狙われた聖女
何やら視線を感じると思っていると、ヒューイがじろじろこちらを見ていた。
遠慮なしの視線に反射的に体を引くと、目が合った。
「石はちゃんと身に着けているか?」
口にして問われれば、ようやく何故そんなにもじろじろ見てきたのかがわかった。ネックレスを探しての行動だったらしい。
「ここに」
服の中に入れてあったネックレスを鎖を手繰って取り出す。
金色の石はいつものように手の中で光っている。それを確認するとヒューイは満足そうに大きく頷いた。
表に出していると治療をするときに邪魔になる。珍しい色合いの石ということもあり、価値のあるものだと思われるのも避けたい。アランさんが護衛についてくれているとはいえ、できるだけトラブルは避けたい。そういう理由もあってネックレスは服の下に隠してあった。
本当に心からこの石の効果を信じてるわけではないのだけれど、良いと言われていることもあってなんとなく身につけている。
「それはいつも身に着けておいてくれ」
あの日と同じようなことを繰り返したヒューイは、暫く王都にとどまる予定だからまた来る、と残して帰って行った。
王都で商売をするつもりなのかもしれない。
念を押されたこともあり、そんなにもすごい石なのだろうか? と石をじっくり眺めてみるが色合いが珍しいということしかわからず、また服の中に仕舞った。
とりあえず偽物の聖女が居るということは、アランさんから伝えてもらうことにした。
いつもの方法で手紙を送るという手段もあるけれど、リリーが留守の今、アランさんに代筆してもらう手間を考えると、アランさんに直接話を持っていってもらったほうが早い。
毎日様子を見に来てくれる騎士の人と、いつもよりも長い時間話をしていると思っていると、その時に伝えてくれたらしい。
これできっとレイノルフにも話が届くので何か対策が講じられるだろう。
もう騙されてしまった人に関してはどうすることも出来ないかもしれないが、これから騙されてしまう人を無くせるのなら意味があることだろう。
***
こわいくらいに順調な日々だ。
そう思えるくらいにこの世界に召喚された最初を思えば、今は自由だし、充実していると感じられる。
城から独立できたということが大きいのかもしれない。
アランさんはレイノルフから派遣された護衛なのだけど……完全にレイノルフとの繋がりを絶ってしまうのは、結局わたしのためにならないような気もするし、悩ましいところだ。
「もうすっかり夕陽が出てますね」
「思っていたより時間が経っちゃいましたね……」
治療を終えてから是非にと勧められてお茶をいただいたのだけれど、おしゃべり好きな夫人だったこともあり、帰宅を予定していた時刻を過ぎてしまっていた。
景色はすっかりオレンジ色に染まっている。
馬車へと乗り込むと、アランさんも向かいの席に座った。
間もなく馬車が走り出す。
今日の仕事はとりあえずこれで終わりだ。そのことに肩の力が抜け、思わず欠伸がでてしまった。
「お疲れでしょう。少しの時間ですがおやすみになっては」
アランさんからかけられた言葉に首を振って苦笑を返す。
馬車に揺られながら眠ってしまったことは今までもあったが、意識がないせいで踏ん張ることもできず、寄りかかっていた馬車で頭を強かに打ったことがあるのだ。
王都なのでこれでも道は舗装されているらしいが、それでもコンクリートで平らにされているわけではないのでどうしても凹凸がある。
石ころを踏んだり、道に穴があいていたりすると馬車は大きく揺れ、中で居眠りしていたわたしは頭をぶつけておまけにお尻も打った。
前に倒れ込みそうになったときにはアランさんに受け取ってもらい、顔をぶつけて歯が折れるだとかそういう最悪なことは回避できたものの、出来れば痛い思いはしたくない。
たんこぶができてしまったこともあるので、相当の強さで頭を打ち付けてしまうこともあると学習したわたしは、馬車の中では出来るだけ眠らないように気を付けている。
一緒に馬車に乗っていることが多いアランさんは、何故わたしが首を振ったのかピンときたらしい。ああ、と呟いてから何やら考えこんでいる様子だったが、何かを思いついたように顔を上げた。
「失礼」
「え? あ、はい……」
唐突に向かいの席からわたしの隣の空いていたスペースへと移動してきたアランさんに、何がしたいのかわからなくて戸惑いながらも少し横へとお尻をずらす。
「これならどうですか? 私に寄りかかれば頭を打つこともないですし、何かあってもすぐに反応することができるので」
「え、」
さもいい案だと言いたげな笑みを向けられ、言葉に詰まった。
それはつまりアランさんに寄りかかるということで……。
最近のアランさんは最初の頃よりも素を見せてくれているようだけど、それでもやっぱり距離はあるのだ。親しい間柄でもないのに寄りかかるなんて、そんなことできるわけがない
わたしのために提案してくれているのはわかるが、正直突飛な提案にアランさんこそ大丈夫かと思ってしまう。
「ああ、えーと……また今度お願いしてもいいですか?」
「……それはもちろん」
やんわりと断ると変わらない笑みが帰ってくる。
どうやら気を悪くするようなことはなかったらしい。
「その、アランさんこそ疲れてるんじゃ……?」
「いえ、私は大丈夫です」
本人的には大丈夫らしい。その答えに納得はできないものの、食い下がるのもどうかと思い、そこで話は打ち切った。
そのまま何故か、そう大きくはない座席に二人並んで座りながら馬車に揺られていた。
体を縮こませても左の肩がアランさんに当たってしまう。それが気になるのにどうすることも出来ず、そのまま行きよりも長く感じる時間を過ごした。
「暗いですから足元に気を付けてください」
手を差し出してくれているので、その上に手を重ね、用意してもらった小さな台に足を乗せた。
ここまで丁寧に扱われるというのも居心地が悪いものを感じるが、せっかくだからと受け入れている。
ひょいとジャンプをして降りた方が格段に速いのだけど、以前それを目撃した御者の人が顔を青くしているのを見てから控えるようにしている。
ようやくたどり着いた家からは明かりが漏れていた。
中ではきっと晩御飯の準備をしているリリーとローズが待っているだろう。思わず口元が綻ぶ。
御者の人に挨拶を済ませ、弾んだ気持ちで家へと足を進める。が、突然背後から何かが体にぶつかってたたらを踏むことになった。
何が起こったのかわからなかった。気が付けば誰かに頭を抱えるようにして抱きしめられている。
耳元で何かを叩くような音がし、現状を理解するためにも顔を上げた。
そこでアランさんの胸の中にいたことを知った。
「何者かに狙われています!」
きらりと月の光を反射したのは、アランさんが構えている剣だった。




