47 新たなる懸念
ダメルシアンが、レインコションにフルパワーでの降雨を依頼してから、数日後。
ブリッヂメイカーが陣頭指揮をとって創り上げていたダムが完成してから、次の日。
ルシエロを、さらなる豪雨が襲った。
止まない雨、それがさらに強く降り注いだのだ。
川の増水を懸念して、ブリッヂメイカーの領地にいる民はみな避難所に退避する。
屋根に当たる雨音が、責めるような音をたてるなか、誰もが不安にかられていた。
「ああ……今まででさえ強かった雨脚が、さらに強くなるだなんて……!」
「まるで天使様の足で、踏みつけられているようだ……!」
「天使様が戒めとして降らせていた雨に反省せず、ダムなんかを創ったから、お怒りになったのでは……!」
「そうだ、そうに違いない! だって、ダムが完成したとたんにこの雨だ!」
「やっぱり今からでも、ブリッヂレイカー様に土下座して、天使様にとりなしてもらったほうが……!」
民衆は口々にそう騒ぎたてたが、それを制したのは若者たちであった。
「みなさん落ち着いてください! 我々には、ヘルロウ様が授けてくださったダムがあるではないですか!」
「そうよ! それに私たちは、なんにも悪いことはしていません!」
「ああ! 元はといえばブリッヂレイカー様とダメルシアン様が、へんな橋を架けたのがいけないんだ!」
「こ……こら! ブリッヂレイカー様はともかく、天使様の悪口を言うな! 聞かれていたらどうするんだ!」
「聞かれてたってかまいません! それに私たちには、ヘルロウ様がついているではないですか!」
「でも……ヘルロウ様は堕天使ではないか。もう悪魔だとは思わぬが、天使様でもない……!」
「そうだ! 堕天した天使様は、何の力も持たない! ようは、我らと同じ人間なのだろう!? そんなヤツが信用に足るというのか!?」
「だから……だからこそです! ブリッヂメイカー様がおっしゃっていたではないですか! ヘルロウ様は、我ら人間と同じ目線、同じ立場になって接してくださったと! ダメルシアン様のように、空から見下ろすようなことは、決してしなかったと!」
「ブリッヂメイカー様からその話を聞いたとき、私は思ったんです! 私たちはヘルロウ様をもっと早くから信じてあげるべきなんじゃなかったのか、って! ヘルロウ様が堕天するときに、反対するべきじゃなかったのか、って!」
「いまさらもう、遅いかもしれないけど……俺たちはヘルロウ様を信じる! だってヘルロウ様がいなかったら、ヘルロウ様の石橋がなかったら、このルシエロ領は存在しなかったんだから!」
「そうです! ヘルロウ様から教わった石橋は、まだ一度だって流されていません! そのヘルロウ様が教えてくださったダムがあれば、きっと大丈夫です!」
「ううっ……! それは、確かにそうかもしれんが……ダムがもしダメだったら、この領地はおしまいなんだぞ!?」
「そうだ! それに、仮にダムが大丈夫だったとして、川の氾濫が抑えられても……。この雨は、止むわけじゃない! これからもずっとずっと、降り続けるんだぞ! それが、どういう意味だかわかるか!?」
「作物が一切育たなくなって、農業が全滅しちまうんだ! 今でこそもう畑はグチャグチャで、使い物にならないのに……! このままじゃ、飢え死にしちまうんだぞ!」
ルシエロに降り続く雨の問題は、いくつかあった。
短期的で、軽微なものとしては、『洗濯物が乾かない』。
重度のものとしては、川の氾濫による被害がある。
前者は何とでもなるとして、後者は今回のダムの結果待ちの状態である。
しかしダムがうまく機能したとしても、万事解決とはいかない。
なぜならば、長期的な問題のほうが残っているからだ。
むしろこちらのほうが、頭痛の種であった。
軽微なものとしては、家屋の腐敗。
領内のどの家も、建材には腐りやすい『ヤワモミ』が使われている。
いちおう、ヘルロウ直伝の防腐剤が塗布されているので、そう簡単には腐らないが……。
これほど長期に渡って雨に晒されるとなると、かつての橋と同じような運命を辿ることは目に見えている。
だがこの問題については、ヘルロウから授かった『防虫剤』『殺虫剤』で乗り越えることができるだろう。
しかし……最大の問題は、雨による『経済活動の阻害』であった。
このルシエロは雨が少ない地域ではあるものの、川のおかげで豊富な水資源がある。
そのため天候に左右されない、安定した農業が可能となっていたのだ。
いまは雨が降り続けているので、そのメリットはもはやない。
穀物は根腐れを起こし、とてもではないが農作業どころではなくなってしまった。
最大の産業を封じられてしまったせいで……。
ブリッヂメイカー領の民衆は、備蓄の穀物で糊口をしのぐ毎日を送っていたのだ。
「これを天からの罰といわず、なんというんだ……!? もはやただの人間となってしまったヘルロウ様では、どうしようもあるまい!?」
ぐうの音もでない一撃に、若者たちは反論できなくなってしまう。
あれほど喧々囂々としていた避難所の中が静まりかえり、雨音と絶望が支配した。
しかしそのムードを打ち破るかのように、飛び込んできたのは……。
「おい、皆の衆! すごいぞ! 川がぜんぜん溢れておらん!」
木にいっぱい集まったカブトムシやクワガタを見つけた少年のような、笑顔でいっぱいのブリッヂメイカーであった……!
「さすがヘルロウ様のクラフトじゃ! 雨の量は増えたというのに、川の水位はいつもより低くなっておったぞ!」
「ぶ、ブリッヂメイカー様!? この雨の中を、わざわざ見に行ってらしたのですか!?」
「ああ、いてもたってもいられなくなってな! こんな気持ちになったのは、ヘルロウ様に『魔法の水』を頂いたとき以来じゃ!」
「『魔法の水』……?」
「ああ、『砂糖水』のことじゃよ。この領地で伝わり、もはや知らぬ者はおらぬじゃろう」
「えっ、虫を採るための砂糖水も、ヘルロウ様が教えてくださったことだったのですか!?」
「そうじゃ! でも、そんなことに驚いている場合ではないぞ! それに、こんな所でじっとしておる場合じゃないぞ!」
「ええっ!? こんな所でじっとしてる場合じゃないって!?」
ブリッヂメイカーは、避難所の中で誰よりも元気であった。
びしょ濡れの雨合羽を脱ぎもせず、パンパンと手を叩く。
「この避難所のなかで、準備をするんじゃ! 雨が止んだらすぐに次のクラフトができるようにな!」
「えっ……えええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーっ!?!?」




