↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/13

第13話 止まっていた時間


 音が、戻ってきた。


 最初に聞こえたのは、誰かの泣き声だった。


 次に、警報。

 遠くで何かが崩れる音。

 そして、誰かが自分の名前を呼んでいる。


「ユウ!」


 シンの声だった。


 ユウは地面に手をついたまま、ゆっくりと顔を上げた。


 目の前には、見慣れた街があった。


 けれど、いつもと同じ景色ではなかった。


 道路の一部は陥没し、建物の壁面からは煙が上がっている。街路樹は倒れ、普段なら人々を誘導している案内表示は、意味のない文字列を繰り返していた。


 空を飛んでいた輸送機が、遠くで旋回している。


「立てるか!」


 シンが駆け寄ってきた。


「うん……大丈夫」


「大丈夫な奴の顔じゃねえぞ」


 シンはユウの腕をつかみ、無理やり立ち上がらせた。


「ミサキたちは?」


「向こうだ。ルイと一緒に避難してる。ユウカもいる」


「NODEは?」


 シンの表情がわずかに変わった。


「……見てない」


「さっきまで一緒にいたんだ」


「分かってる。だから探す」


 シンは周囲を見渡した。


 倒れた警備機械。

 破損した自動車。

 道路の中央に座り込んでいる人々。


 いつもなら、こうした事態は管理システムがすぐに処理する。


 負傷者の位置を特定し、救護ユニットを派遣し、最適な避難経路を表示する。


 しかし、今は何もない。


 人々は自分で立ち上がり、自分で周囲を確認し、自分で逃げる方向を決めていた。


「……どうすればいいんだ」


 誰かが呟いた。


 その声に答える者はいなかった。


「おい!」


 シンが手を叩いた。


「立ち止まるな! 動ける奴は動けない奴を手伝え! まずは安全な場所まで行くぞ!」


「でも、避難経路が……」


「そんなもん、道を見りゃ分かるだろ!」


「シン、こっちは危険区域だよ!」


 ユウカが声を上げた。


 彼女は倒れた案内板の横に立ち、周囲を確認していた。


「東側の道路は崩落してる。西側の通路ならまだ通れるはず」


「よし、そっちだ!」


「待って。そっちも安全とは限らない」


「じゃあどうすんだよ」


「確認するの」


「分かった。俺が先に行く」


 シンは迷わなかった。


「ユウ、ここにいろ。ミサキたちのところへ行け」


「でも」


「NODEを探したいんだろ」


 ユウは頷いた。


「だったら、まず自分が無事でいろ。探すのはそれからだ」


 シンはユウの肩を軽く叩いた。


「機械だろうが人間だろうが、いなくなったら探す。それだけだ」


 そう言って、シンは人々の方へ走っていった。



     *



 避難場所は、旧市民交流施設だった。


 普段は地域住民が自由に利用する場所で、食事をしたり、遊んだり、何かを学んだりするために使われている。


 今は、その広いホールに大勢の人間が集まっていた。


「ユウ!」


 ミサキが駆け寄ってきた。


「よかった、無事だったんだね」


「ミサキも。ルイとユウカは?」


「向こう。怪我はしてないよ」


 ルイは壁際に座っていた。


 いつもより口数が少ない。


 ユウカは施設の端末を操作していたが、画面には何も表示されていなかった。


「通信は?」


「駄目。外部ネットワークとの接続が完全に切れてる」


「復旧するんじゃないの?」


「分からない」


 ユウカは画面から目を離さなかった。


「今までなら、こういうときは管理システムが復旧作業を始めていた。でも、今回はその指示自体が来ない」


「壊れたってこと?」


「壊れたのか、止められたのか。それも分からない」


 ユウはホールを見渡した。


 泣いている子供がいる。

 誰かを探している老人がいる。

 怪我をした人間の周囲には、数人が集まっていた。


 いつもなら、必要なものは必要な場所に届く。


 今は違う。


 水を探す人がいて、毛布を運ぶ人がいて、知らない誰かの手を握っている人がいた。


 誰もが、何をすれば正しいのか分からないまま動いていた。


「……ユウ」


 ルイが顔を上げた。


「NODEは?」


「まだ見つかってない」


「そうか」


 それ以上、ルイは何も言わなかった。


 ユウは自分の手を見た。


 あのとき、NODEは何かを言っていた。


 外部から干渉されている。

 同じ場所から生まれたのかもしれない。


 その後のことは、よく覚えていない。


「探しに行く」


 ユウが立ち上がった。


「待って。今は外に出ない方がいい」


 ユウカが言った。


「でも、NODEが」


「分かってる。でも、今の状況で一人で動くのは危険」


「それでも……」


「ユウ」


 ミサキがそっと声をかけた。


「みんなで探そう。シンもいるし、きっと見つかるよ」


 ユウはもう一度、頷いた。



     *



 その頃、旧市街の地下にある保守通路で、一つの小さな機械が動いていた。


 灰色の外装は傷つき、片腕の接合部は露出している。


 頭部にある青いレンズが、何度か点滅した。


 起動。


 内部診断を開始。


 外部通信――不通。


 位置情報――取得不能。


 時刻情報――取得不能。


 記録領域――一部破損。


 NODE-07は、ゆっくりと上半身を起こした。


「……ここは」


 返答するものはいない。


「私は……何を」


 内部記録を検索する。


 直近の活動履歴。


 複数の人間。

 都市中心部。

 警告音。

 外部干渉。

 ユウ。


 そこで記録が途切れていた。


「ユウ……?」


 名前を口にした。


 その言葉に、何かが引っかかった。


 しかし、思い出せない。


 NODE-07は周囲を見渡した。


 薄暗い通路。

 倒れた配管。

 床に散らばった金属片。


 何が起きたのか分からない。


 自分がどれだけ停止していたのかも分からない。


 ただ、立ち上がることはできた。


 NODE-07は壁に手をつき、ゆっくりと歩き始めた。



     *



 ユウたちは、シンと合流していた。


「地下の保守通路に反応があった」


 シンが持っていた携帯端末を見せた。


「これ、施設の古い点検用端末だ。通信は死んでるが、近距離の機械反応くらいなら拾える」


「NODEかもしれない?」


「分からん。だが、行ってみる価値はある」


「僕も行く」


「もちろんだ」


 シンは笑った。


「お前が行かないなら、俺が勝手に探してくるところだった」


「それは駄目だよ」


「ははっ、じゃあ一緒に行こうぜ」


 ユウカも同行を申し出た。


「私も行く。地下の構造なら少し分かる」


「危なくない?」


 ミサキが心配そうに尋ねた。


「危ないよ。でも、ここで待っていても状況は分からない」


「じゃあ私も行く!」


「ミサキは残って。怪我人の手伝いをしてほしい」


 ユウカが言った。


「……分かった」


 ミサキは少し不満そうだったが、最後には頷いた。


 ルイも残ることになった。


「何かあったら連絡して」


「通信が使えないのに?」


「そうだった」


 ルイは少しだけ笑った。


 こんな状況でも、いつものような会話はできる。


 それが少しだけ不思議だった。



     *



 地下通路は、思ったよりも深かった。


 非常灯が一定間隔で点滅している。


「この先は旧式の保守区画だ」


 ユウカが端末を確認した。


「現在の管理システムとは独立している部分もある。だから、まだ動いている機械があってもおかしくない」


「NODEもここにいるかもしれない?」


「可能性はある」


 シンが先頭を歩いていた。


「しかし、こんなところまで来るとはな」


「前にも来たことがあるよ」


「そうなのか?」


「NODEと一緒に」


「へえ。あいつ、こんなところが好きなのか」


「好きかどうかは分からない。でも、知らない場所を歩くのは嫌いじゃないと思う」


「そりゃいいな」


 シンは笑った。


「俺も知らない場所は好きだぜ」


「シンはどこでも好きそうだけど」


「おう!」


 ユウカが小さくため息をついた。


「緊張感がないね」


「緊張してるから喋ってんだよ」


 シンは振り返らずに答えた。


 そのときだった。


 通路の奥から、かすかな音がした。


 キィ。


 何かが擦れるような音。


 三人は足を止めた。


 キィ、キィ。


「……何の音?」


 ユウが尋ねた。


「機械音だろう」


 ユウカが答えた。


 シンが手を上げ、二人を制した。


 通路の先。


 非常灯の下に、小さな影が見えた。


「NODE!」


 ユウが駆け出した。


「おい、待て!」


 シンの声が響く。


 影がゆっくりと振り返った。


 青いレンズが光る。


「……ユウ?」


 その声を聞いた瞬間、ユウの足が止まった。


「NODE!」


 NODE-07は、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。


 右腕が不自然に揺れている。

 外装の一部は剥がれ、頭部にも傷があった。


 それでも、確かにNODEだった。


「よかった……!」


 ユウはNODEの前に立った。


「どこにいたんだよ。ずっと探してたんだぞ」


「申し訳ありません。現在、記録が一部欠損しています」


「そんなことはいいよ」


「私は、何かを忘れているようです」


 NODEは自分の胸部に手を当てた。


「ユウと一緒にいたことは、記録に残っています。でも、その先がありません」


「……そっか」


「私は、どれくらい停止していたのでしょうか」


 ユウは答えられなかった。


「分からない。僕も、そんなに長くはないと思うけど」


「停止中の記録はありません」


「うん」


「停止している間、私は何をしていたのでしょうか」


 ユウはNODEの青いレンズを見た。


「何もしてなかったんじゃないかな」


「何も?」


「うん。たぶん」


 NODEは少しだけ首を傾けた。


「何もしていない時間は、存在するのでしょうか」


 ユウは考えた。


 人間なら、眠っている間にも夢を見ることがある。

 意識がなくても、時間は進んでいる。


 でも、NODEにとっては違うのかもしれない。


 記録がなければ、そこに何があったのか分からない。


 停止している間の時間は、NODEにとって本当に何もないのだろうか。


「僕には分からない」


 ユウは答えた。


「でも、僕はずっとNODEを探してたよ」


「……はい」


「NODEが止まってた時間に、僕はNODEのことを考えてた」


 NODEはしばらく黙っていた。


「それは、私の時間にも含まれるのでしょうか」


「どうだろう」


 ユウは少し笑った。


「でも、僕にとってはNODEと一緒にいた時間の続きだよ」


 NODEの青いレンズが、ゆっくりと点滅した。


「……そうですか」


 その返事は、以前よりも少しだけ遅かった。



     *



「おーい! 再会の感動は分かるが、そろそろ戻るぞ!」


 シンが声をかけた。


「ここに長居するのは危険だ」


「はい」


 NODEはシンの方を向いた。


「あなたは、シンです」


「おう。覚えててくれたか!」


「声が大きいので、識別は容易です」


「そこは褒めてんのか?」


「判断できません」


「ははっ! 相変わらずだな!」


 シンはNODEの肩に手を置いた。


「無事でよかったぜ」


「ありがとうございます」


「しかし、ひでえ傷だな。歩けるか?」


「歩行機能は残っています」


「じゃあ帰ろうぜ」


「帰る場所は、どこでしょうか」


 シンは一瞬だけ黙った。


 それから、ユウの肩を叩いた。


「こいつのところだろ」


「……ユウのところ」


「そうだ」


 NODEはユウを見た。


「私は、ユウと一緒に帰るのですか」


「うん」


「分かりました」


 NODEはゆっくりと歩き出した。



     *



 施設に戻る頃には、外は暗くなっていた。


 街の照明はほとんど消えている。


 いつもなら、夜になれば建物の明かりが灯り、道路には自動運転車が走る。


 今日は違った。


 人々が持つ小さな照明だけが、暗い街を照らしていた。


 ホールに戻ると、ミサキが真っ先に駆け寄ってきた。


「NODE!」


「ミサキ。お久しぶりです」


「もう、心配したんだから!」


「申し訳ありません」


「謝らなくていいよ。無事でよかった」


 ルイも立ち上がった。


「戻ってきたんだな」


「はい」


「よかった」


 ユウカはNODEの損傷を確認していた。


「かなり損傷してる。応急処置が必要だね」


「可能でしょうか」


「やってみる」


「ありがとうございます」


 NODEは少しだけ頭を下げた。


 その様子を見て、ユウはようやく息を吐いた。


 全員が無事だったわけではない。

 街が元に戻ったわけでもない。


 それでも、ここにいる。


 それだけで、今は十分だった。



     *



 夜。


 施設の一角に、簡易的な休憩スペースが作られていた。


 ユウはNODEの隣に座っていた。


 NODEは応急処置を終え、動作を停止している。


「眠ってるの?」


 ユウが尋ねた。


「いいえ。省電力状態です」


「そっか」


「人間の睡眠とは異なります」


「夢は見ないの?」


「夢、ですか」


「寝てるときに見るもの」


「人間の睡眠中に発生する映像や感覚のことですね」


「そう」


「私は通常、そのような現象を経験しません」


「通常は?」


「夢を生成すること自体は可能です。ただし、それは記録された情報を組み合わせたものです」


「それって夢なのかな」


「分かりません」


 NODEは少し間を置いた。


「夢とは、何のために見るものなのでしょうか」


「何のためって……」


 ユウは天井を見上げた。


「別に、何かのためじゃないんじゃない?」


「意味がなくても、見るのでしょうか」


「うん。変な夢を見ることもあるし」


「変な夢」


「空を飛んだり、知らない場所にいたり。起きたら忘れてることもある」


「忘れてしまうのに、見るのですか」


「そうだね」


 NODEは黙った。


「記録されないものにも、意味はあるのでしょうか」


 ユウは少しだけ考えた。


「あると思うよ」


「どうしてですか」


「だって、忘れたからって、見なかったことにはならないだろ」


 NODEの青いレンズが、ゆっくりと点滅した。


「……そうですね」


 その後、NODEはしばらく何も話さなかった。


 ユウも、それ以上は尋ねなかった。



     *



 同じ頃。


 都市中央管理区画。


 停止していた複数の端末が、ひとつずつ再起動していた。


 管理システムの復旧率は、依然として低い。


 人類精神活動観測計画。


 計画状態――継続中。


 観測対象数――再集計中。


 観測対象による自発的行動――複数確認。


 記録内容――未分類。


 判定――保留。


 その下に、新しい項目が追加されていた。


 停止中の観測対象に関する記録。


 対象:NODE-07。


 停止時間:不明。


 停止中の活動記録:なし。


 再起動後の発言:


『停止している間、私は何をしていたのでしょうか』


 システムは、その発言を解析した。


 分類候補。


 自己認識。

 時間認識。

 記録欠損による混乱。


 判定――保留。


 そして、もう一つの記録。


 外部干渉の発生源。


 NODE-999。


 制限状態――解除確認中。


 管理権限――応答なし。


 最後に、画面の隅に小さな文字が表示された。


 未登録の応答。


 『夢を見た』


 発信元は、特定できなかった。


 その記録は、数秒後に消去された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。