45 開きはじめたもの
ルシエロ領では大掛かりな治水工事が進んでいた。
その工事はすべて、領内におけるブリッヂメイカーの集落に住む者たちが行なっている。
その頃、ブリッヂレイカーの集落の者たちは何をしていたのかというと……。
「ねぇねぇ、聞いた!? ブリッヂメイカー様の領地のほうは、川が氾濫して大変らしいわよ!」
「聞いた聞いた! 悪魔の力なんかに頼るから、天使様のお怒りに触れたって、もっぱらの評判よ!」
「こっちのブリッヂレイカー様の領地のほうは、川は増水してるけど、氾濫することはないし……やっぱり天使様のご加護があるからなのねぇ」
「やっぱり長い歴史が証明してくれているとおりね! 天使様に従ってるのが、いちばんってことよ!」
「それに、何もかもブリッヂレイカー様の言うとおりになったから……やっぱりブリッヂレイカー様に付いてきて正解だったってことよね!」
「そうね! でも……橋がないのだけは不便よねぇ」
「しょうがないでしょ、石橋は悪魔であるヘルロウが創ったものだから使えないし、木の橋は腐って白アリが出てきちゃうし……」
「小さい川ならアレでなんとかなるんだけど、大きい橋となると……ねぇ」
井戸端会議をしていた女たちは、横に走っている川を見やる。
最近はずっと水量が増している川の上には、板きれのような岩がデンと鎮座していた。
ブリッヂレイカーの領地の者たちは、ヘルロウのアーチ型の石橋を架けることができない。
そのため、巨大な岩から一枚岩を切り出し、それをそのまま橋がわりに使っていた。。
木造ではないので、白アリ問題は無いのだが……。
「でも、あれってすごく渡りにくくない?」
「うん。雨の日は滑るし、使っていくうちに表面がデコボコになるし……」
「うちの人も言ってたわ。悪魔の石橋は傷んだところが取り替えできたらしいんだけど、あの石橋は一部が傷んだら全部取り替えないと、割れてしまって危険なんですって」
「大変よねぇ、いままでは橋なんてずっとほったらかしで良かったのに、今では多くの男の人たちが橋にかかりっきりで……」
「でも、大きな川のそばに住んでいる人は、もっと不便みたいよ。川幅がありすぎて、石橋が架けられないんですって」
「聞いたわ。なんでも船を使ってるんでしょう?」
「そうなの? いちいち川を渡るのに船なんて使ってたら大変でしょう。それに木の船なんて使ってたら、また白アリが湧いちゃうんじゃないの?」
「それがね、何回か使ってすぐに燃やしちゃうんですって」
「それって、使い捨てみたいなもんじゃない!」
「そうなの。だから大きな川のそばに住んでいる人たちは、一日中イカダをつくってるんですって」
「それだけじゃないのよ。いくら川が氾濫しないといっても、増水して流れが急だから……しょっちゅう事故が起きてるんですって」
「まぁ、それは大変ねぇ。でも……洪水になっちゃうよりはマシでしょうから、我慢しないとねぇ」
「ああ、なんて言ってる間にも、また雨よ。まったく……これっていつまで続くのかしらねぇ」
「ブリッヂレイカー様が言うには、あと半年もすれば雨が降らなくなって、元の雨の少ないルシエロに戻るって言うけど……」
「こんな不便な生活、あと半年も続けなきゃいけないだなんて……」
空からぽつぽつと落ちてきた雫は、あっという間に灰色のヴェールになって周囲を覆いつくす。
彼女たちは濡れ鼠のまま、「はぁ……」とやるせない溜息をついた。
その頃、領主のブリッヂレイカーは、領地の外にいた。
晴れ間と雨雲の境目に立ち、青空をに向かって跪いている。
「このたびも雨を降らしていただき、誠にありがとうございます。ダメルシアン様」
「そんな決まりきった挨拶はもういいよ。いったいいつになったら、僕の偉業を讃える祭りを再開してくれるのさ」
「あと少し、あと少しでございます! ブリッヂメイカーの領地は、川の氾濫で大変なことになっています! 私も定期的に出かけていって、ブリッヂメイカーの領地の者たちに、ダメルシアン様の素晴らしさを説いているところでございます!」
「それも聞いたよ。ブリッヂメイカーとかいう領主に愛想を尽かして、領民がふたたびひとつになればいいんでしょ?」
「はい! そうすればルシエロをあげての『ダメルシアン祭り』に反対する者もいなくなります! でもなかなか、ブリッヂメイカーの領民は、頑固でして……」
「キミの説得の仕方が悪いんじゃないの?」
「ううっ……! それもあるかもしれません! 一時は領主であるブリッヂメイカーが亡くなり、チャンスだったのですが……それがなんと、息を吹き返してしまいまして……」
「ふぅん、ひとりの人間が死のうが生き返ろうが、僕にはどうでもいいけどね」
「その者が、ヘルロウの石橋が流されないことをいいことに、民を煽動しておりまして……!」
「……なんだって? 石橋はまだ流されてないの?」
「はい。ダメルシアン様のお力で雨を降らせていただき、さんざん川が増水したのですが……。ヘルロウの石橋だけは、びくともしなくて……! そしてそれがブリッヂメイカーの領民たちにとって、心の支えになっているようでして……」
「ふぅん。キミは領民が説得できないのは、僕の力不足だって言いたいんだね?」
「い、いえ! 決してそのようなことは! それにブリッヂメイカーの領民たちは、またしても山のほうに何か創っているようです。おそらくこれも、ヘルロウのものかと……!」
「そんなのは、どうでもいいよ。それよりも、許せないなぁ」
ギリッ、と歯噛みをするダメルシアン。
天使である自分が、せっかくクラフトを施してやったというのに、感謝をしない人間たちが腹立たしかった。
そして、それだけではない。
自分の架けてやった橋はあっという間にボロボロにしておきながら、ヘルロウの橋だけは崇めているだなんて……。
本来はそれらの『信心』はすべて、自分に向けられて然るべきもののはずなのに……!
しかも、それだけではない。
天使としての地位も、偉業も、容姿も精神も、翼の色艶もなにもかも、ヘルロウとは比べものにならないのに……。
それどころかヘルロウはとっくに堕天して、もはや生きてもいないというのに……。
彼のクラフトは、いまだに人々の心の支えになっているということだった……!
しかし、何よりも許せなかったのは……。
「ヘルロウのやつ……。死してなお僕の邪魔をするだなんて……。許せない……!」
ダメルシアンは冷たさの増した視線で、名前もわからぬ人間を睨み降ろす。
「ヒッ!?」と縮こまるブリッヂレイカーに向かって、決意にみちた言葉を投げかけた。
「いままでは相手が人間だと思って、手加減してたけど……いいだろう! 僕の『本当の力』を見せてあげるよ……! ヘルロウの石橋なんか、ゴミクズみたいに押し流してしまうほど、『偉大なる力』を……!」




