14話 聖女と魔族の学生服戦争です。
「やっほー、アルたん、フィーりゃん」
昼休みが始まってすぐ、気の抜けた声と共にナメアが現れた。ご丁寧にうちの制服を着ている。
「ナメア……」
明るい笑顔で手を振る彼女を睨みつける。
「おいおい、目が怖いぞー? 声かけただけじゃーん」
カラカラと笑いながら近付いてくる。
明るい日の下に現れるとふわふわの金髪が揺れて光っている。メリハリのある身体と日焼けした褐色の肌がなんとも蠱惑的で、学校と言う環境に違和感があった。
この異質な生徒に対して、周りの生徒は何も気にしていないようだった。
「なんでここに」
その質問に口の両端を広げて含みのある笑顔になる。
「それはもちろん。わ、る、だ、く、み」
俺たちの前に立つとサッと手の甲を向けてきた。
「見てこれー、ネイルめちゃ盛れた! ヤバくない?」
いや、何の話をしにきたんだよ。
指の半分くらいの長さがありそうな爪をひらひら
「クーネがやってくれるんだけどねー髪も。めちゃかわいくない?」
そう言いながら近くの椅子に座る。
「ガッコ楽しいよねー制服かわいいし、オシャレしても怒られないし、もうサイコー?」
しゃべりながらスマホを出して俺たちを背にして自撮りしている。
「ずいぶん、順応してるな」
「えへーもう楽しいことだらけです」
俺やフィリアと違い、全く緊張感を感じていないようだ。
「あ、今のSNS上げてよい?」
「やめろ」
「おけ。クーネにだけ送るねー」
「せめて撮る前に聞けよ」
「いやーガッコで気になる人いたら撮るっしょ」
「知らねーよ」
思わず口が悪くなる。
本当に何なんだこいつは。
「あは、めちゃ塩対応。さすが勇者ちゃん、ウケる」
脱力してしまう俺とは違い、フィリアは姿勢良く座ったままナメアから緊張した目を逸さなかった。
「それで、あなたは何をしにいらしたのですか?」
「えー、言ったじゃん。悪だくみだよー?」
今度はあっけらかんと言い切る。
「何を企んでいるのかと聞いています」
「たくらんでるんだから、今はまだ言えないかなー?」
フィリアの顔に剣呑さがにじんでいた。対するナメアはニヤニヤと笑っている。
「フィリア、落ち着いて」
「ですがアルト様、彼女は」
魔族です。とは言葉にできず唇をキツく結んでいる。そうであっても、一生徒に扮している以上は手荒なことはできない。
「一つだけ確認させてもらって良いか?」
「なーに? アルたん」
「お前は、誰かに危害を加えるつもりなのか?」
ナメアは驚いたように目を開き、うーんとうなりながら顔を下に傾き、腕を組んで天井を見上げる。
少し待った後、また笑顔を向けてきた。
「そうね、そのつもりは今のところないかなー」
笑ってはいたけど、先ほどまでの軽薄さは感じなかった。
「わかった」
「勇者様!」
フィリアは納得が行かないらしく、呼び方が戻っていた。
「そのつもりでいてくれるなら、こっちも手は出さない」
「ふふーん?」
こちらを伺うように俺のことを下から上までじっとりと見る。
その背後に他のクラスの女子が数名近づいてきた。
「ナメアー何迷惑かけてるん?」
「かけてないし、友達いたから声かけただけー」
「それより早よ。学食混んでる」
「わかったよー」
半ば引き剥がされるようにナメアは他の女子に両腕を掴まれ連行されて行った。
「アルたん、フィーりゃん。まったねー」
そのまま笑顔で手を振る横に、同じく制服姿のクーネがペコリと頭を下げてナメアについて行った。
2人の姿が見えなくなり、思わずため息を吐いた。胸を撫で下ろし、緊張していた肩から力が抜ける。
「なんなんだ。あいつら……」
「……」
フィリアはスカートの裾を握りしめ、じっと床をにらんでいた。
「あいつらがいるの、気になる?」
聖女として、魔族と同じところに通うのは抵抗感ありそうだった。
「いえ……」
こんなに嫌悪するのは予想外だった。
「騒ぎを起こさないなら、とは思いますが、その……」
歯切れ悪く、やはり何か気にしているようだった。
「何かしてくると思うのか?」
「彼女は夜魔族と言いました」
「そうだ、その夜魔族ってどういう魔族なんだ?」
「私も詳しくはありませんか、夢を食べるそうです」
「夢?」
フィリアは小さくうなずいた。
「一説には接触した人の夜の夢に現れ、精気を吸い取り糧とするとか。ただ……」
少し頬を染めて目線をそらす。
「とても、淫らな夢で、らしいです」
「あ……なんか、ごめん」
「とにかく」
咳払いを挟んでこちらに向き直った。
「夢を見せた相手は少なからず彼女の影響下になります。あちらでは教会で簡単に払えますが、それもできません」
「それってつまり」
「はい、この学校、この街にいる人の全員が狙われる危険があります」
その日の夜。
気付けばどこか明るい場所でぼんやりと立っていた。
俺は確か、布団で寝ようとしていたはず。
「やっほーアルたん。お昼ぶり」
学校で見た時と同じようにナメアが明るく手をフラフラしながら近寄ってくる。
ただし、昼間と違って制服どころか、服も着ておらず、下着姿で擦り寄ってきた。健康的な褐色肌に黒の下着、メリハリのある柔らかそうな身体に思わず目が離せなくなる。
これは昨日の今日で術中にハマったということか。
「いやん、アルたん冷静ー」
腕を絡めて胸を押し当ててくる。
必死に顔を背けても、目は彼女の姿を捉えようとしてしまう。彼女を振り払おうと思っても、俺の体は全く思い通りにならなかった。
「ねえー? 抵抗しても無駄だよ?」
今度は足が絡み合う距離で身体を重ねてきた。
いやだ。このまま流されるのはいやだ!とどれほど願っても、ナメアにされるがまま興奮を煽られる。
「大丈夫だよ、アルたん」
目の前いっぱいにナメアの顔が広がる。鼻先も触れそうな距離でいい匂いを感じた。
「すぐ良くしてあげるから……」
2人の顔が重なろうとした時、急にナメアは顔を離した。
「やば、フィーりゃん、すっご。気付かれた」
その声が聞こえると同時に世界は暗転し、意識がどこかに引っ張られて行った。
「勇者様!」
目を開けると少し明るくなり始めた部屋の中でフィリアがこちらの顔をのぞき込んでいた。
「フィリア、俺……」
「大丈夫ですか!? 夜魔族の夢魔法です!」
ぼーっとした頭のまま身体を起こす。
「害意がなく、気付くの遅くなってしまい申し訳ありません」
フィリアの心配そうな顔がすぐ近くにある。
「あの、勇者様? 対抗魔法かけましたが大丈夫ですか?」
夢の中でナメアに良いようにされてしまったことが鮮明に思い出され、一気に恥ずかしくなる。
フィリアの顔がまっすぐ見れず顔を覆ってうつむいた。
「やはり、夢を食べられたのですね!?」
「違う……」
「しかし、そんなに落ち込んでるではありませんか」
「違う、そうじゃないんだ……」
うまく説明できず悲しい思いのまま横になる。
汚れた思いに流されかけたこと、絶対にフィリアに言えなかった。
寝付けないまま外が明るくなり、俺がギクシャクしたまま学校へ行くことになる。
教室に着くとすぐにナメアが現れた。
「おっはー、アルたんとフィーりゃん」
俺とフィリアの横に立ち、苦笑いを傾けてきた。
「いやー今朝はあとちょっとだったねー」
「何しにきた……」
努めて不機嫌な声を出す。
「あは、今日も塩い」
少し笑った後、急に泣き出したような演技を始める。
「さっきはあんなに抱き合ったのに、用が済んだらぽいなのね」
「人聞きが悪い! 夢だし何もしてないぞ?」
横でフィリアが冷たい目をしていた。
「フィリア、本当だ。何もしてないからな?」
その状況が楽しいと言わんばかりにナメアは楽しそうな顔を見せた。
「やっぱアルたん良いわー本気で魔王ならん?」
「ならない」
「ふーん?」
すると目を細め、視線を俺からフィリアに定める。
「ねえ、フィーりゃん」
「なんですか」
不機嫌を隠さず、なんとも怖い声になっている。
「うち、アルたんのこと狙ってくから」
「狙う……」
「うちの男にするってこと。気ぃ抜いてると取ってっちゃうよー?」
「なあ!?」
フィリアが顔を赤くして立ち上がる。
「夢も邪魔されなきゃいけたし」
「勇者様は魔族に拐かされたりしません!」
「夢だけじゃないし、こっちでもグイグイいくし」
2人はまた近い距離で睨み合う。
「近づかせません」
「うちは止まらないし」
視線の間にバチバチと火花が散っていそうな勢いだった。
ただならぬ雰囲気にクラス中の視線も集まってくる。
「ちょ、2人とも」
止めようと立ち上がると同時に朝の予鈴が響いてきた。それを聞いてナメアはすっと距離を取る。
「じゃ、センセイフコク? はしたし。2人とも覚悟してねー?」
ウインクと投げキッスを残し、パタパタと走り去って行った。
それを見送るとフィリアは勢いよく椅子に座り、こちらを向く。
「アルト様、大丈夫ですよね?」
「え」
真剣なフィリアの圧に少し怯む。
「拐かされたりしませんよね?」
「ウン、ダイジョウブだよ」
そう言われずにはいられなかった。
ただ今朝の夢を思い出すと、起こしてもらわないとヤバかった。でもそれはあまりにも情けなく、口に出すこともできなかった。
なんて恐ろしいやつに目をつけられてしまったのか……




