44 反撃準備
ブリッヂメイカーの葬儀は、小高い丘の上で行なわれていた。
その空を、暗い雲が覆いはじめる。
そして、ぽつぽつ降り始めた雨。
それは、人々の悲しみをより深くし、その先にある絶望をも予見させていた。
「ブリッヂメイカー様という指導者を失ってしまった今、我々はこの未曾有の豪雨に対して、さらに無力になってしまった……!」
「自分たちはこのまま、洪水になすすべなく、沈んでいくのか……!」
「ああ……! 天使様はなぜ、我々をかくも苦しめるのか……!」
しかしその絶望を打ち破ったのは、死んだと思われていたブリッヂメイカーであった。
彼は脅威の復活を果たすやいやな、挨拶もそこそこに……。
小舟の船頭のように棺桶の上に立ち、燃え盛る火葬用の炎をバックに叫んだ。
それは老人とは思えない、曇天をも吹き飛ばす、快声であった……!
「皆の衆! ワシらにはヘルロウ様がついておる! ヘルロウ様の教えがあれば、ワシらはこの危機を必ずや乗り越えられる!」
まさしく死者、それどころか地獄からの使者のような元気老人を、あんぐりと見上げる民衆たち。
「へ……ヘルロウ? ヘルロウって、もしかして……!?」
「堕天した、悪魔のことですか!?」
「そうじゃ! ヘルロウ様は悪魔などではない! ワシらの救世主様じゃ! それを証拠に、見てみい!」
……バッ! とブリッヂメイカーが示した先は、丘の下を流れている川。
そこには荒波のような川の氾濫に揉まれてもなお、頑然とその姿をたたえる、石橋が……!
「あの石橋は、ワシらが子供の頃、ヘルロウ様によってこのルシエロに伝わったんじゃ! ダメルシアン様の橋は、雨も降らぬのにあっという間にダメになってしまったが、ヘルロウ様の橋は、洪水でもびくともせんじゃろ!」
「あ、あの橋は……」
「ヘルロウが、この領地に伝えたものだったのか……!」
ブリッヂメイカーは、民衆に向かって深々と頭を下げる。
「どうか皆の衆も、ワシを……いいや、ヘルロウ様のことを、信じてほしい。ワシは地獄でヘルロウ様にお会いして、今回の洪水のことをお話したんじゃ。そうしたらヘルロウ様は、授けてくださった……! このワシらの危機を救ってくださる、『クラフト』を……!」
そして、ゆっくりと顔をあげるブリッヂメイカー。
彼は、覚悟をしていた。
天使の脅威が覆ってしまった、この期に及んでもなお、悪魔に肩入れする者として。
多くの批判に晒されることを、甘んじて受け入れようとしていた。
そしてそれでもなお、彼らを救うために、声をかぎりに訴えるつもりだったのだが……。
老人が目にしたものは、ひとさし指と親指を立てた、若者たちであった。
「ヘルロウ様は、悪魔なんかじゃないわ!」
「そうだ! 悪魔があんなに立派な橋を創れるわけがない!」
「それに、この領地に古くから伝わる、木材の防腐処理も、ヘルロウ様が教えてくださったものなのよ!」
若者たちの主張に、民衆がざわめく。
「ええっ!? この領地では当たり前になっている、木材の防腐処理まで!?」
「それだけじゃないぜ! 私たちの領地を白アリから守ってくれた防虫剤と殺虫剤もそうだ!」
「私たちはずっと、ヘルロウ様のご加護を受けて生きてきたのよ! それを途中で壊してしまったから、こんなことになってしまったんだわ!
「俺は信じる! 信じるぞっ!」
「私も信じる! だってブリッヂメイカー様は、いつだって正しかったんだから!」
「みんなも信じようじゃないか! ヘルロウ様をっ! そして……ブリッヂメイカー様をっ!」
丘の上は、雨脚が強くなるように、ざわめきが止まらなかった。
しかし……青空のカケラのように、少しずつ広がっていく。
「よぉし、俺も信じるぞ!」
「そうだな! ヘルロウを……ヘルロウ様を信じてみよう!」
「ブリッヂレイカーに頭を下げるのはシャクだしな!」
「やろう! 『クラフト』を……! ヘルロウ様の教えてくださった、『クラフト』を……!」
そして、ついに埋め尽くされる。
人々の手は、『ヘル・クラフト』の始まりを意味する、L字型のハンドサインに……!
人々の心を覆っていた絶望は、立ち向かう勇気へと……!
それがたとえ、ヴェールのように覆う、雨の中だったとしても……。
たしかなる光として、差し込んでいたのだ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その日から、ヘルロウ不在の『ヘル・クラフト』は始まった。
雨合羽に身を包んだ男たちが、マホール山に登る。
ぬかるみの中、歳を感じさせないブリッヂメイカーの号令がこだまする。
「よぉし、まずは盆地の南側に、土を盛り上げた壁をつくるんじゃ! 形はどっしりとした台形にするんじゃぞ!」
「わかりました! でもなんで台形にするんですか!?」
「水というのは、深くなればなるほど水圧が大きくなる! それを押さえるためには、下にいくほど多くの土が必要になるんじゃ! 土の重さで、水をせき止めるんじゃ!」
「なるほど! で、次はどうすればいいんですか!?」
「そのあとは、土の上に同じ量の砂利を積み上げるんじゃ! そしてそのあとは、それよりも大きい岩を積み上げるんじゃ!」
「砂利と岩!? なんだってそんなことを!?」
「それにはふたつ意味があって、積み上げた土が水に溶け出すのを防ぐためじゃ! それと、壁の行くほど水の量が少なくなることで、壁にかかる水圧を下げることができるんじゃ! そうすれば、壁は簡単には決壊しなくなる!」
「でも、たかが水に、そこまでするだなんて……!」
「バカモン! 水の力を甘く見るでない! 水が集まれば、我々人間どころか大地すらあっという間に飲み込んでしまうんじゃぞ!」
「す、すいません!」
「……と、ワシもヘルロウ様に、地獄で怒られたんじゃがな! そしてこうも言われた! 怖いのは水であって、天使などではないと……! 正しく敵を見定め、正しい方法で立ち向かっていけば、天使などものの数ではないと! わっはっはっはっはっ!」
「て、天使様が……」
「ものの数ではない、なんて……!」
「ヘルロウ様って、いったいどんなお方なんだ……!?」




