46 ダメルシアンの本気
ダメルシアンは翼を翻し、跪いたままのブリッヂレイカーを残して天国へと戻る。
彼は『天使中学校』の昼休みを利用して地上へと降りてきていたのだが、学校に戻るとちょうど次の授業のチャイムが鳴っているところだった。
ヘルロウも通っていた『天使中学校』は、下級の天使たちが通う学校。
地上にある中学校のような中等教育のほかに、天使としての資質を向上させる教育を受ける。
その仔細はいずれ明らかにするとして、ダメルシアンは午後の授業を受けたあと、放課後にある生徒を校舎裏に呼び出した。
「なんでしょん、ダメルシアンさん」
下がり気味の語尾と、喉が詰まっているかのような発音。
その男子生徒は太っていて、目が脂肪の中に埋まるほどであった。
真夏でもないのに、全身を雨に打たれたように汗でびっしょり濡れている。
「レインコション。いま僕がキミに頼んでいる、地上への雨の量を増やしてほしいんだ」
「それって、ルシエロへの雨のことでしょん? いまはだいたい50パーセントの力で降らしているでしょん。それをどのくらいに上げればいいでしょん?」
「ルシエロの人間たちは、僕がせっかく授けてやったクラフトを、ないがしろにしているんだ。しかも僕たちの降らしている雨に反省もせずに、抵抗しようとしている。こうなったらすべて押し流して思い知らせてやる必要があるんだ。だから100パーセントでやってほしいんだ」
「『僕たち』って……。雨を降らせているのは、天候天使であるしょんだけの力しょん。ダメルシアンさんには雨を降らせる力なんてないしょん」
「わかってるよ、そんなことは。じゃあ、よろしく頼んだよ。……って、その手はなんだい?」
「追加のお代をいただくしょん」
「キミにはもうすでに、10億¥も払ったじゃないか。それなのに、まだよこせっていうのかい? たかが雨を降らせるだけのことじゃないか」
「そう思うなら、自分の力で降らせるといいしょん。まぁ、創造天使のダメルシアンさんには逆立ちしたって無理だろうしょん。よくいるんだしょん、水と空気はタダだと思っている人が……」
「わかったよ、追加でいくら欲しいんだい?」
「20億¥は頂かないと、見合わないしょん」
「それって最初に払った金額の倍じゃないか。そんなには払えないよ」
「嫌なら別にいいしょん。100パーセントの力となると、しょんは他の地域に雨を降らせることができなくなるしょん。そうなると天使としての成績が下がってしまうかもしれないしょん。そのくらいの見返りくらい、当然しょん」
「……わかったよ。そのかわり、ちゃんとやってくれよ」
「もちろんしょん。頂いたぶんの働きはさせてもらうしょん」
いまルシエロを覆う雨はすべて、ダメルシアンがクラスメイトの天使である『レインコション』に依頼して、金で降らせてもらっているものであった。
レインコションは大天級の『天候天使』。
天候天使というのは天候神に仕える天使たちのことで、天候を操ることができる。
といっても神ほどの力はなく、下級の天使なので操れる天候も一種類のみ。
レインコションは『雨』を専攻していた。
そしてダメルシアンは『創造天使』。
ヘルロウと同じものづくりに長けた天使で、もちろん天候を操る能力はない。
なおダメルシアンは、ブリッヂレイカーに向かってこう宣言していた。
「いままでは相手が人間だと思って、手加減してたけど……いいだろう! 僕の『本当の力』を見せてあげるよ……! ヘルロウの石橋なんか、ゴミクズみたいに押し流してしまうほど、『偉大なる力』を……!」
それはロクでもない天使の代表格のような彼でありながらも、実に格好いい台詞であった。
そしてこう言われると、てっきりダメルシアン自身の力で雨を降らせているのかと思ってしまうが……。
なんと、彼の言う『偉大なる力』とは、自分の力ではなく……。
他者の力を、さもこれから自分が振りかざすかのように、豪語していただけだったのだ……!
なぜかというと、自分をより偉大なる天使として粉飾したかったのだ。
もしこのことをブリッヂレイカーに正直に伝えていたとしたら、どうなっていただろうか。
雨の力でブリッヂメイカーの集落にあるヘルロウの石橋を流した場合、誰に感謝するだろうか。
そう、レインコション……!
ブリッヂレイカーはきっと、レインコションを讃えるに違いない。
その手柄の横取りだけは、ダメルシアンとしては何としても避けたかった。
自分のことを、橋を架けられるうえに、雨で天罰を下せる有能天使ということにしておけば、ルシエロの民衆たちの畏敬と畏怖は、すべて独り占めでき……。
『ダメルシアン祭り』はルシエロにおいて、領民的カーニバルの地位を、不動のものとして確立できるのだ……!
しかもレインコションに払っている金は、ルシエロの領民から、サギのような橋の代金として奪ったもの。
収支としてトントンだが、確固たる『信心』が得られるのであれば、安いものである。
『信心』というのは、民衆が神や天使に向ける賞賛のようなもので、天使における最大の評価基準である。
なぜならば『信心』というのは、神の力を決定づけるもの。
より多くの民衆に信じられている神こそが、『強い神』ということになるからだ。
そして天使は神に仕えることで、その神の多大なる力の一部を借り受けている。
力の見返りとして天使は『信心』を集め、仕えている神に差し出すという仕組みになっている。
そのため、神は天使を『信心を集められるか』で評価する。
『信心を集められる』天使ほど階級をあげてやり、より強い力を与え、さらに信心を集めさせる……。
それが、天国における神と天使、そして地上の人間たちの関係であった。
天使たちが『偉業』にこだわるのも、結局は信心を集めるためである。
書物や芸術品、祭りなどの形で偉業を残すことにより、より長きにわたって人間たちの信心を得ようというわけだ。
ちなみにヘルロウは『偉業』を残すようなことはしていない。
創造にまつわる神や天使において、『偉業』というのは特許権に相当するものなのだが、ヘルロウは自分の創造物はすべてフリー扱いにしていた。
そのためヘルロウは、下級天使でも最低ランクの小天級のまま。
となれば彼が仕えていた神は、彼をさぞや鼻つまみものにしていたに違いない……。
そのあたりのことは、いずれ明らかになるだろう。
余談が長くなってしまったが、話を元に戻そう。
いままでルシエロの民を消沈させていた雨は、まだ50パーセントものリミッターが掛けられた、まだまだ甘いものだというのがわかった。
それがいよいよ100パーセントとなって、彼らに襲いかかることとなったのだ。
ブリッヂメイカーが現在建造中のダムは、それまでには間に合うことだろう。
だが問題は、そんなことではない。
これは人間対天使という、結果のわかりきった戦いではないからだ。
天使 vs 堕天使 ……!
ふたつのガチンコ勢力の戦いの幕が、いま切って落とされようとしていた。
天使の100パーセントの力を前にして、『ヘル・クラフト』は耐えることができるのか……!?




