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1話 聖女が異世界から追いかけてきた。

「お久しぶりです。勇者様」

 目の前の煙が晴れ、中から聖女が現れた。

 辺りは衝撃で授業机や椅子が薙ぎ倒され、クラス中から視線が注がれる。

「寂しい思いをさせて申し訳ありません。あなたの聖女が参りました」

 キラキラ光る銀髪を揺らし、満面の笑みで飛び込んでくる少女は、異世界でずっとそばにいた聖女フィリアそのままだった。

「フィリア! なんでここに!? 本当に?」

「はい、あなたの聖女フィリアです」

 抱き付いたまま顔だけ離してまっすぐに見つめてくる。

「あなたのおそばこそ、私の居場所ですから」

 涙を流しながら抱きしめてくるフィリアを見て、こちらも思わず涙ぐむ。

 もう会えない、声も聞けないと思っていた想い人にまた会えた。

「おい、或斗! なんだその美少女!?」

 クラスメイトから声が上がりハッとした。

 さっきまで退屈な授業中だった。それが爆発を伴って現れた美少女と俺が抱擁する様子を全員が目撃している。

「これはまずい」

 乾いた笑いが喉奥から込み上げてきた。

「スリープ」

 フィリアが小さく呟くと教室の全員がその場にゆっくり崩れ落ちた。

「なっ……」

「これで邪魔されませんわね」

 相変わらずの過激さに言葉も出ない。

「おい、B組、なんの音だ!」

 教室の外からも声が集まってくる。

「ああ、さらにまずい」

 サッとフィリアを抱き上げ、窓から外へ飛び出した。壁を蹴って校舎の屋上まで駆け上がる。

「フィリア、魔法を解いて」

 すぐにフィリアを下ろして指示を出す。

 屋上の端から下をのぞき、人の動き出す気配を感じて真ん中へと引き下がる。

 いなくなって騒がれるかもしれないけど、とりあえずは後回しにしよう。

「それでフィリア、どうしてここへ?」

「はい、勇者様」

 ちょこんと床に座り、ニコニコと答え始める。

「もちろん、申し上げました通りです。

 私は勇者アルトの補佐することが役目です。

 あなたが魔王討伐を果たし、元の世界にお戻りになった時からもずっと、またお会いしたいと毎日祈っていました」

「まさか」

「はい。日々の祈りが届き、ついに私は勇者様の元へ戻ってくることができました。こんなにも嬉しいことはありません」

 記憶の中にある通り、無茶苦茶な聖女フィリアだった。一途で融通が効かず、思ったことはなんでも叶えようとして、優しくかわいいフィリアのままだった。

「俺も……また会えて嬉しいよ」

 自然と頬が緩む。

「でも、どうしてそこまで」

「聖女は勇者を呼び、支え、その役目を見守る」

「そう、魔王は倒した。俺の役目は終わったはず」

「いいえ」

 はっきりと言い切った。

「まだ役目は終えていません」

 役目を終えた。だから戻ってきたはずだ。

 首を傾げる俺に、彼女は依然と微笑んでいた。

「だって、あなたは生きてます」

 ゆっくり近づき、肩に手を回してくる。

「勇者様、私はあなたと生きていたいのです」

 唇が触れそうな距離でささやかれる甘い言葉に思考が追いつかない。

 近づいてくる顔が重なろうとした時、


「高瀬ー! 高瀬或斗ー!」


 大きな声が俺を呼んでいた。

 聞き馴染みのある担任の声だった。

 ハッと我に帰り彼女を引き離す。

「ま、待って。先に戻って誤魔化さないと」

 彼女の顔が残念そうに曇る。

 俺は熱くなった顔を彼女から背けるのに必死だった。

「ちょっと待ってて。少しだけ」

 彼女を置いて屋上を後にした。

「すぐ戻るから!」


 今、何しようとしてた?

 さっきまで目の前にあったフィリアの潤んだ目、赤い頬、艶やかな唇が忘れられない。

 俺、今キスしようとしてたの!?


 1ヶ月前、俺は異世界から帰ってきた。

 向こうで力をもらって魔王軍と戦うこと3年が過ぎ、無事に役目を果たした俺は元の世界、元の時間に戻ってきていた。

 その間、異世界で右も左も分からない俺を昼夜問わずそばに居てサポートしてくれたのが彼女だ。

「はい、あなたの聖女フィリアです」

 なんてさっき言ってた自己紹介も板についた物だ。ただし、それは仕事仲間のような関係で、男女のような関係ではなかった、はずだ。さっきみたいに顔から火が出るような経験は何度もあったけど、いずれも未遂に終わっている。

 だと言うのに。



「ここが或斗様のお部屋ですか」

 なんでファンタジーばりばりの格好のまま、美少女が俺の部屋で! 俺のベットに座ってるの!

 顔の熱さと非現実的な恥ずかしさに、フィリアを直視することができなかった。

 異世界だと同じ部屋で寝ることも何度もあったのに、自分の部屋と思うだけで心臓が高鳴った。

「それで、これからどうするのか?」

「?」

 何か問題が? とばかりに首を傾げる。

「いや、来てくれたのは嬉しいけど、帰れるのか?」

「わかりません」

「やっぱり……」

「でも、構いません」

 キッパリと言い切る。

「私は勇者様と共にあることを願い、祈りました。おそばにいられること以上、何も問題ないのです」

 いや、それがそうじゃないんです。端的に説明する言葉が見つからなかった。

「でも、住む場所とかどうするの?」

「? 勇者様の部屋で一緒に暮らします」

 一瞬にしてエプロン姿、食卓を囲む光景、お風呂上がり、同じベットで目覚めるパジャマ姿まで想像できた。

「いや、それはダメでしょ!?」

「そうですか?」

 なんてことだ。

 どんな魔族、いや魔王と比べても、こんなに勝ち目が見えないのは初めてだ。

「私は勇者様のおそばに居たいのです。隣であなたの旅のお役に立つ限り、離れる気はありません」

 まっすぐに見つめてくるキレイな目に不埒な胸の内が貫かれる。胸を押さえていないと感情が溢れそうになり、必死にこらえた。

「それに、旅の宿では同じ部屋でしたし、雪山では身を寄せて一緒に一晩明かしましたよ?」

 だから今更恥ずかしくありません。とばかりに朗らかに叩き込まれる。

「……わかった」

 彼女はここで暮らす。それを認めないと話は進まなくなりそうだと思った。

 でもここは学生向け1Kルームだ。キッチンは狭く、風呂トイレは別ながらも脱衣所はない。ベットをもう1つ置くスペースもないから長めのソファを用意するか。いやそもそもお金は……

 ずっとうなりながら頭を抱えていると、フィリアの顔に少し不安が見えた。

「……迷惑、でしたか?」

「あ」

 彼女は異世界に俺を呼んだ時、ずっと笑顔でそばにいてくれた。わからないこと、不安になることを確認し、それを全部なんとかしてくれた。

 俺が彼女を不安にさせてどうする!

「そんなことはない!」

 これは本心だった。

 学生の身で甲斐性のない自分が情けなかった。

「フィリアが来てくれて嬉しかったんだ。戻ってきてからずっと、寂しかったんだ」

 思わず伝えた胸の内に、またも顔が熱くなる。顔を背けようとして、彼女の顔が耳の先まで赤くなっているのに気付いて目が離せなくなる。

「や、勇者様も同じ気持ちで嬉しいですね!

 お腹空きましたね。何か作ります!」

 急な早口で立ち上がる。

「キッチンはこちらですか?」

「そうだけど、使い方とかわかる?」

「任せてください!」

 キッチンの前に立ち、さっと魔力を込めた手を払う。

「アナライズ」

 何度も見てきた解析魔法だ。

 俺には何が起きているかわからないけど、道具の使い方や食料の食べ方なんかがわかるらしい。

 もちろん、魔物の倒し方だって教えてくれる。

「これが冷蔵庫」

 感心したように扉を開いて中に手をかざす。

「あ、本当にひんやりしますねー」

 ほとんど入っていない中で少しあった野菜を取り、ちゃんと扉を閉める。そういう開けたら閉めるようなこともわかるのかと少し感心した。

 炊飯器から炊飯窯を取り出し、米びつの中をのぞき込む。

 そう言えば、向こうじゃ米を食べたことはなかった。

「これがお米。勇者様がずっと食べたがってた食べ物ですね」

 テキパキと材料を並べ、キッチンの上は食材で埋まっていった。

「こっちの道具、使い方わかる?」

「もちろんです。ですが聖女としては」

 またもさっと魔力を振るう。

「クッキング」

 その言葉に従うように食材は切られていく。フライパンが飛び出し、コンロで熱せられていると、そこは野菜たちが飛び込んでいく。並行して炊飯窯の米は水道水で研がれて炊飯器にセットされる。表示された炊飯時間はみるみる経過して野菜炒めが盛り付けられると同時に炊きあがる。蓋を開けば見事に炊き上がった白米が立っていた。

「電子機器も対応してるのか……」

「ふふふ、どうですか? 聖女はどこへ行っても万能なんですよ?」

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