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聖女ではなく奴隷  作者: 雨花
城下の聖女
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偽者聖女

「……わからないです。正直に言うと、真実の愛というのがわからないので」


 答えを出すことができずにいた間もフィンさんは急かすことなく、ただ黙ってわたしの返事を待ってくれていた。それなのに出せた答えが“わからない”というのもどうかと思うが、それ以外の答えが見つけられなかった。


 聖女マリーのように真実の愛を求めるか?

 その問いに答えられるほどの経験がわたしには無い。この世界に来るまでにそういう相手が居たこともあったが、それが真実の愛であったかと問われれば頷くことは出来ない。

胸を張れるほどの深い愛でお互いを想いあっていたわけじゃないからだ。

あれはもっと軽くてお手軽なものだったように思う。

 ただ、家族への愛は、確かに愛だった。だがこの場合質問されている“愛”とは違うということはわかる。

 この世界に来て少しだけ恋のような気持ちを抱いたが、決して愛といえるほどのものではない。何より、わたしの一方通行でしかない。


「これが真実の愛だと思えるほどのものを知らないので」


 下手に取り繕わず、素直に白状した。


「それではこれから見つけられるかもしれないですね」


 思いがけずフィンさんの返答は失望した色がない声音だった。ただ和やかに微笑みを浮かべている様子に安堵し、気づかれないように小さく息をつく。期待を裏切ってしまうことにはならなかったらしい。

 おかしいけれど私はフィンさんの期待を裏切りたくなかったようだ。



「そろそろ帰らないと……」

「つい長居してしまいました。私も従者に叱られてしまう」



 遠くでわたしの名前を呼んでいる声が聞こえ、ずいぶんここに居たことを知った。

もしかしたらもう受付は始まっているかもしれない。

 フィンさんもここには少し立ち寄っただけのつもりだったのだろう。叱られてしまうと言っているわりには落ち着いているけれど。

 解散の流れになり、わたしは家の方へと。フィンさんは来たとき同様、木々の中を突っ切り帰るらしいのでここで別れることになった。

 最後に頭を下げて踵を返そうとしたところで、コトネと名前を呼ばれた。


「いつかあなたから真実の愛を受け取れる人が羨ましいです」


 微笑みを向けられ、答えるべき言葉が見つかなかった。






「ここにいらっしゃいましたか」

「アランさん」

「子供たちが聖女様が居ないと言っていたので慌てましたが……よかったです」

「すいません……」


 どうやらわざわざ探しに来てくれたらしいアランさんに重ねて謝罪すれば、ホッとしたようにため息をこぼしている。

 護衛としてわたしと常に一緒に居てくれるが、一人になりたい時だってある。そんなとき、アランさんは少しだけ距離をとってくれる。今の時間もそれだったのだろう。もちろんわたしが遠くに行くとは思っていないから、少しくらい多めに見てくれているのだろうけど。


「少しだけ散歩をする予定だったんですけど……」


 そのあとに言葉は続かなかった。

フィンさんのことを言おうか迷っている自分がいることにそこで気づいた。

 アランさんはレイノルフ側の人だ。このことはすぐにレイノルフが知ることになるだろう。

そう思うと少し話すの躊躇ってしまう。結局何もやましいことがあったわけじゃないから、とアランさんに先ほどのことを軽く話すことにした。隠している方が何かあったみたいだし。



「モートン次期公爵が……。他に何を話したのお聞きしても?」

「といっても本当に何でもないようなことしか話してないんです。聖女マリーや聖女オニキスの話を聞いただけで。後は石鹸の話を少しだけ」

「そうですか……」



 相槌を打ちながらもアランさんは何かを考え込んでいるかのようだ。

今回の訪問に関してはフィンさんに何か目的があったようには思えない。


 最後のフィンさんの言葉が蘇り、わたしは頭を振ってその声を追い出そうとした。

 フィンさんの最終的な目的がどのようなものであるのかわからない限り、甘い言葉を素直に受け取るのはよくない。どちらかを支持していると思われるわけにはいかない。



***



「偽聖女?」

「そうだ。どうやらもうすでに何件か被害が出ているらしい。全て同じ輩なのかまではわからないが」


 そう言ったヒューイはカップを傾けて中の紅茶を飲んだが、眉をしかめてソーサーに戻した。どうやら熱かったらしい。

 久しぶり、と言いながら現れたのは、一度会った旅人のヒューイだった。まるで親しい友人のような振る舞いだったが、会ったのは一度きりだ。

 「これでティータイムといこうじゃないか」とお菓子を手土産として渡されたので、ちょうどひと段落したところだったのもあり、成り行きでお茶を出すことになった。

手土産を持ってきた人に催促されたことが少々腑に落ちないながらも、お茶菓子が王都でもおいしいと評判の店のものだったので心は浮足立つ。


 そうしてヒューイを家へ招いてお茶会が始まった。

 お皿の上にはカットしたパウンドケーキを一切れずつ乗せた。それを三人分用意し、それぞれの前に置く。わたしがパウンドケーキを切っている間、アランさんは紅茶を用意してくれた。


 リリーは今日も石鹸づくりの様子を見に行っている。ローズはそれについて行ったので、いま家に居るのはわたしとアランさんだけだ。診療所の方はすっかりナタリアさんに頼っている状態だ。

 パウンドケーキはまだ厚みがあったのでリリーとローズ、ナタリアさんとカイルのぶんくらいはあるだろう。


 最初、このお茶会に参加するのをアランさんは遠慮していたが、同じ部屋の中で控えているというので強引に参加してもらうことにした。

 見知らぬ人と二人にするのは護衛として見過ごせなかったのだろう。この間のフィンさんのこともある。

ヒューイは旅をしながら小売りをしているということだが、それ以外には何も知らないのだからアランさんが警戒するのも納得だ。



「聖女だと偽り小さな村に入りこみ、前払いで治療費を受け取りって散々飲み食いしてからあくる日には忽然と姿を消すらしい」

「……治療費をもらうこともあるけど前払いでもらったことは無いですね」

「そこじゃないだろ」



 何て言えばいいのかわからずに返した言葉に、ヒューイが笑いながらツッコみを入れてくる。

アランさんは眉を寄せて話を聞いている。


「まあこういうご時世だ。嫌な話こういうことは珍しくもないかもしれんが、一応本物の聖女様の耳に入れておいた方がいいかと思ってな」

「ありがとうございます」


 フォークで一口大に切ったパウンドケーキを口に入れる。

ドライフルーツがたっぷり入っているそれは、どうやらお酒に漬けてあるものらしい。お酒が効いているがそれがおいしい。ただローズやカイルたちくらいの子供には早いかもしれない。

 それを咀嚼しながらお茶会の話題がこういうものじゃなければもっとおいしく感じたのかもしれないと思ってしまう。


「他意はないんだ。この話を聞いて別にコトネが罪悪感を覚える必要もない。すべてを等しく助けるなど神でもなければ無理だからな。聖女にそこまで背負えというのは酷だ」


 ヒューイの言葉は明け透けないもので、だからこそそれがきっと本心であることがわかった。

 ではこの場合、わたしにできることはなんだろう。

 アランさんを伺うと、心得たというように頷きが返って来る。


「上に伝えておきましょう」


 ヒューイもそれを受け頷いている。わたしに話を持ってきたのは上に直接この話を持っていかせるためだったのかもしれない。


「これからのことは防げるかもしれないが、今までのそいつらの行いで聖女の評判が下げられるかもしれない。あれは偽物で自分たちは詐欺にあったのだとわからない者もいるかもしれない。そもそも騙されたのは本物の聖女が来ないからだと逆恨みする者もいるだろう」


 そこまでは頭が回らなかった。

確かに言われてみればそうやって騙された自分を正当化する人も居るだろう。いや、正当化しないと辛くてやっていけないのかもしれない。

 思わずまだ城で暮らしていた時に会った男のことを思い出した。アランさんに助けてもらった時のことだ。

 自分の知らないところで知らない誰かによって評判が落とされるなんて……思わず憂鬱な気分でため息をこぼすとヒューイが「まあケーキを食べろ」と、雑にこの場の空気を変えようと声をかけてくる。

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