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びーどろの団欒  作者: 小路雪生
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第三十四話

 夫は、絵里に全責任があると言わんばかりに全面否定を貫いた。絵里がこの局面を乗り切る為には全てを堪え、夫の嘘に騙されているフリを続けていくしか無いのだろうか…しかし、想像するだけでも息苦しい事だった。そんな生活に耐えていけるのか絵里には自信がない。

 核心に触れるほどに夫の心は厚く堅牢な壁に阻まれ、その心の内を伺う事は困難だった。絵里の必死な思いも弾いてしまう頑な夫を前に、痛切なほど無力感を覚えた。

 夫の心はある部分で閉ざされており、真実を知ろうとすると絵里の存在そのものを否定しようとした。

「勝手な思い込みで真っ赤な嘘を並べ怒っている」そう言いたげな夫に逆らえば、絵里は増々追いつめられそうだ。何度か話し合えば夫が折れるのではないか…どこかでそう考えていた絵里は、自分が見通しの甘さを思い知らされていたのだ。このまま夫に立ち向かっても絵里が一方的に非難されるだけで、解決の糸口すら掴めそうにない。

「解決って、何を?」と、夫は言うであろう…絵里はサオリとの関係を「ある」ものとし、夫は「ない」という前提で話している様だった。議論が噛み合わないどころか、正反対の認識では論点すら定まらず、夫の怒りの矛先は容赦なく絵里に向けられてしまう。

 夫は狂言だと気付いたのかもしれない…絵里は夫が「見せろ」と言わない、隠し撮りした画像を寝室のパソコンで眺めながら思った。一時は胸がすいた落書きの件も、気休めに過ぎなかったと気付いた。

 胸が塞がれるような思いになると絵里は両手で顔を被った。が、泣こうにも涙が出ない。

 感傷に浸る事を諦め、夫が出張で家を空けている間に…と、覚悟を決めると階段を降りた。


 義母は廃品回収に出す予定の新聞紙を紐で括っている最中だった。絵里に気がつくと

「絵里さん、これ、後で外へ出しておいてくれる? それから、今夜、鯨にしましょうよ」

 屈託ない面持ちで用事を言いつけた。鯨は義母の大好物だが、スーパーとは別に中央公園近くの魚屋へ寄らねばならない。その為、絵里は義母の好物と知りながら、催促されるまで食卓には出さないのだった。

「…お義母さん。……私、実家に帰ろうと思うんです…」

 義母に答えない絵里は、思い詰めた硬い表情で、やや言い難そうに打ち明けた。

「…絵里さん?」

 義母は口の中で呟くと、ぼんやりとした顔で見上げる。

「すいません…勝手を言って…。子どもは連れて行きますから」

 一人で話を進める絵里の様子に、義母は戸惑いつつ訊いた。

「急に何を……また何かあったの?」

 動物園での出来事を話すべきか迷いながら押し黙る絵里に

「…喧嘩?」

 義母は尋ねた。

「…遼さんには…私は必要ないのもしれません…」

 そう弱音を吐いた途端、絵里の瞳は涙で潤んだ。義母は絵里から視線を外すと結びかけていた紐を鋏で断ち、溜息をつくと肩を落とした。

「…遼の留守中に何を言ってるの…」 

 ボヤいたものの、すぐに気を取り直し言葉を続ける。

「絵里さん。あなた、ご実家だって年金暮らしでしょ? あなたが働かないとやっていけないんじゃない? いいの? それでも」

「…」

「…ここにいれば、そういう心配はないんだし、せっかちに事を起こさなくてもいいんじゃない?…もう少し辛抱してみたら?」

 義母は絵里を勇気づける様に瞳を覗き込みながら歯切れのいい口調で言った。日頃、絵里にとって疎ましいと感じる事もある義母だが、唐突な申し出にも関わらず俯いたままの絵里を力づけようとしているようだった。

 思わず絵里が目に涙を滲ませると

「ごめんなさいね。辛い思いさせて…」

 言葉を詰まらせながら詫びる義母は、若かりし頃の自分の姿を絵里に重ねているのかもしれない。

「あの子に何を言われたの?」

 絵里は躊躇いがちに動物園での問答を手短に伝えると、更に

「…遼さんが女の人のマンションから出て来るのを見た人もいて…なのに………もう、信用出来ないんです」

「……確かなの?」

「はい」

 真剣に絵里の話に聴き入りながらも、話し終えると義母はやや首を傾げながら

「…でも、あなたの思い込みかもしれないんだし…」

 それとなく息子の肩を持つ義母に、絵里はサオリの存在を打ち明けた。

「秘書だそうで…」

「秘書?」

「…」

 押し黙る絵里にたたみかける様に訊いた。

「…遼の? ……じゃ、うちに勤めてるの?」

「……はい」

 義母は途方に暮れたように言葉を切った。かなり間を置いた後

「……でもね、絵里さん。…あの子が違うと言うなら、私は信じるわ。 …どうしてもイヤなら仕方ないけど、短気は損気、って言うのよ。ここにいれば働かなくても暮らせるんだし、こども達だって、幼稚園はどうするの?」

 黙りこむ絵里を励ます様に付け加えた。

「…絵里さんの辛い気持ちは分かるわ。…私は、あなたの味方よ」


 息子の肩を持ちながらも、嫁に一応の理解を示す義母に引き止められる格好で矛を収めることにした絵里だったが、このまま黙って見過ごす事は出来ない、というのが正直なところだ。それが聞き入れられないならばこの家を出よう…絵里は心底、夫に失望を感じていた。

34話と最終話の内容が、一部重なっておりました。この為、本日最終話の内容を一部分修正したのに伴い、34話の内容も若干加筆・変更致しました。                         11/2 小路

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