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聖女ではなく奴隷  作者: 雨花
城下の聖女
20/53

聖女のくせに

「お待ちしてしておりました、聖女様」


 恭しく頭を下げてたのは、この間診療所にやってきた男だった。

案内されるままに屋敷の中へと入る。奥へと進めば、一つの部屋の前で男は立ち止まった。



「こちらが坊ちゃんのお部屋になります。黒煙病に罹ってからはこちらの部屋でお過ごしになることが増え…」

「わかりました」



 何かと仰々しく話したがる男の言葉を遮り、ドアノブに手をかけた。

 後ろに居るアランさんに、部屋に入るとアイコンタクトを送ろうとすると、笑いをかみ殺したような表情をしているのを見つけた。張り付けたような微笑みはよく見るけれど、珍しい表情に一瞬驚いてしまう。同時に、そんなにあからさまだったのかと、己の行動を少しだけ反省する。

 わたしが振り返った意味をくみ取ってくれたらしく、そのまま頷いたアランさんに背中を押されるようにして部屋をノックした。


「どうぞ」

「失礼します」


 聞こえた声は少年というよりも、男性のものだった。

 その意味を考えるよりも先にドアを開けば、大きなベッドの脇に男性と女性が座っている。

 服装などからもこの家の当主、ネルソン男爵と夫人であることが予想できる。

つまり少年の父親と母親だろう。

 壁沿いには、控えるように侍女らしき人が二人立っていた。



「あなたが聖女様…? どうか息子を助けて」

「はい。早速ですけど状態を診させていただいていいですか?」



 両手を合わせ、まるで祈るようなポーズをしているネルソン夫人に頷いて返す。

不安げな表情は作っているようには見えないので、本当に息子を助けてほしいと思っているのだろう。

だけど、それならなぜ診療所に連れてこなかったのだろう? という疑問が消えない。


「少し体を見せてもらってもいい?」


 ベッドの中からこちらをじっと見ている男の子に話しかける。

 事前に聞いていたこの家の“坊ちゃん”こと、ネルソン家の跡取り息子であるラルフだろう。

少し不安げな目をしているものの、ぱっちり目を開いていることからもそこまで辛そうには見えない。顔色だって悪くはない。


「かまわない」


 快活な返事に、やはりそこまで病状はひどくないのだろうとあたりをつける。



「思っていたよりも元気そうですね。よかった」

「何を言う! 黒煙病なのだぞ! 元気なわけがあるか!」



 急にスイッチが入ったかのように怒りだしたネルソン男爵に目が丸くなる。

 大の男に急に怒鳴られて自ずと体が委縮した。そうすると、わたしとネルソン男爵の間を遮るように何かがやって来て、男爵の姿が消えた。


「男爵、落ち着いてください。突然声を荒げられると驚いてしまいます。ここには病人もいますし」


 落ち着いた声はアランさんのものだ。

男爵とわたしの間に入って壁になってくれたのはアランさんだと遅れて理解する。


「ここは聖女様に任せていただけませんか? 何か入用があればこちらから伝えますので、どうかお部屋でお待ちください。それで構いませんか?」


 提案のように言っておきながら、その実、決定事項な物言いで、最後にわたしにアランさんが確認してくる。それに頷けば、後は早く出て行けとばかりに男爵と夫人を見つめている。

 男爵もカッとした怒りだったようで、たしなめられるとバツの悪い表情をしているので、抵抗することもなく部屋から出て行った。



「……すいません、ありがとうございます」

「何がです? これも騎士の仕事のうちの一つですよ」



 絶対に騎士の仕事ではないと思うのだけど…。

わざとらしく取り澄ました表情を作っているアランさんに思わず笑ってしまった。


「前までの父上はああじゃなかったんだけど…」

「そうなの?」


 状態を確認するために服のボタンを開いていると、ぽつりと落ちてきた言葉に顔を上げる。

 病状に関してはやはり、まだ初期のようだ。黒い痣は小さく、これなら2、3回治療すれば完治するだろう。

 「ここまで来るまで坊ちゃんが無事とは思えず」とか、診療所に連れてくることに関して言い訳していた男の言葉は大げさであることが証明された。

そのことに怒りが湧くものの、気を取り直して少年に向き合う。


「姉上が嫁いで少し裕福になったら、ああやって威張るようになったんだ…」


 ネルソン家の事情については、事前にリリーから聞いている。

 ネルソン家は金銭事情があまりよくなかったのだが、一人娘であるラルフの姉がそれなりに裕福な商家の跡取りに見初められて嫁いだことによって羽振りが良くなったらしい。

 ラルフの言葉からも、それは裏付けられた。


「前の父上ならあんなにすぐ怒らなかったのに…すまない」


 父親に失望している様子なのに、こちらに気遣って謝罪を口にするラルフはとても10歳前後の子供には見えない。

外見は年相応なのに、その心は年齢よりも上に感じる。そのことに驚いた。



「大丈夫、ラルフが謝ることじゃないよ。それよりもそうやってお父さんの代わりに謝れるなんてすごいね」

「え?」

「だってお父さんのああいう態度が間違ってるって気づけるなんてすごいよ」



 わたしの言葉に目を丸くしたラルフは、徐々に気恥ずかし気に視線を反らしてしまった。

その表情からも、わたしの言葉が嫌なわけではないのが伝わって来る。


「……そんなことない」


 じんわり頬が紅潮したのを見るに、大人びた子かと思ったけど、子供っぽいところもあるらしい。その微笑ましさに心が柔らかくなる。


 城に居た間は貴族の子供としか接していなかったが、あまり会話をすることもなかった。必要なことをしてそのまま倒れるように気を失っていたので、会話を楽しむ余裕なんてなかった。

 なので、貴族というのは貴族であることを鼻にかけ、先ほどの男爵や、使いの男…またはコンドルに自分の子供を先に治療させるよう取り計らっていた貴族のように、高飛車で高慢な態度だと思っていたのだけど…その考えを改めなくてはいけない。

 そもそも貴族だからと言って全員が全員、人を見下しているとも限らないのだ。

そのことをジェームズさんと接して知っていたはずなのに…。

 わたしだって、貴族と貴族以外を区分して考える人と何も違いがない。

 ラルフのような子だっているんだ。ただ残念なことに、子供が聡明だからといって親がそうとも限らない、ということまでわかってしまったのだけど。



***



「…なに?」

「ですから、今回こちらに伺って治療を行った往診料をいただきたいと思います」



 次には完治に持ち込めるだろうと予想して今日の治療を終えた。

病状が軽いとはいえ、辛いことには変わりがないはずなのでそのままラルフには眠っているように伝えた。「ありがとう」と気恥ずかし気にお礼を言ってくれたラルフのことを思うと、これからすることに少し胸が痛んだがそうも言っていられない現状がある。


 治療を終えたことをあの使いの男に告げれば、来客室のようなところへと案内された。

 お茶とお菓子が用意されていたので、お茶を飲んで喉の渇きを潤してから口火を切った。

 わたしの言ったことが信じられないというように聞き返してきた男爵に再度告げれば、その表情は呆けたものから怒りへと変わっていく。


「これからも施設を続けていくためにはどうしても資金が必要でして…貴族の方たちであれば、援助していただけるかと思ったのですが……」


 男爵の表情が完全に怒りへと変わるまえに言葉を続けた。


「伝手も何もないものですので、援助を直接頼むことも出来ず…こうして往診という形で対価としてお金をいただこうと考えているのです」


 どうやら遮って話したのがよかったらしい。男爵は冷静さを取り戻したようだ。



「聖女のくせに金をとるというのか?」

「はい、お金は必要ですので」



 力強く頷いて返した。

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