64 ダメ天使の末路6
……ぽつり。
ダメルシアンの頬に、雫が当たった。
「雨……? 雨雲でもないのに……?」
その正体は、すぐにわかった。
……ひょこっ。
と音がしそうなくらいに、雲の端から出てきた顔は……。
ダメルシアンをこんな目に遭わせた一端を担う、あの太っちょ汗っかき天使だったのだ……!
「れ……レインコション!?」
あの太汗天使はダメルシアンに首を絞められたあと、被害者ぶるためにコルセットをするようになった。
それが余計ダメルシアンを苛立たせたのだが、置かれている立場を思い出して冷静になった。
「い、いや、レインコションくん! ちょうどいいところに! 身の程知らずの人間たちに襲われて大変なんだ! 僕を助けて! 手を伸ばして、そっちに引っ張りあげてほしいんだ!」
しかしレインコションは答えない。
溶ける太陽のような汗をしたたらせながら、細目のニヤケ顔を浮かべるばかり。
「な……なにがおかしいんだっ!? さては助けて欲しければ、金を寄越せっていうんだな!?」
「いや、もうお金は結構だしょん。ダメルシアンさんからは、すでに40億、これから40億貰えることになっているしょん。ダメルシアンさんには、感謝してもしきれないしょん」
「心にもないことを!」と口を突いて出そうになったが、ぐっと飲み込むダメルシアン。
「かっ、感謝だと……!? だったらその恩に報いてくれてもいいだろう!? 僕を今すぐ助けてくれ!」
「そうしたいのはやまやまだしょん。でも、できないんだしょん」
「なぜだっ!?」
「それは……。しょんはこのたび昇格して、権天級の天使になったんだしょん」
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●権天級
↑昇格:レインコション
●大天級
●小天級
ダメルシアン
○堕天
ヘルロウ
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「なっ……!?」
「これも、40億の現金と、40億の債権譲渡……。あわせて80億¥ものお金を、デメテル派に寄付したおかげしょん」
「き……貴様っ!? 僕の金を賄賂に使っていたのか!? なんてヤツなんだっ! このことを、『還りの会』で……!」
そこまで口にして、残りの言葉は喉の奥へと引っ込んでいく。
なぜならば、わかってしまったからだ。
レインコションが自分を助けない、理由が……!
途端、また涙が溢れてくる。
滲んだ視界の向こうにある、水面に映った太陽のような顔に、ダメルシアンは泣きすがった。
「お……お願いだ……。お願いだよ、レインコションくん……! いや、権天級天使、レインコション様……! 助けて……! この哀れな僕を、助けておくれよぉ……! お願いだから、お願いだからぁ……!」
藁をも掴むように、手を伸ばすダメルシアン。
しかし、虚しく空を切る。
彼の頭の中も、すでに空虚。
がらんどうのようになってしまった脳内に、いやらしい半笑いの声が響く。
「ダメルシアンさんも知ってのとおり、権天級天使になれば、雨だけでなく雷も降らせることができるようになるしょん」
「や……! やめてやめてやめてっ! やめてっ!」
「記念すべき最初の雷を……これからしばらく地上で暮すことになるダメルシアンさんへの餞別として贈らせていただくしょん」
「なんでもする! なんでもするからやめてぇ! キミの言うことはなんでも聞く! なんでも言うことを聞く奴隷になるからぁ! ニワトリになれといわれればなるっ! ウシになれといわれればなるっ! ブタになれといわれればなるからぁ!!」
「ふうん、それじゃあ、試しに鳴きマネをしてみるしょん」
「こっ……コケコッコーッ! モーッモーッモーッ! ブヒーッブヒブヒブヒーーーッ!! ほ、ほら、そっくりでしょ!? 他にもいろんな家畜になれるよ! なれるってば! ああん! ああん! お願いっ! 助けてくれるなら、なんにでもなるからぁぁぁぁぁん!」
「じゃあ、地上で人間のマネをするしょん。地上でちゃんと40億¥を稼いできたら、今度こそ本当に引っ張りあげてあげるしょん」
「やっ……! やだあっ! それだけは嫌だあっ!! やあん! やあん! いやあん! いやだってばぁ! 人間になるのだけは、いやだっ! 嫌なんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「みんなが望んでいるのは、それだけしょん。じゃあ、お達者で……」
……カッ……!!
刹那、ふたりの少年の間に、閃光がおこる。
……ドッ……!
ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
瞬転、明暗が分かれる。
かたや、白いキトンが光を反射して、まばゆいほどの白さに輝く少年と……。
かたや、太陽に挑んだ身の程知らずのように、黒コゲになって落ち行く少年……。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?」
金色の雫の尾を引きながら、ダメルシアンは堕ちていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それからダメルシアンは、地上で暮らし始めた。
家などあるはずもないので、川の下を寝ぐらにして。
天使としてのクラフトの請負いができなくなってしまったので、工房で働き始めたのはいいのだが……。
そこでも何もできなかったので、役立たずとしてすぐに追い出されてしまった。
それからは工房以外のアルバイトにも挑戦したのだが、すべて3日と持たなかった。
どこも雇ってもらえなくなってしまったので、今では、廃品回収とドブさらいをして、1日500¥ほどを稼いでいる。
しかしその儲けも、自分のものにはならない。
レインコションに送金しなくてはならないのだが、少額では受け付けて貰えない。
川の下に隠しておくのだが、それもすぐに盗まれてしまった。
持ち歩くことにしたのだが、あっという間に人間たちに取り囲まれてしまい、
「おい、こんな所にダメ天使がいるぞ!」
「おら、縮こまってねぇで、空を飛んでみせろよ! ジャンプしてみろ!」
「おっ!? 蹴ったら金の音がしたぜ! コイツ、金なんて持ってやがった!」
「いままでさんざん俺たちから絞り取ってきやがって! これは元はといえば、俺たちの金だ!」
ダメルシアンは路傍の石のように、道端で縮こまっていた。
あれほど嫌だと思っていたものに、今か心の底からなりたいと思っていた。
誰もが、自分を無視してくれないのだ。
行先のどこでも取り囲まれ、殴られ、蹴られ、罵声と石を浴びせられ……。
そして、賽の河原で積んだ石のように、金を奪われる……。
……それは、この惑星始まって以来の、珍事であった。
現役の天使が、まだ堕天もしていないというのに、人間たちから責め立てられるなどとは……!
いまだかつて、一度たりとも無かったこと……!
堕天した天使というのは、77日間もの間、天国と地上を引き回しにされたあと、地獄に堕とされる。
しかし、ダメルシアンは堕天したわけではない。
主神から見放され、一部の『天技』を奪われただけである。
それなのに、石を投げつけられるということは……。
その責苦には、終わりがないことを意味する……!
77日どころか、40億¥という、途方もない金額を返済し終えるまでは、ずっと……!
天使である以上、途中で死ぬこともできず……!
ずっとずっと、このままっ……!!
「お……! お願いだ! いや、お、お願いですっ!! もう許して! もう許して! 石を投げないでっ! 蹴らないで! 盗らないでっ! やだっ! もうやだっ! やだやだっ!! 痛いのはやだっ!! 苦しいのはやだっ! こんなになってまで、生きていくのはいやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
第1章、これにて終了です!
すでに第2章は始まっておりますが、このあと第1章の登場人物紹介を差し込み掲載させていただきます。
そして今回は試験的に差し込み掲載により並行連載をしてみたのですが、読みづらいようなので今後は控えたいと思っております。




