05 天国への架け橋
『水と塩』。
そのふたつは人間が生きていくには欠かせないものである。
ちなみに水は今までどうしていたかというと、『等活地獄』にある井戸水を利用していた。
それは鬼専用の水だったので亡者は飲むことを許されていないのだが、エンマ城からの見張りの目を盗んで、こっそりくすねていた。
いままでは亡者たちは栄養どころか食べ物すら与えられていなかったので、水を欲することもなかった。
しかし栄養、特に塩を摂り始めた場合は、同時に水も必要となってくる。
掘割を創ったのも、実はそのあたりの意味もあったのだ。
しかし鬼や亡者たちにはそのあたりの意図はまだ伝わっていない。
岩に歓喜するヘルロウを、不思議そうな顔で見つめている。
そこに、漁に出かけていた者たちが帰ってきた。
イキのいい魚を詰め込んだカヤックたちが、砂煙をあげつつ掘割の向こうに横付けする。
「ただいまーっ! いっぱい魚つかまえてきたよ! わあっ!? なにこれなにこれっ!?」
村の周りが穴で囲まれていたので、勢いあまったピンキーは落ちそうになっていた。
後からゆっくりとやってきたミヅルが、メガネを直しながら穴を覗き込んでいる。
「ほう……。これは、ゴミ捨て用の穴ですね」
「ふふん、これはヘルロウ様がお創りになった、『掘割』というものどすえ。そしてこっちは『跳ね橋』どす。こうすると、ほら……!」
アローガが得意気に、橋のたもとにあるレバーを回す。
するとカラカラと音をたてて、掘割の間に橋がかかった。
「わあーっ!? 動く橋だなんて、すごいすごい! すごーいっ! でもなんで、橋を動かす必要があるの? 橋ってずっと使うものだから、架けっぱなしでいいんじゃ……?」
「ふぅ、そんなこともわからないとは……。簡単ですよ、高速で上げ下げすることで、風を起こすことができるのです。いわば、巨大なうちわのようなものですね」
「わぁ、なるほどぉ! 風を起こすためにあるのね! でも、なんのために?」
「暑いときに橋の向こう側にみんなで集まれば、いっぺんに涼むことができるでしょう?」
「そっかぁ……。でも、上げ下げしなくちゃいけない人は大変だね、余計暑くなっちゃいそう」
「それは問題ありません。『生きている人形』である、ストローにやらせればいいのですから」
「そっかぁ! 暑くなったらお願いね、ストロー!」
ピンキーに言われて、ストロー『任せてください』と言わんばかりに胸をドンと叩く仕草をする。
ヘルロウはその寸劇を、拍子手で打ち切った。
「おしゃべりはそのへんにして、獲ってきた魚を調理するぞ。ぜんぶ干物にするんだ」
「わぁ、わかった! 水もいっぱい汲んできたけど、これはどうするの?」
「そうだった、そっちもあったな。じゃあ魚の前に、軽く給水塔でも創るとするか」
「きゅすいとう?」とハモる鬼たち。
「水を溜めておくための施設だよ。亡者たちが栄養を摂るようになったら、これからは水もたくさん必要になるから、『等活地獄』からくすねていた水だけじゃ足りなくなる。だからこれからは漁のついでに水を汲んできて、給水塔に補充する必要があるんだ」
さっそく亡者たちに指示を出し、材料となる木材を集めさせているヘルロウ。
その様子を、鬼たちはポカンとした表情で見ていた。
「水を溜めるための『施設』を、『軽く』って……」
「跳ね橋といい、ヘルロウ様は本当になんでもお創りになられるどすなぁ」
「拙者が驚きだったのは、あの『スコップ』という武器でござる! ヘルロウ様は、鬼以外で拙者を負かした初めての御方でござる!」
「ヘルロウ君って、本当に何者なの……?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それからしばらくかかって、村に新たな設備が誕生した。
【給水塔】 施設レベル:4
水を溜めておくための、木造の給水塔。
あっさりと出来上がったように見えるが、かなりの技術である。
実は地獄の木材だけで給水塔を創るのは不可能に近い。
木材のとしての質が悪いので、大量の水を溜める給水塔の水圧に耐えられないのだ。
しかしヘルロウは木々のつなぎ目を隙間なくするように、木材をしっかりと成形。
しかも骨釘を使わず、木材同士を組み合わせる方式で強度を確保。
そうしてできあがったのは、水漏れひとつない、見事な給水塔であった。
さらにこの塔には、驚くべき機能があった。
塔のふもとに創られたレバーを倒すことにより、
……しゅばあああああっ……!
塔から、じょうろのように飛び出でている筒から、水が飛び出し……。
隣にある畑一面に、水を撒くことができるのだ……!
「サツマイモの水やりは最初のうちだけだから、こんな機能は不要なんだが……。これからは栄養の確保のために、もっといろんな作物を育てなくちゃならん。そうなれば、この機能が大いに役立つことだろう」
霧雨のように畑に舞い落ちる水に、満足そうなヘルロウ。
しかし他の者たちは、それとは別のものに見惚れていた。
「わあ……! なにあれ、綺麗っ……!」
「宙に浮かぶ七色の半円とは、なんと面妖な……!」
「なんと美しい……! まるで天国にかかる橋みたいどすなぁ……!」
「ふぅ、小生たちの活躍を見に、天使様が降りてきているのかもしれませんね」
鬼たちは初めて見る不思議現象に、思わずウットリ。
「虹じゃ! 虹じゃあ……!」
「虹なんて、何千年ぶりだろうか……!」
「まさか、地獄で虹が拝めるだなんて……!」
「虹がこんなに綺麗なものだったなんて、知らなかった……!」
「地獄には無かった虹を、いとも簡単に創り上げてしまうだなんて……!」
「ヘルロウ様は本当に、とんでもないお方だ……!」
「ああっ、ありがたや、ありがたや……!」
亡者たちは心まで洗われてしまったかのように、みな泣いていた。
ヘルロウはまたひとつ、歴史的……。
いや、神話的な快挙を成し遂げていた。
それは、
『地獄に虹をかける』……!
その虹はまさに、天国へと続いているかのようであった。
しかし……。
それは、比喩ばかりでもなかった。
まさか、少年が捨てられ、少年が捨てた……。
かの地で、とんでもない事が起こり、巻き込まれようとしているとは……。
この虹は、その未来の暗示であるということに……。
さすがの少年も、この時はまだ、気付いていなかったのだ……!
ダメルシアンのざまぁを挟んだあとの次回、ついに『神』が登場します!




