世界を救った報酬
「結局、さぁ」
ストローから口を放したミオは、物憂げな声音で問いかけた。
「こうなるしかなかったんだよね? 桜ちゃんは地獄に投獄されて、声はあのままで......。地獄には亡者がいて、救われないままで......。何も変わってないんだろうけど、そんな世界があることなんて知りたくなかった、かも」
一番混んでいるであろう昼時のファストフード店、奥のボックス席で俺達はほんの数日前のことについて話し合っていた。話し合う、というか俺がミオの話を一方的に聞く感じだ。
「怖いよね、何かをあきらめて亡者になっちゃったりしたら。なんにも救いがないよね」
「そうだなぁ」
適当に相槌を打って、俺は窓に視線を向ける。そろそろかな。
「行くぞ」
「んー」
席を立つ俺に素直に従う。まぁ、今日は俺の奢りだしな。
「チアキ、元気そうでよかったな」
駅とは反対の方向に歩きながら、ぼーっとしたままのミオに話し掛ける。
「うん。あ、でも、どうしてチアキは亡者になっちゃったんだろうね」
「さあ。なんでだろうな」
いや、オッサンから聞いてはいるのだが。窃盗、恐喝、強盗、殺人に詐欺に暴行に器物損壊にエトセトラエトセトラ。現世への抜け道は最下層で見つけたらしいし、あいつは完璧な極悪人だった。
今のミオに伝える必要はないと思うし、ずっと知らないままでいてくれればいいと思う。楽しかったしなー、三人で遊んで。
「ネットの連中は元気か?」
「相変わらずだよー。あの事件でインスピレーションを刺激されたらしくて、みんな頑張ってる。ところで、どこに向かってるの? 迷子?」
「迷子じゃねーよ! ほら、子どもの頃遊んでた万年枯木の公園」
「あー。ずっと枯れてるから何の木なのか分からないし切り倒しちゃえ! 公園の真ん中に立ってる意味が分からない! ってツカサがよく言ってたよね」
「言ってたのはお前だ。記憶を捏造するな」
冗談を言えるくらいにはなったか。よし、あと少し。
早めに始めた大掃除もやりかけのままだし、このままじゃ年が越せないな。そんなどうでもいいことを話しているうちに、公園に着いた。
「ほら、着いたぞ」
俯いたまま立ち止まったミオに、顔を上げるように促す。
大きく眼を開いて、目の前の現実に向き合うミオ。
嫌なものや醜いものに触れてしまった時は、それを帳消しにしてしまうくらいの美しいものや優しいものに触れるのが一番だよ。桜の肩を抱いた、去り際のオッサンの言葉が蘇った。
「元気出たか?」
「......うん!」
亡者になりかけたのを帳消し、って難しくないか? と悩む俺に、オッサンは笑って言った。
なあに、ちーとは手伝ってやるさ。何せお前さんは世界を救ってくれたんだからな。
「綺麗だな」
「うん! 超! 超きれい!」
世界を救った対価にしては安く見えるかもしれないけれど、俺が見たかったのはこっちの笑顔の方だしな。
十二月に輝く満開の桜。どうやら、中二病呪文よりもよっぽど効果があるようだ。
どちらともなく手を繋いで、少し早い春に瞳を揺らす。
嗄れた歌声が聞こえた気がしたけれど、きっと気のせいじゃないだろう。