番外編:新国王
「大義であった」
余は、無事に息子を産んでくれたカメリアに、そう声をかけた。
彼女は、元は先代国王たる兄の妃であった。
兄はチェリアと言う下級妃を寵愛していたが、その女によって殺害されてしまった。
兄には息子が居たが、兄より先に亡くなっている為、余が王位を継ぐ事となったのだ。
兄は何故殺されたのか?
それは、チェリアが乱心しているのに、単独で会いに行ったからである。
しかし、そのチェリアが乱心したのは、彼女が産んだ子が亡くなったからである。
その子が亡くなった原因は不明だが、兄は母が殺したものと思い、母を牢に入れた。
余は、あの兄が母を罪人とした事に、大層驚いたものだ。
それは兎も角、余は、あの母ならば孫を殺しても納得が行くと思った。
だから、兄の子は母に殺害されたのだと思っている。
チェリアが乱心したのは、母が彼女の子を殺害した為である。
チェリアを庇うつもりも同情する気持ちも無いが、兄が殺される事になったのは、母が悪いのだと思う。
母は、良く言えば変わった女であった。
彼女は、我等兄弟が思い通りにならないと癇癪を起した。
余は、そんな母を嫌い・軽蔑したが、兄がどう思っていたかは判らない。
兄は、母を怒らせない為か唯々諾々と従うようになった。
そんな母は、父の前では良き妻・良き母として振舞っていた。
だが、父はそんな母の本性を知っていたのだろう。
自分からは目も合わさず・必要最低限の事だけ話し、母の話にはそっけない返事を返していた。
母が我等を思い通りにしようとしたのは、父に愛されなかったからだろうか?
さて、余には、同母兄弟は居ても異母兄弟はいない。
正確には、生存している異母兄弟はいない。
十人以上いたらしいのだが、全て、生まれる前か生まれて直ぐに亡くなっている。
その内の何人が自然死だったのだろうか?
母が殺したのかどうかは判らない。
だが、私は、母ならやりかねないと思っている。
そんな母でも、生まれたばかりの弟が亡くなった時には、酷く泣き喚いていた。
その時は、母にも我が子に対する愛情があるのだなと思ったが、今にして思えば、側に父が居たからかもしれない。
父が亡くなり、母は、己の天下だとでも思ったのだろう。
ルスティカーナ辺境伯の娘を兄の上級妃にと言う父の遺言を無視し、耳触りの良い言葉で取り入った貴族や親戚の中から上級妃を四名選んだ。
ルスティカーナ辺境伯は、その優し気な風貌や芸術家達のパトロンをしている事から侮られ易いが、王国トップクラスの軍事力を有している。
隣国が我が国へ侵略する場合、必ず彼の地を通る事になるからだ。
我が国に愛想を尽かして隣国に寝返られては、困るのである。
勿論、それは、謀叛である。
ただ、計画段階では証拠が必要であり、実行後は、少なくとも一戦交えなければ捕えられないだろう。
捕らえられれば良いが、敗北する可能性もある。
謀叛されずに済めば、それに越した事は無い。
だから、父は、ルスティカーナ辺境伯の娘を正妃にする事で、謀叛の可能性を減らそうとしたのである。
母が父の遺言を無視したのは、ただ単に夫に逆らいたいからか、ルスティカーナ辺境伯を嫌っていたかなのだろう。
逆らわぬ兄を使って好き放題行った政策を見れば、そんな事が解る頭があったとは思えない。
もし、解っていて行ったのならば、破滅を望んでいたと言う事になる。
兄を支配する母を、ルスティカーナ辺境伯を筆頭とする貴族達が諌める事もあったが、母によって娘が上級妃に選ばれたオスティー侯爵やマーキー侯爵などが、それを兄が良しとしているのだからと庇った。
兄も兄で、母に従うようにとルスティカーナ辺境伯達に命じた。
彼等は恭順するようになったが、腹の中で何を考えていたかは判らない。
牢に入れられた母が自害した事が、実は誰かの暗殺であっても、余は驚かないだろう。
母に従うばかりだった兄が、数年振りに母に逆らったのが、後宮の事である。
兄は、チェリアを寵愛し、母が選んだ上級妃達にもそれ以外の妃にも手を付けなかった。
母が宥めようが怒ろうが、決して譲らなかった。
この頃には、母は、癇癪を起さなくなっていた。
愛してくれぬ父が居なくなった事で、精神的に安定したのだろうか?
それにしても、兄は、何故チェリアを寵愛したのだろうか?
彼女もまた、変わった女だったというのに。
例えば、供を付けずに歩き回ったり、他の妃の屋敷の花壇の花を勝手に手折ったり。
普通の令嬢では、物足りなかったのだろうか?
兄が母を牢に入れた後、余は、これで兄が母から解放され、自らで考え行動する普通の王になると安堵したものだ。
チェリアが乱心して兄が謹慎させたと聞いた時も、寵妃可愛さに判断を誤らなかった事に胸を撫で下ろした。
余は、兄がこの先何十年も国王として存在するだろうと信じていた。
兄を支える良き臣下となる事が、夢だった。
それなのに、兄は殺されてしまった。
何故、乱心したチェリアの元を訪れたのだろうか?
もしや、母が牢で自害した事で自責の念に駆られ、母の代わりにチェリアに殺して貰おうと思ったのだろうか?
兄を殺したチェリアは、後を追って自害した。
しかし、国王殺しは大罪である。
前例に倣って、チェリアの死体は燃やしてゴミとして捨てるよう命じ、チェリアの両親であるケラスス男爵夫妻に縁座を適用した。
ケラスス男爵は、チェリアが寵妃となって以降、頻繁に王宮へと足を運び、重臣に取り立てて貰おうとしていた。
勿論、兄が母に逆らって寵愛している女の父親を優遇する事を、母が許す訳が無い。
結局、娘が寵妃となったのに、彼は何の得も得られなかった。
それどころか、娘が国王を殺害した為に、死ぬ事となった。
彼は、伯爵位を失ったのも・兄を殺害したのも、ルスティカーナ辺境伯の仕業だと訴えていた。
彼の妻も、同じ事を訴えていた。
しかし、余は、それに耳を貸さなかった。
ケラスス男爵が伯爵位を失ったのは彼等の浮気の為であり、浮気の事実は、当時の彼等が認めている。
明らかな嘘と同列に語られる言葉を、一体誰が信じるだろうか?
「陛下。この子を抱いてくださいませ」
カメリアが、赤子を差し出したので受け取る。
我が子を見詰めていると、愛しさが湧き起こって来た。
母は、本当に甥を殺したのだろうか?
愛しいと、感じなかったのであろうか?
母がまともであったならば……。
考えても栓無き事か。
「どうかされましたか?」
考えが表情に表れてしまったようだ。
カメリアが、余に優しく尋ねた。
「済まない。少々、甥の事を考えていた」
「ああ。……お気の毒な事で御座いました」
無神経だっただろうか?
甥が生きていれば、兄が殺される事も無く、そうすれば、余とカメリアが結婚する事は有り得ず、この子は生まれなかった。
「母上は、兄上が母上の為に子を作らなかったのが、気に入らなかったのだろうな」
「そうなのでしょうね」
「余は、母上の様にはならない。誓うよ」
そうだ。余は母の血を引いているのだ。
何れああなるのではないかと、不安を覚える。
「はい。私も、誓いますわ」
カメリアや我が子に軽蔑される様な事は、するまい。
余は、固く心に誓った。
因みに、2話時点での年齢。
カメリア:18歳
国王:18歳
チェリア:17歳
王弟:16歳