルロウ君、干物って、魚を長持ちさせるためのものなんでしょう? たしかに魚はたくさんあるけど、この村には大勢の亡者がいるから、腐る前に食べきれると思うんだけど」
「そうだな。でも干物には魚を長持ちさせる効果の他に、わずかではあるが、栄養を変化させる効果もあるんだ。減ってしまう栄養もあるけど、『脂質』が倍以上に増えるんだよ。これからしばらくの間、『脂質』を補える食材が得られないから、干物で補うことにする」
タンパク質: 魚
炭水化物:サツマイモ
脂質:魚
ミネラル:魚
ビタミン:なし
さらに横から、ミヅルが口を挟んできた。
なにかを察したように、メガネが光らせながら。
「ほう、もう少ししたら『脂質』の食材が手に入るかのような口ぶりですね」
「ああ。おそらくだが、少しの辛抱だ。その時になれば、もっと大変な仕事が待ってる。だから今のうちに、栄養をつけておきたくてな」
「ふっ、小生にはすべてお見通しですよ。……いいでしょう。それでは、干物を創りましょうか」
「ああ、よろしく頼む。それと今回は、この『岩塩』を使ってくれ」
ヘルロウが差し出した赤褐色の岩を、目をまん丸にして覗き込むピンキー。
「がんえん? その石みたいなのをどうすればいいの?」
「そうだな……じゃあまずは、俺がやってみせようか。……っと、その前に、誰かお湯を沸かしておいてくれるか」
ヘルロウは亡者のひとりに湯沸かしを指示する。
そのあと、石の調理台に積み上げておいた魚から、一匹取って石のナイフを入れた。
鮮やかな手つきで、あっという間に開きにする。
その様子を取り囲んで見ていた者たちから、感嘆の溜息が漏れる。
「はぁ……。見事な包丁さばきどすなぁ。地獄の一流店の板前みたいどす」
「ほほぅ……。拙者から一本取るだけでなく、料理までこなすとは……文武両道とは、まさにこの事でござる」
「わぁ……。ヘルロウ君って本当になんでもできるよねぇ」
鬼たちから賞賛されて、ヘルロウはくすぐったそうに身をよじらせた。
「なんでもできるわけじゃないよ。ただ料理は『クラフト』の一環だからな。いろいろ勉強したんだ」
開いた魚から、エラとハラワタを取り、別の場所によける。
魚を桶に汲んでおいた水で洗い、血や汚れを落とす。
ふとアローガが手を伸ばしてきて、よけておいたエラとハラワタをゴミ捨て用の桶に移そうとした。
「あっ、待て。エラとハラワタを捨てるんじゃない。これはこれで使い途があるんだ」
「ええっ? エラとハラワタなんて、どうするつもりなんどすか?」
「ああ、いろいろ使えるんだ。俺にとっては宝の山みたいなもんだ」
「地獄の板前でも捨ててはったものが、宝の山やなんて……」
「ヘルロウ君にとっては、なんでも宝物なんだねぇ」
「っていうか、みんなは物の本当の価値に気付いてないだけだ。この世に捨てるものなんて、なにひとつないんだからな」
おしゃべりを続けながらも、ヘルロウの手は止まらない。
調理台に乗せた岩塩を、石で砕いて粉々にして、新しい手桶の水に溶かした。
できあがった塩水に、開いた魚をそっと沈める。
「これでよし、っと。このまま少し置いておいて、魚に塩が回るのを待つんだ。取り出したあと、しばらく干せば干物の完成だ。それじゃあ次に、もう二品ほど創るぞ」
「もう二品!?」とハモる鬼と亡者。
驚いている間にヘルロウはもう調理に取りかかっていた。
「でも、次のは簡単だ。魚のワタとエラをそれぞれ別の容器に入れて、塩をまぶす。これを長いこと放置しておけば、珍味として食べられるようになる」
「ちんみ……?」
「きゅ、急にそんなことを……ヘルロウ様、どないしはったんどす? うちがいくら思わせぶりなことを言っても、全然なびかへんから、もしやとは思うとったけど……」
「ふっ、下ネタではありませんよ。ミカンの皮という意味です」
「ふたりとも、なにを勘違いしてるんだ。珍しい味の食べ物って意味だ」
「それは楽しみでござるな! でもワタが少し残っているでござる。こっちは『ちんみ』にしないのでござるか?」
「ああ、こっちは別の用途があるんだ。漁の撒き餌とか、畑の肥料とかに使う」
「ははぁ、ヘルロウ様のおっしゃる通り、魚のワタでもそれほどの用途があるとは……! 拙者、感服しきりでござる!」
「感心するのは早いぞ、最後にもう一品創る。次はコイツだ」
ばさりと調理台に置かれた、さらなる食材に、驚愕が噴出した。
「えっ……ええええっ!? これって……」
「い……芋の蔓!?」
「そうだ、芋の蔓は食べられるんだぞ。ただ、味つけをしないと食べられたもんじゃないから、今までは敬遠してたんだ」
言いながら、蔓の皮を器用に剥くヘルロウ。
「なっ……!? 味つけなど……! 亡者に栄養を摂らせるのであれば、無理にでも食べさせたらよかったでござる!」
「いざとなったらそれもしょうがないけど、『食べる』ってのは、生きていくには欠かせないことだろ? だったら美味しいほうがいいと思ってな。『仕事』もおんなじだ。どうせやらなきゃならないんだったら、楽しいほうがいいだろう」
調理開始前に、亡者に頼んでおいた湯が沸いていたので、剥いた芋の蔓をパラパラと入れる。
「へ……ヘルロウ様は、民のことをそこまで考えておられたとは……! 拙者、感服を通り越して、感涙にござるっ!」
「ヘルロウ様がおられる所は、ほんに、毎日が桃源郷どすなぁ」
「わぁ、ほんとだね! ヘルロウ君に会ってから、私も毎日がすっごく楽しいもん!」
湯がいていた芋の蔓を取り出して、あとは上から軽く塩を振れば、完成……!
「それはもういいって。それよりも、最後の一品の完成だ。芋の蔓には『ビタミン』が豊富に含まれているから、これで五大栄養素がぜんぶ揃ったぞ」
タンパク質: 魚
炭水化物:サツマイモ
脂質:魚
ミネラル:魚
ビタミン:芋の蔓
いままでヘルロウ村の食事といえば『焼き芋』一品だけであった。
しかし今日はなんと、三品……!
いっきに三倍ものごちそうに、その日の食卓は、大変なことになってしまった……!




